腕の力を強めるのと一緒に、梓は私のうなじにキスをした。
ステップ一つ一つの間に、長い間があった。
梓、今キスしたよな………
眠気と戦いながら私は考えた。
そして彼との過去の会話を思い出した。
「私、男友達がいないの」
初めて梓に会った時、私は彼にそう告白した。
まだこの街に不慣れだった私を連れて行ってくれたのは、小さな、でも居心地の良いカフェだった。
賑わう地上ではなく、誰もいない地下の席で話していた。
大きなテーブルを挟んで、私と梓は初対面なのに弾む会話を楽しんでいた。
沢山の共通項。ユーモア。真面目な話からくだらないジョークまで、笑顔に溢れた時間だった。
全然タイプじゃないな、と思ったけど、すっごく楽しいなと思った。
だけど、男の人は彼氏か他人、それかお客しか選択肢がなかった私にとって
彼はニュータイプだった。
私の告白に、梓は興味深そうな表情を見せた。
「ずっと男の子と話す機会があんまりなかったのもあるし、まぁでもそれは関係ないと思うの。
バイト先とか紹介とか友達作る機会なんていくらでもあったと思う。
でも私にとって男の人は、彼氏か他人しかいないんだ」
残念でも何でもない事実を話すと、彼はそっかぁ面白いねと笑った。
その夜、彼はすぐに「すごく楽しかった!また来週会える?」とメールをくれた。
スケジュールが理由でそれは難しかった。
でも、彼はその日から毎日連絡をくれた。
頻繁に、いつ会えるか質問してきた。
私は、多分彼が友達以上の何かを求めているんじゃないかと思った。
「突然ゴメン!もし時間があったら助けてくれない?」
ある晩、私は彼に連絡した。
翌日に英語のスピーキングテストを受けることになったのだ。
私の都合なんか御構い無しで、会社が決めたものだった。
そこそこ大切なテストだったので、テストの前に誰かと会話の練習をしたかった。
梓はすぐに返信をくれて、翌朝会うのは無理だけど電話はできると言った。
始業前に駅から歩く道すがら、私と電話で話せると提案した。
ありがたすぎるその提案にプリーズ!!と返信し、翌朝ドキドキと電話を握りしめて待っていた。
「そろそろ行かなきゃ」
梓がそう言うまで、私はたっぷり話す練習をさせてもらった。
ふと時間を見ると、45分も話していた。
「うん。今日は本当にありがとう!」
「いいよいいよ。テスト頑張ってね。自信持って」
梓は明るくそう言ったけど、鼻をすするのが聞こえた。
この時
季節は真冬で
外はものすごく寒くて
最寄駅から会社まで45分も歩くはずがなくて…
私は
梓が、私のために45分も寒空の下にいてくれたんだと
わかった。
「What are you doing?」
私の質問に、梓はI don’t know と答えた。
すっとぼけているだけだけど、怒る気にはならない。
梓は時々寝息を立てていて、寝てるのか襲ってるのかどっちとも言えなかった。
「メイサは、男友達はいないんだもんね。彼氏か他人って言ってたよね」
何度目かのランチで、彼はそう言った。
いつ会っても、何度会っても、梓と話すのは楽しかった。
梓は賢い。
梓はユーモラスだ。
梓はスマートだ。
梓はとても温厚で大人だった。
でも、どうしても恋愛対象には思えなかった。
多分、見た目の問題だった。
彼は不細工でもないし、背も高い。
でも、色々なところがタイプじゃなかった。
梓のことが大好きだったけど、梓に抱かれる自分が想像できなかった。
私は言わなきゃいけないと思った。
笑顔を見せた。
「そう!梓は女友達が沢山いるんでしょう?」
「沢山じゃないけど、女子も男子も普通にいるよ」
「そうだよね。それに梓の趣味はちょっとフェミニンだし、可愛いものも好きだよね」
ははは、そうだねと梓は笑った。
私は続けた。
「だから梓とは一緒に居られるんだと思う!
梓は半分女の子みたいだから、友達で居られるんだと思う」
一瞬彼の目が開いたのを感じた。
なるほどね、と彼は相槌を打った。
楽しかったね、いつも通り沢山笑ったね、と
コートを着ながら私がそう言った時、梓はそうだねと笑わずに答えて
「俺はメイサのファンだからね」
と言った。
「……寝てた」
私がつぶやくと、梓は俺も、と言った。
2人とも本当に眠くて、本当に寝てしまっていた。
私がモゾモゾと体勢を整えていると、梓は私の肩のあたりに顔を埋めた。
そして、また私の手に触れ、両手で包み込んだ。
「どうしてこんなに手が小さいの」
足も、と続けた。
「すごく可愛い」
私は黙っていた。
「本当に帰るの?」
「……帰らなきゃ」
「俺は」
お願い
何も言わないで
「メイサがこのままここにいればいいのにって思ってる」
私がただ黙っているのは眠いからだと思ったのか、それとも照れていると思ったのか。
梓が考えていたことは私にはわからない。
梓の腕は私を離しそうになかった。
頭を肩にうずめたまま、彼はまたキスをした。
くすぐったかったので体をよじると、逆効果みたいだった。
私はこのまま梓の友達じゃなくなるのかな
梓のことが大好きだから
友達じゃなくなるのがイヤだけど
でも………
と
梓が私の体に触れた瞬間
パッと
光る液晶の中の笑顔が浮かんだ
「メイサさんのこと、大好きだよ」
仁さん
私はシャツのボタンに手をかけていた梓を強く抱きしめた。
彼が動きを止めるくらい、強く。
「梓」
彼は静止したままだ。
「私、帰らなきゃ」
長い間のあと、梓はOKと言った。
私のカーディガンのボタンは全部外れていた。
あれ?という顔をする私に、ごめん、と彼は謝った。
「大丈夫よ」
「メイサ、車呼ぶ?電車で帰るの好きじゃないだろ」
彼の呼んだタクシーに乗り、手を振り、目を閉じて。
私は
絶望感でいっぱいだった。
続きます。
ステップ一つ一つの間に、長い間があった。
梓、今キスしたよな………
眠気と戦いながら私は考えた。
そして彼との過去の会話を思い出した。
「私、男友達がいないの」
初めて梓に会った時、私は彼にそう告白した。
まだこの街に不慣れだった私を連れて行ってくれたのは、小さな、でも居心地の良いカフェだった。
賑わう地上ではなく、誰もいない地下の席で話していた。
大きなテーブルを挟んで、私と梓は初対面なのに弾む会話を楽しんでいた。
沢山の共通項。ユーモア。真面目な話からくだらないジョークまで、笑顔に溢れた時間だった。
全然タイプじゃないな、と思ったけど、すっごく楽しいなと思った。
だけど、男の人は彼氏か他人、それかお客しか選択肢がなかった私にとって
彼はニュータイプだった。
私の告白に、梓は興味深そうな表情を見せた。
「ずっと男の子と話す機会があんまりなかったのもあるし、まぁでもそれは関係ないと思うの。
バイト先とか紹介とか友達作る機会なんていくらでもあったと思う。
でも私にとって男の人は、彼氏か他人しかいないんだ」
残念でも何でもない事実を話すと、彼はそっかぁ面白いねと笑った。
その夜、彼はすぐに「すごく楽しかった!また来週会える?」とメールをくれた。
スケジュールが理由でそれは難しかった。
でも、彼はその日から毎日連絡をくれた。
頻繁に、いつ会えるか質問してきた。
私は、多分彼が友達以上の何かを求めているんじゃないかと思った。
「突然ゴメン!もし時間があったら助けてくれない?」
ある晩、私は彼に連絡した。
翌日に英語のスピーキングテストを受けることになったのだ。
私の都合なんか御構い無しで、会社が決めたものだった。
そこそこ大切なテストだったので、テストの前に誰かと会話の練習をしたかった。
梓はすぐに返信をくれて、翌朝会うのは無理だけど電話はできると言った。
始業前に駅から歩く道すがら、私と電話で話せると提案した。
ありがたすぎるその提案にプリーズ!!と返信し、翌朝ドキドキと電話を握りしめて待っていた。
「そろそろ行かなきゃ」
梓がそう言うまで、私はたっぷり話す練習をさせてもらった。
ふと時間を見ると、45分も話していた。
「うん。今日は本当にありがとう!」
「いいよいいよ。テスト頑張ってね。自信持って」
梓は明るくそう言ったけど、鼻をすするのが聞こえた。
この時
季節は真冬で
外はものすごく寒くて
最寄駅から会社まで45分も歩くはずがなくて…
私は
梓が、私のために45分も寒空の下にいてくれたんだと
わかった。
「What are you doing?」
私の質問に、梓はI don’t know と答えた。
すっとぼけているだけだけど、怒る気にはならない。
梓は時々寝息を立てていて、寝てるのか襲ってるのかどっちとも言えなかった。
「メイサは、男友達はいないんだもんね。彼氏か他人って言ってたよね」
何度目かのランチで、彼はそう言った。
いつ会っても、何度会っても、梓と話すのは楽しかった。
梓は賢い。
梓はユーモラスだ。
梓はスマートだ。
梓はとても温厚で大人だった。
でも、どうしても恋愛対象には思えなかった。
多分、見た目の問題だった。
彼は不細工でもないし、背も高い。
でも、色々なところがタイプじゃなかった。
梓のことが大好きだったけど、梓に抱かれる自分が想像できなかった。
私は言わなきゃいけないと思った。
笑顔を見せた。
「そう!梓は女友達が沢山いるんでしょう?」
「沢山じゃないけど、女子も男子も普通にいるよ」
「そうだよね。それに梓の趣味はちょっとフェミニンだし、可愛いものも好きだよね」
ははは、そうだねと梓は笑った。
私は続けた。
「だから梓とは一緒に居られるんだと思う!
梓は半分女の子みたいだから、友達で居られるんだと思う」
一瞬彼の目が開いたのを感じた。
なるほどね、と彼は相槌を打った。
楽しかったね、いつも通り沢山笑ったね、と
コートを着ながら私がそう言った時、梓はそうだねと笑わずに答えて
「俺はメイサのファンだからね」
と言った。
「……寝てた」
私がつぶやくと、梓は俺も、と言った。
2人とも本当に眠くて、本当に寝てしまっていた。
私がモゾモゾと体勢を整えていると、梓は私の肩のあたりに顔を埋めた。
そして、また私の手に触れ、両手で包み込んだ。
「どうしてこんなに手が小さいの」
足も、と続けた。
「すごく可愛い」
私は黙っていた。
「本当に帰るの?」
「……帰らなきゃ」
「俺は」
お願い
何も言わないで
「メイサがこのままここにいればいいのにって思ってる」
私がただ黙っているのは眠いからだと思ったのか、それとも照れていると思ったのか。
梓が考えていたことは私にはわからない。
梓の腕は私を離しそうになかった。
頭を肩にうずめたまま、彼はまたキスをした。
くすぐったかったので体をよじると、逆効果みたいだった。
私はこのまま梓の友達じゃなくなるのかな
梓のことが大好きだから
友達じゃなくなるのがイヤだけど
でも………
と
梓が私の体に触れた瞬間
パッと
光る液晶の中の笑顔が浮かんだ
「メイサさんのこと、大好きだよ」
仁さん
私はシャツのボタンに手をかけていた梓を強く抱きしめた。
彼が動きを止めるくらい、強く。
「梓」
彼は静止したままだ。
「私、帰らなきゃ」
長い間のあと、梓はOKと言った。
私のカーディガンのボタンは全部外れていた。
あれ?という顔をする私に、ごめん、と彼は謝った。
「大丈夫よ」
「メイサ、車呼ぶ?電車で帰るの好きじゃないだろ」
彼の呼んだタクシーに乗り、手を振り、目を閉じて。
私は
絶望感でいっぱいだった。
続きます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます