あれほど快晴だったのに、スキー支度をして乾燥室からスキー板を抱きかかえて外に出ると、目の前のゲレンデは吹雪で真っ白。
スキーをしたことのない人にしてみると、そもそも雪景色のゲレンデは真っ白に決まっているでしょ!
と思うのかもしれませんが、スキーヤーのいう真っ白は、ほんの数メートルの先の小さなブッシュ(小枝や石、凍結した氷の塊など)やギャップ(変化を持たせるためのデコボコ)が吹雪で見えない状態をいいます。
ゆるゆると、しかも踏ん張って滑れば問題はありませんが、スキー板のワックス調整やメンテナンスも必要になり、うっかりすると怪我をすることもあるので、非常に神経を使い、気分的にも疲れます。
こんなときは、スキーを断念して、温泉に浸かっては、ラウンジで音楽を聞きながらビールを飲むのが一番。
しばらくラウンジで時間を過ごしてから、ランチをしに、外来客兼用のレストランへ向かいました。
コンクリート打ちっぱなしで、スキー靴のまま入れるレストランは、毎シーズンコンセプトがあって、この年は「エスニック」でした。
メニューを眺めながら、グリーンカレーと鶏肉のフォーのセットを頼もうとすると「ご注文はお決まりになりましたか?」。
たどたどしい日本語が聞こえてきて、スタッフの名札「グエン・ミン・・・・ね」と顔を見上げると、朝のレストランで私の質問に「窓なんか叩いていませんよ、冬のあいだは雪が積もっていて、だれも外から近づくことができませんもの」と答えた、くだんのホテルマン氏でした。
名札を指差すと、
「東南アジアにある系列のホテルから来ている研修生が、急に熱を出したもので、ピンチヒッターってところです。ここはエスニックが売りですから、チーフ以外はみなそこから来ているんで、お客様の期待を裏切らないように、私も、らしく振る舞ってます。名前は女の子ですけど、日本人にはわからないし、うまいでしょ!」
と、ドヤ顔で笑っているのでした。
「メタ坊さんは、いろいろ感じることができる方なんですね。2時を過ぎれば休憩になりますので、よろしかったら、ラウンジでお話ししましょう」・・・。
「このサービス業を続けていると、まったく何も感じない人、姿の見える人、そして、姿は見えないけれど、音や気配だけが感じられる人っているんだなぁ、とわかるようになります。メタ坊さんも、私も、たぶん感じるけど人の姿だけは見えないんですよね」
ラウンジで開口一番、剥製やステンドガラスや奥の部屋を指差しながら話し始めました。
「ちょっと」と促されて、ホテルマン氏のうしろについて行くと、客室の続いた旧館の1階廊下の真ん中あたりで立ち止まります。
「この部屋、メタ坊さん、何か見えますか? それとも聞こえますか?」
「耳を澄ませると、コトンとか、ゴンとか、音がしてるような、配水管が古くて音鳴りしているような・・・」
「やはり、見えないんですね・・・」
「ここの1階フロアは客室利用していなくて、繁忙期に雇うアルバイトや団体旅行で添乗してくるスタッフ専用の宿舎として利用しています」・・・
怪訝な気持ちで、連れ立ってラウンジに戻ると、
「さっきの部屋は、いわゆる開かずの部屋です。私がここに赴任したとき以前、米軍の接収が解除された際に、あの部屋は鍵がつぶされていて、なおかつドア全体と窓は板で釘が打たれていました」
「そのために、内装だけは改装できないまま営業再開になったと聞いています」
と話を続けるのでした。
「むかしから外国人のお客様が多かったのですが、その部屋の隣りに泊まったお客様がチェックインした途端に音がうるさいからとルームチェンジすることが続いたようです」
「現在のようにスキーブームが来るのを予測して、いち早く新館を建てたといっていますが、悪いうわさが広がる前に、不安材料を取り除こうと新館をオープンし、新館が満室でオーバーブッキングしたときとか、以前から旧館を利用していてお決まりの部屋のオーダーがあったときに旧館を使うようにしたようです」
「開かずの部屋の音の原因って、何なんですか?」と真相を聞いてみると・・・
「メタ坊さんも私も見えないから、薄気味が悪いにしても怖く感じないんですよね」
「でも見える子、特にはっきりと見えるアルバイトの子にしてみると、音がするたびに壁から手や足が、バーンって出てくるっていっていて、すぐにバイトをやめてしまうんですよ」
「一方、見えない子は、昼間働いて、休憩時間にスキーを楽しんで、仕事が終われば部屋に戻って、バタン、キューですから・・・音がしてても聞こえる余裕のないほど爆睡してしまう・・・みたい」
「さすがに添乗員さんは昼間ヒマしてますから、うるさいとはいいますけど、そこはプロですからそれ以上のことは・・・私もそうですが、この業界、慣れっこになるしかなんですよねぇ・・・」
「慣れるしかないですか・・・でも、さすがに、新館には、出ないんでしょ?」
「う~~~~ん・・・ナイショ!」
クリスマスが明けて、年末年始の超繁忙期前にチェックアウト。
車に荷物やスキー板を積み込んでいると、くだんのホテルマン氏がやってきて、
「年限からいって、そろそろ、別のホテルに異動してしまうかもしれませんが、ここか、またどこかでお会いしましょう・・・」
「じゃぁ、また、どこかで・・・楽しませてもらいました。ありがとうございました」
車の窓から手を振りながら、アクセルを踏み込むと、彼は手を振るのをやめて、新館の方を指さしました。
つられて、新館に眼を向けると、4階の端から2つ目の部屋の窓越しに、瞬時に閉められたカーテンが揺れるのを見たと同時に、あのラウンジにあった熊?のような生気を失ったまなざしにギョロリと見据えられた気がしたのです。
「スキー天国」の巻---おわり。
その1 その2
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