散歩の閑人:メタ坊っちゃまのYOASOBI?

若気の至りが過ぎてメタボでも、世遊びは辞められない。

ラグビーしようぜ!

2023年09月17日 | ★メタ坊徒然草

少子高齢化のあおりで、100年の歴史を持つメタ坊の母校(高校)が閉校となりました。
限りなく山深い、いわゆる谷戸地形を利用した学校用地でしたから、今どきのひ弱な子どもたちが通学に難を示すこともあったのでしょう。
大学紛争、学生運動の余韻の残る時代に高校生活を送ったメタ坊は、実に軟派で、かつ硬派、やんちゃでもあり、ときとして純粋な面もあったと自負しています。
夏の合宿で、大学で居合道をしているという先輩OBが「気合いが足らん!」と、汗だくで正座する我々後輩部員に、真剣の抜き身をぎらつかせて恫喝をかけてきたことに嫌気がさし、剣道部を退部してブラブラしていると「ラグビーしようぜ!」と声をかけてきた同級生がいました。
見た目は、プロレスラー・山本小鉄をさらにひとまわり小さくした、笑うとサイコロのような四角い顔に、猫のような細目が印象的なヤツでした。
「5人集まれば同好会の申請ができるんだけど、入らない?やろうよ!」
結局、部活掛け持ちも含め6人で、ラグビー同好会を起ち上げました。
当時は、帰宅部の生徒などいませんから、部室にしても、グラウンドも、体育館・武道館など練習する場の空きはありません。
ランニングは背後の山やちょっと遠出の海岸、パスワークは中庭の隅といった感じで、日々こなしていました。
ある日、発起人のサイコロが「部室兼練習用にいい場所見つけた!」といって、普段と違う山道をランニングに連れ出しました。
けもの道のような所を進んでいくと、葛の葉が覆いかぶさった崖地にたどりつき、その葛のつるをかき分けると巨大な空間が目の前に現れたのです。

たぶん、江戸時代とか明治時代とかの石切り場だったのでしょう。
「ここなら、雨の日でも練習できるぜ!」・・・サイコロが自慢気に言い放ちます。
それからは毎日、石切り場の洞穴で練習です。
部活掛け持ちのヤツは、来られる範囲内でという約束で練習を始めました。
しかし、たった6人のメンバーです。
なかなか揃って練習ができません。まして、道具はヘッドギアもなく、サイコロが持ってきたボールが3個あるのみ。
スクラムも、3対3ならまだしも、2対3、2対2、2対1といった変則的な練習でした。
スクラムは耳が痛いけれど、不思議と2対1のとき、1人側が押し勝つという現象が起こりはじめ、だれがやっても押し勝つのでした。
「不思議と馬力が出ちゃうねぇ~~」と異口同音に言っていたものですが、だれか見えない力で尻を押されている感覚がありました。
皆がそうだと口に出して言ってしまうと、とんでもない怖さが襲ってくる気がするので、メタ坊はそれを決して話しませんでしたし、ほかのメンバーからも同様のコメントはありませんでした。
ラグビーを応援するだれかが尻を押してくれている。
ただ、それだけのことです。
*****
ほん怖ばなしをブログしてからの肩の痛みはなくなりましたが、倦怠感は残っています。
忘れようとしていた記憶の断片を、なんとか思い出せたときに、ボチボチ書き込みますので気長におつきあいください。
音は聞こえても見えない能力しかないってところが、ある意味怖さが半減するので助かりますけど、そのときの経験を思い出すと背筋がゾクゾクってするのは、やはり経験のある人だけにしかわからないでしょうね。

【メタ坊実録・ほん怖ばなし】バックナンバーは、気になる『』をクリック!
はじまり・・・『避暑って、何?』
第1話・・・・『松林のキャンプ』
第2話・・・・『お伊勢まいり』
第3話・・・・『デジカメを忘れた!』
お休み・・・・肩が痛くて手が上がらない『夏休み』
第4話・・・・『スキー天国』
第5話・・・・『スキー天国 その2』
第6話・・・・『スキー天国 その3』
第7話・・・・『穴は、撮るもの』
第8話・・・・このページ


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« JR東海道線で東京駅へ | トップ | 銀ぶら »

コメントを投稿

★メタ坊徒然草」カテゴリの最新記事