『象と耳鳴り』は『六番目の小夜子』に登場する関根秋(しゅう)及び『図書室の海』に登場する関根夏そして『Puzzle』に登場する関根春(しゅん)の父親・関根多佳雄を主人公としたミステリータッチの短編集です。
関根多佳雄は退職判事でミステリーファンでもあり、細切れな情報から事件を構築するのが職業柄のくせでもあり、趣味でもある人で、その父親の影響を子どもたちは色濃く受け継ぎ、長男・春は検察官となり、長女・夏は弁護士となって活躍中です。『図書室の海』の夏が高校生でしたから、『象と耳鳴り』の時間軸はその15年くらい後になるかと思います。もっとも子どもたちが登場するのは「曜変天目の夜」、「海にゐるのは人魚ではない」、「待合室の冒険」、「机上の論理」の4編で、後の8編は妻・桃代とのやり取り、元同僚とのやり取り、散歩仲間(?)とのやり取り、姪との手紙のやり取りなどあくまでも多佳雄と彼の周囲の人たちで構成されています。
退職判事という立場上、解決される事件は一つもありません。ただ過去の事件などの謎を推理してみたりして、「まさか!」という驚きの真実の可能性を見つけることもあったりするのですが、証拠もないし、本格的に調査するような権限もないのでそれらは全てそのまま放置されることになってしまい、いささか後味の悪い印象もあるのですが、それでも話は興味深くて、ちょっとぞっとするのが魅力なのかもしれません。
表題作の『象と耳鳴り』は、多佳雄が立ち寄った喫茶店で老婦人が「あたくし、象を見ると耳鳴りがするんです」と語り始め、少女時代に英国で遭遇した、象による奇怪な殺人事件を一通り語り終えて立ち去った後に、多佳雄がその話の裏にあったと思われるものを読み解くお話です。老婦人の話の謎はそれで比較的すっきりと解けるのですが、彼女と幼馴染だという喫茶店の店主がなぜわざわざ象の置物を彼女の目につくところに置いているのかという謎が最後にころんと取り残されてる感じがします。
収録作品最後の書下ろし『魔術師』は構成が『Puzzle』に似ていて、まずは関連性の不明なピースのみが提示されるので若干混乱します。そして都市伝説を研究しているという人が登場してバラバラのピースに若干の解説を加え、多佳雄がその謎解きをする感じです。検事を辞めて実家の農業を継いだ多佳雄の元同僚が展開する「都市がある一定の大きさを超えると独自の意志を持つようになる」という珍説と絡み合って、謎解きされる都市伝説が一種異様な雰囲気に包まれて、新たな謎が顔をのぞかせたところで話が終わっているのでちょっとホラーっぽいすっきりしない印象が残ります。
まとめると、ミステリータッチであってもミステリーではないということでしょうか。独特の味わいがあって面白いと思いました。