恩田陸著、『錆びた太陽』(朝日新聞出版)は今年3月に発売された、直木賞受賞後最初の長編です。一応SFに入るのでしょうか?私には近未来予想図のようにしか思えません。政府や政治家に対する痛烈な批判を含んでいる一方、過激な環境保護団体への皮肉も効いています。
時代設定は今から100年ちょっと後位と思われます。「最後の事故」で、人間が立ち入れなくなった地域をパトロールしているロボット「ウルトラ・エイト」。彼らの居住区に、ある日、国税庁から来たという20代の女性・財護徳子が現れます。彼女の意図は話が進行するうちに徐々に明らかになっていくことなので、最初は取りあえず「謎」です。「マルピー」と呼ばれるゾンビを調査しに来たので協力を願います。「ボス」というロボットたちを統括するロボットはひとまず彼女の要請に従い、「しぶしぶ」協力します。ロボットが「しぶしぶ」というのはおかしな感じがしますが、このロボットたちはおよそ100年分の学習ヒストリーを蓄積したAIを持っているので、状況判断が比較的柔軟になっているようで、個性もあり、かなり人間臭いです。彼らは、モラル三原則:
- ロボットは、暴力および生命を脅かすもの(疾病、有毒物質を含む)から人間を守らなければならない。
- ロボットは、M1.に反しない限り、人間に損害を与えてはならず、その命令に従わなければならない。
- ロボットは、M1およびM2に反しない限り、自分を守らなければならない。
に従い、それを運用する際に、「人間の三前提」と呼ばれる項目を考慮することになっています。
- 人間は、物理的にも精神的にも不安定な生き物である。
- 人間は、利己的であり、しばしば過ちを犯す。
- 人間の取る行動は、必ずしも合理的ではない。
また、作成者の趣味がかなり影響したと思われる設定があり、妙に笑いを誘います。彼らはベットの形をしたメンテナンス装置でパジャマを着て(!)布団をかけて休み、朝は目覚まし時計を止める作業からスタート。神棚にお参りをし、作業着に着替え、ラジオ体操までするんです( ´∀` )
そして、始業の掛け声は「安全第一!火の用心!整理整頓!大魔神!今日も元気で行ってらっしゃい!」
え?なぜ、「大魔神」?
他にも笑える設定がいくつかあり、ロボットとゾンビしかいない汚染地域で、何やら危機的な事態が進行中だというのに、かなり脱力してしまうのですが、危機に対処しているのはあくまでもロボットなので、そのくらいのシュールな距離感がむしろぴったりと嵌っているのかも知れません。
唯一の人間である財護徳子の言動も相当場違いで、ロボットの方がむしろ常識的に見えることも、ある意味皮肉なのかな、と思います。
そして進行中の危機は、目の前のお金のことしか考えない政治家や官僚たちによって極秘裏にもたらされます。それを知るきっかけはシュールですが、ロボットたちが導き出した結論と対策は少々「奇策」だけれども、実に筋の通ったものでした。その結論が導かれる過程も非常に読みごたえがあって、面白かったです。
すっかり恩田陸のファンになってしまいました。