徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:有川浩著、『クジラの彼』(角川文庫)

2016年03月27日 | 書評ー小説:作者ア行

今年のイースターは有川浩尽くしです

いわゆる「自衛隊3部作」に続き、今度はその続編的な恋愛小説短編集の『クジラの彼』です。収録作品は6編:『クジラの彼』、『ロールアウト』、『国防レンアイ』、『有能な彼女』、『脱柵エレジー』、『ファイターパイロットの君』。自衛隊3部作の続編というか番外編にあたるのは『クジラの彼』、『有能な彼女』、『ファイターパイロットの君』の3編ですが、どれも本編を知らなくても読めるようになっています。本編を知っていた方がより面白いとは思いますが。

では、各作品の感想を。

クジラの彼

『クジラの彼』は『海の底』で、潜水艦に立てこもっていた自衛官コンビの片割れ冬原春臣とその彼女のお話。本編のエピローグでは彼女の名前も登場せず、ただ冬原は早々に結婚した、と述べられているだけなんですが、ここではその結婚に至るまでのエピソードが描かれています。出会いは潜水艦艦長の「出会いの少ない潜水艦乗組員のために」という親御心でセッティングされた合コン。冬原はそのイケメンぶりと持ち前の社交性が買われて、幹事兼「見せゴマ要員」として参加していた。潜水艦がクジラみたいだ、という彼女、中峯聡子のセンスが気に入り、付き合うことになった二人。でも潜水艦乗りとの恋愛は、長距離恋愛のかなりきついバージョン。なぜなら潜水艦乗りが陸地に居るのは一年のうちわずか数か月。航海予定などは国家機密なので、いつ出港していつ戻ってくるという予定も教えられない。加えて一度潜ると電波が一切届かないので音信不通になることが2・3か月というのが普通。

「元気ですか?浮上したら漁火がきれいだったので送ります。春はまだ遠いですが風邪などひかないように気を付けて。」

彼からの2か月ぶりのメールはたったそれだけ。散々待たされる挙句に筆不精というのか、思いのたけをメールに書く習性のない男が相手ではかなり忍耐力がないと続けられない大変な恋愛ですね。私などはただの長距離恋愛でも無理です。

そんなわけで、「聡子ちゃん、頑張れー」などと思いながら読みました。

ロールアウト

『ロールアウト』は自衛隊3部作との関連性はありませんが、やはり自衛隊が登場します。ヒロインは航空設計士としてK重工にお勤めの宮田絵里。K重工が主契約で開発を受注した空自の次世代輸送機について要望をヒアリングしに絵里は小牧基地へ。そこで案内役を務める幹部自衛官高科三尉は二番格納庫への近道とはいえ、男子トイレを通るように絵里に言う。それもさも当然のことであるかのごとく。上司や他の幹部自衛官らが既にそこを通って先に行ってしまったので、一人遠回りをするわけにもいかずやむなく絵里もそこを通る。要望のヒアリングを開始すると、この無神経とも思える御仁、高科三尉はどうしてもコンパートメント型のトイレが欲しいという。しかし、輸送機という性質上、容量・重量制限が厳しく、サニタリー関係はないがしろにされがちで、その要望を叶えるためには「戦い」が必要。

この小説は男女間でトイレの話を突き詰めるというシチュエーションの微妙さが可笑しいですね。話はお互い引かれ合っていることが確認されたものの、本格的な恋愛関係が始まる前で終わっています。

国防レンアイ

『国防レンアイ』も、そのタイトルから分かるように自衛隊がらみの恋愛です。舞台は北海道の真駒内基地。泣く子も黙る女教官として基地内で勇名をはせるWAC、三池舞子三曹と彼女と同じ高校出身ということで入隊当初から仲が良かった伸下雅史三曹の関係はずっと女王様とパシリの関係。彼女の方は過去の経験から自衛隊外の相手とレンアイすることに拘っており、そして失恋しては伸下をやけ酒につき合わせ、愚痴をぶつけて八つ当たりするということを繰り返している。彼の方は彼女のことが実はずっと好きなのだけど、頼りにされているという現状を壊してしまうのが怖くて、ずっと【パシリ】に甘んじていること8年。

8年という期間はかなり長いと思いますが、現在の関係を壊したくなくて【パシリ】に甘んじているというのは結構どこにでも転がってそうな話です。「このパシリ君はどこまでがんばるのかなー」などと思いながら結構楽しんで読ませてもらいました。

有能な彼女

『有能な彼女』は『海の底』の続編で、潜水艦に立てこもっていた自衛官コンビの片割れ夏木大和と助けられて面倒を見られていた子供たちの中で最年長だった森生望のその後のお話。『海の底』のエピローグでは望みが防衛相の技官として着任し、夏木に再会するというところで終わっているのですが、『有能な彼女』では付き合うようになってから結婚に至るまでのエピソードです。夏木は、社交的な冬原とは対照的で、口が悪くて不器用。そのため、望が押し掛け女房的につき合いを迫られる以前は女性に縁もなく、苦手意識を持っていたので、お世辞にも女心にさといとは言えず、彼女との年の差もあって、ますますプロポーズするのに気後れしている状態。そのぐるぐると思い悩む彼の姿を生あったかい目で見守るような感じで読みました。ケンカする様子もほほえましい感じです。

「俺、これからもいらんこと色々言うと思うし、バカなことで揉めると思うけど、お前は怒っててほしいんだ。お前に泣かれるくらいなら怒られるほうがマシなんだ」

とは、いかにも口が悪くて不器用な男が言いそうなことだけど、いいなあとやっぱり思っちゃいますね。不器用なりに彼女が大事なのね、という感じで。

脱柵エレジー

こちらも自衛隊がらみですが、他作品とは少し毛色が変わっていて、複数の恋バナが登場します。

【脱柵】というのは隊内用語で自衛隊駐屯地や基地から隊員が脱走することを指すそうです。
「脱柵者には新隊員や経験の浅い隊員が圧倒的に多く、その理由は概ね定番順に人間関係がうまくいかない、訓練について行けない、規則だらけの集団生活が嫌になった、等々。
そして多数派ではないが常に廃れない理由の一つに、恋愛沙汰がある。」
と語るのは清田和哉二曹。彼自身も体験し、今では脱柵した若い者を捕獲した後に自らの体験談も交えて教え諭す立場。 

確かに外出も一々〈外泊許可〉取らないとままならず、異動も多い自衛官では恋愛関係を維持するのが大変そうです。

ファイターパイロットの君

『ファイターパイロットの君』は『空の中』の大人カップルとして活躍した、航空機メーカーの担当者春名高巳(はるなたかみ)と事故にあった機と一緒に演習参加していた自衛隊パイロット武田光稀(たけだみき)のその後の話。結婚して一人娘が5歳になったところ。「パパとママが初めてチューしたところ」というお題を娘が持ってきたところから始まるこのお話は、未だにパイロットを続けているために厳しい風当たりを受けている光稀を理解のある旦那が支えるという羨ましい話。

初デートでおしゃれしてきたのに首にはドッグタグをつけてきた彼女。しかもそれを「身に着けておかないと身元が判明しない」とさも当たり前のように主張する彼女に対して、「俺とのデートで身元が判明しない程のどんな大惨事に陥る気だよ!」と返す彼。そんなエピソードが織り込まれていて結構笑えます。しかも落ちがあるし…

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