詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

置き忘れた曲

2016年12月04日 | 
仕事のための覚醒のためのカフェイン摂取のためのコーヒー。
わたしの夢はただ、わたしの夢なのだった。

カップをソーサーにおろすと
厚みのある白い摩擦音がする
カチャ ゴリ ゴトリ
重大な打明け話を聞いてみたい
つるりとしたざらりとした
ふくらみやくびれ
たがいのおさまりのいい場所を探る音
コーヒーがしっくりおさまっていく
活気の足りない神経に

本を読むひと
パソコンを見つめてキーボードを叩くひと
熱心に書き物するひと
あのひとはいつも冷たく
甘い飲み物を飲んでいる
うつむいた耳と鼻と眼鏡の
ねずみの関係
コート、バッグ、携帯カバー、ペンケース
自意識と奇妙な無関心がよじれて
身につける物の傾向もこもごも
いつしかなじみになっている

広い店内で
まだらに座る人々の間を
新しいメロディーがながれ始めると
わたしの内からも続きが自然にながれ出す
二羽の鳥が飛び交うように
ひとつになっている
散漫の粒をすくって
数珠を作っている糸のように
とりとめのない日々のあとで
知らない曲に再会した
耳にするまでそんな曲があったこと
知らないくらいに忘れていた曲

外国語の本や新聞を読んだり
窓の外をずっと眺めていたりする
いつも黒いフェルトの帽子に隠れ
丸まった背で思い出を守っている女性
のぞけない顔の先で
たくさんの言葉が印刷された紙束を
しっかり握って離さない手
長年の知識と感情が堆積して
皺を寄せている

名を知らない
ただ耳が知っている曲
あたりをピントのおかしな
優しい風景にしてしまう曲
弾けたらいいと思う
楽譜がほしいと思う
曲名を知りたいと思う
おぼえておきたいと思う
おぼえておけば
ピアノで跡をたどれるから
おぼえておく自信はない
誰か道に落ちた音符をついばんでしまう

羽毛のようなおもい
仕事中にはすっかり忘れている

机に向かってコリコリコリコリ
ペンを動かし
気を動かしていると
窓の外はすっかり暮れている
片付けをしてマフラーを巻き
夜の空気に一歩足を踏み出す
優しいメロディーが奥のほうからさりげなく
コンクリートの割れ目から萌え出る緑のように
ながれ出てくる
われ知らず口ずさんでいるこの曲は

ああ今朝のこと
ああおぼえていたんだ
街灯と雑踏を縫って
わたしよりはやくながれていくメロディー

他の音楽に消されないよう
何度も繰り返し
思い出せるフレーズを歌い続けるけれど
ふいっと離れてしまえばおしまい
いつまたそれが訪れるかはわからない
絶対音感がなく
頭の中の音を透明な楽譜に書いて
おぼえることはできないから
音の高低は滝として記憶される

家に着いて
話をしたり
テレビの音にまみれたりするうち
ふいとメロディーが
離れてしまったことに気がつく
滝のイメージだけが残っている

日が経ち
ある期待が影のように
心に差していることを感じる
見上げてみれば
鳥があのメロディーを連れてくるような気がして
わたしは待っているらしい
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