話して~♪

私の話も、あなたの話も

自分を知る

2007-02-27 15:55:02 | 花日記 
人と人が出会って、そこでともにかかわっていくことでしか、
自分と言うものを成長させることも、客観的に知ることも出来ないんだ

ということがわかっているつもりでしたけれど、先週日曜にはそれが
とてもよくわかることが出来ました。

ドイツの治療者で、私が心身ともに最悪な状態の中で私を診てくれた人
がいます。私は自分以外の他人に自分から助けを求めたのはことがなく、
それは初めての経験でした。
1年間、彼女に言われたとおりの治療的動きを毎日続け、体調は確実に
よくなっていったので、翌年には目を見張るその成果を心から喜んで
下さって、褒めてもいただいたのです。


だからといって、私の人生の事態が夢のように変わるわけでもなく、
家族の問題や自分の性格、生き方のつらさから開放される努力はまだまだ
必要でした。
1年目に比べて何の変化もなく、特に報告できるようないい成果もなくて
私は彼女が来日しても自分の報告をすることが何もない、申し訳ない、
と思っていました。
毎年彼女は講座にきていましたが、私は彼女に話しかけず、彼女からも
声はかからず、彼女の目線だけは感じていました。
それを「声をかけないでいてくれている。待ってもらってるんだ。いつか
話せるようにがんばろう。」
と考えていたのです。

そして私は去年末、妹のことを全て精神的に整理し、母と和解し、本当の
自分と向かい合い切って新しい自分を獲得することができました。
それを彼女に報告することが出来たのです。
彼女は本当に喜んでくれました。そして、こう言ったのです。



「私はこの何年もあなたに会うたびに無視され続けていて、どれだけ
傷ついたかしれないわ。ああ、今年も何も話をしてくれないんだ。
そう思ってつらかった・・・」

小さなタンクみたいにエネルギーが体の中からみなぎっていて、いつも
火の玉みたいな元気で明るい彼女が笑いながら言ったその言葉は、私に
驚くほどの衝撃を与えました。

傷ついていた?無視していた?無視されていると感じていた???

彼女と別れてからも私はその言葉が頭から離れませんでした。
自分が相談者でない立場でいるときには、相手のつらい状況に思いをはせ
遠く離れていれば意識を送り、ともに歩もうと言うくらいの思いで向かい
あう私なのに・・・
生まれて初めて相談者になった私は、彼女が私と同じようにいつまでも
自ら話すのをじっと待っていてくれた。その間に彼女は私を待ちながらも
傷ついていたのか。

うまくいかなくても、つらくても、彼女は私とともにあろうとしてくれていた。
すばらしい結果だけを求めているんじゃない。ありのまま全ての私を
いつも待っていてくれたんだ。
私だっていつも、誰にでもそうしているじゃないか・・・

長いことドイツに暮らす彼女は日本人ながらすでに魂がドイツの強い自我を
備えている。自らが動かないものには手は貸さない。だから私から話さなければ
彼女は聞いてこないだろう。
そんな厳しさが、私を奮い立たせていたところも正直あった。

私はこれまでただ、どんな言葉であろうと傷つくようなアドバイスや不本意な
コメントを受け入れられないようなかたくなさ、不正直さ、弱さが残っていて
素直に彼女に心を開き、全てを見せることが出来ていなかった。
彼女はずっとそれを待っていてくれたんだな。
そして今、私にそれを受け取る準備が出来たと見て取って、今までの彼女の
思いを私に投げかけてくれたんだ。と思った。


それなのに、なかなかそれがわからずに、今回もずっと耐えて見守って下さった
お礼と謝罪を直接その場で気づいて言葉にすることが出来なかった。
夜になってスタッフに話していて、初めて衝撃に近いリアリティーが生まれて
きたのだから。

具体的なコミュニケーションを形にする大切さ。
目に見えるものを第一に考える人間関係。
精神的なものを大切にすると同じように。

それが今の私にはまだまだ欠けているものに気づかせてもらったような気がしました。彼女との関係の中でしか、決してわかることのなかった自分の姿がこの日は
はっきりと見えたのでした。
ありがたいことです。

事務所で、
この人はテレやだからリアクションが大げさなのよ。とか、
この人は何を言っても大丈夫。ほんとはすごく強いんだから。とか、
実はぜんぜん苦労なんてしてない、幸せな人生なのよ。とか
楽してるのよ。とか
結構みんなにいいたいこと言ってくれてましたから、少しは気が晴れてもらえて
んじゃないかなぁ。(笑)