MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1852 カーボンニュートラルに最も貢献する政策

2021年05月17日 | 環境


 近年頻発する異常気象の原因の大きな原因と目されている地球温暖化に対し、世界の国々が一つとなって温暖化の原因となる(とされる)大気中の二酸化炭素濃度の上昇抑制を目指す「カーボンニュートラル」という概念が、欧米の先進各国を中心に時代のキーワードとなっています。

 カーボンニュートラルとは、(簡単に言ってしまえば)生産や消費などの一連の経済活動を行った際に排出される二酸化炭素と、吸収される二酸化炭素を同じ量にするというもの。令和3年1月20日時点で、日本を含む124カ国と1地域が既に「2050年カーボンニュートラル」を表明しています。

 今年2月に地球温暖化防止の国際枠組みである「パリ協定」への復帰を表明した米国のバイデン政権は、2030年までに洋上風力による再エネ生産量を倍増したり、自動車産業や電力部門などのクリーンエネルギー分野を中心に4年間で2兆ドルの投資を行うことなどにより2050年の脱炭素化を目指すとしています。

 また、EUは、50年までの実質排出ゼロを「欧州気候法案」で既に法制化しており、コロナ復興予算となるEU7カ年予算と復興基金の計1.8兆ユーロのうち、30%以上(約70兆円)を気候変動に充てる方針とされています。
 そして、世界最大のCO2排出国である中国も、昨年9月の国連総会において習近平国家主席自身が「2030年までにCO2排出を減少に転じさせ、60年までに炭素中立に努める」と表明しています。中間目標として2030年を二酸化炭素排出量のピークとし、2035年までに新車販売の主流をEV化することなどで目標達成を目指すということです。

 一方、わが国はどうなのか。日本は、二酸化炭素など温室効果ガスを推計で年間約12億1300万トン(2019年度)排出しているとされています。水素などのクリーンエネルギーや洋上風力などの再生可能エネルギーの活用で大幅に削減する一方、やむを得ず排出される温室効果ガスと同じ量を吸収や除去することで、大気中の排出量を(2050年時点で)「差し引きゼロ」にするというのが菅政権の考えです。

 まずは、2050年に向けCO2を排出する石油や天然ガスといった化石燃料の使用量を削減し「電化」を加速すること。経済成長に伴い3~5割増加する電力需要を補うため、ベース電源としての原発に加え、再生可能エネルギーや(製造過程でCO2を排出しない)水素やアンモニアを活用すると政府はしています。
 さらに、高効率の火力発電を整備・使用しつつ、排出されたCO2を分離・回収し、樹脂原料に活用したり地中に埋めたりする「CCUS(Carbon dioxide Capture,Utilization and Storage)」技術などを組み合わせてその実現を図るというのが政府の目論見です。

 もちろんカーボンニュートラルは、パリ協定などの国際的な枠組みの下で協調して進めている取り組みであり、また、そうしたチャレンジがなければ世界の投資を呼び込めず、新たな投資も生まれないという実利的な理由も垣間見えるところです。

 とはいえ、一口に「カーボンニュートラル」といっても、その実現はそう簡単なものではなさそうです。産業や交通の電化には多額のインフラへの投資が欠かせないし、再生可能エネルギーのコストはまだまだ高い。頼みの綱の原子力発電には、放射能の問題が常について回ります。
 2050年まであと残り30年。約束してしまったは良いものの、私たちはどうやってそのハードルを乗り越えていくのか。カーボンニュートラルを巡るこうした問題に対し、作家の橘玲氏は週刊プレイボーイ誌(4月19日号)に連載中の自身のコラムに、「地球にもっともやさしい再生エネルギー政策は「節電」」と題する興味深い一文を掲載しています。


 菅政権が約束した2050年までのカーボンニュートラルの実現に欠かせないのが、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換であることは間違いない。しかし、「はたしてこれは実現可能なのか?」と氏はこのコラムで疑問を呈しています。
 北ヨーロッパで風力発電が普及したのは、通年にわたって強い風が吹く北海の洋上に風車を並べているからで、対する日本は北海道の北端がかろうじて偏西風の帯域に引っかかっているだけで適地とはいえない。実際、震災復興プロジェクトの一環として(600億円を投じ)福島県沖で浮体式洋上風力発電の実証実験が行なわれたが、政府は採算が見込めないとしてすべての施設を撤去する方針を固めたということです。

 太陽光発電はスペインなど南欧やアメリカのテキサス州で盛んだが、これは(気候的特徴として)通年にわたって強い日差しがあるから。それに対し曇天の多いモンスーン気候の日本では、地中海沿岸や砂漠地帯のような発電効率は見込めないというのが氏の指摘するところです。
 もとよりこうした事情は、緯度が低く日照時間の短い北ヨーロッパ諸国でも同じだと氏は言います。ドイツは2022年末までに原発をゼロにし、国をあげて再生可能エネルギーに転換しようとしているが、2000年以降、消費者に請求される電気代は倍増し、二酸化炭素排出は横ばいむしろ近年は増えているということです。そしてこれは、風力発電と太陽光発電に多額の投資をする一方で既存の原発を閉鎖したため、発電量が足りない分を石炭発電に頼らざるを得なくなったからだ氏は説明しています。

 一方、電気の高額な買取制度や補助金により一時は人気を博した太陽光発電も、平坦な土地に多くのソーラーパネルを並べなくてはならないため、近年では「環境破壊」との批判も出てきたと、氏は指摘しています。日本は平地が少ないので、こうした問題は各地で深刻に受け止められている。確かに、地球環境を守るために環境を破壊するとしたら、それは本末転倒の誹りを免れないというのが氏の認識です。
 火山の多い日本でもっとも有望な自然エネルギーは地熱だが、発電の適地のほとんどが国立公園や国定公園で温泉観光地としてすでに開発されているため、そこには地元との困難な交渉が待っている。環境省は2012年に地熱発電の規制を一部緩和したものの、10年経っても大規模な地熱発電所はひとつもできていないということです。

 そうなると、残るのは二酸化炭素を排出しないことで知られる原子力発電ということになりますが、現状では福島原発事故の影響で既存の発電所の多くが再稼働できず、新設・増設の目途は全く立っていないと氏はしています。
 2050年を見据えて現実的に見ていくと、日本の「エネルギー転換」は八方ふさがりで絶望的な状況だとういうのが、再生可能エネルギーへの転換問題に対する橘氏の見解です。

 さて、だとしたら、このままなす術もなく世界からの批判に耐えなくてはならないのか。そんなことはない。実は素晴らしい「再生可能エネルギー」があると、氏はここで指摘をしています。それは、コラムのタイトルにもあった「節電」という政策だということです。

 当たり前のことだが、電力消費量が減れば、発電のための化石燃料も少なくてすむ。カーボンニュートラルの実現に向けいろいろなエネルギー政策があるにしても、「節電が最も地球にやさしい発電」であることは間違いないと氏は言います。
 確かに、省エネルギーのためのこまごました技術に関しては、(日本は得意分野ということもあり)まだまだ開発余地が残されていることでしょう。また、節電のための効果的な政策は(家庭用)電気料金を大幅に引き上げることで、そうすれば「オール電化」のようなバカげたことはなくなるだろうというのが氏の指摘するところです。

 「カーボンニュートラル」という(欧米先進国による)何やら勇ましい掛け声のもと、何かといえばピカピカの「新技術」に目を向けがちな我々ですが、確かにこの問題の本質はもう少し身近なところにあるのではないかと、橘氏の指摘から私も改めて考えさせられたところです。
 



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