新年度に入り日本経済新聞の人気コラム「やさしい経済学」では、「良い組織・良い人事」と題し、東京大学教授の大湾秀雄(おおわん・ひでお)氏が日本企業の組織管理、人事管理に関する論点を解説する小連載を開始しています。
4月21日の紙面では、日本企業の人事管理の際立った特徴の一つである「遅い昇進」の慣行について、そのメリットとデメリットをわかりやすく整理しています。
一般に日本の大企業(官庁なども含まれますが)においては、入社して10~15年間、つまり30歳半ばまでは同期がほぼ同じタイミングで昇進していき、少なくとも基本給にかかる職能等級や「主任」「係長」などの肩書きではほとんど差がつかないという慣行があることを大湾氏は改めて指摘しています。
当然、伝統的な日本の企業においても、様々な主要なポジションを経験させる「有望な社員」と「そうでない社員」を区別した(いわゆる「ルートに乗せる」と言われるような)人事配置上の配慮が行われていることは事実でしょう。しかし、少なくとも表向きには「若いうちは歴然とした格差を設けない」という方針を維持している企業が日本では大部分を占めているのではないかと考えられます。
慶應義塾大学の八代充史教授によれば、実際、先進国の企業等において雇用者の第一選抜が行われる時期は、アメリカで入社後 3.4 年、ドイツで入社後 3.7 年であるのに対し、日本では入社後7.9年と約二倍の雇用期間を経た後であるということです。(『管理職への選抜・育成から見た日本的雇用制度』(日本労働研究雑誌(2011.1))
また、同一年次に採用された雇用者の中で上位役職への昇進機会がなくなる者が過半数に達する時期を見ても、アメリカで9.1年、ドイツで 11.5 年であるのに対し日本ではなんと22.3年と、数字の上にも大きな違いが表れています。
入社して数年のうちに幹部候補生の選抜が進む欧米では、確かに20歳代で管理職に就いているような社内エリートも少なくありません。それでは、こうした欧米型の昇任管理にはどういったメリットがあるのでしょうか。
大湾氏はコラムの中で、管理職への昇進時期が遅れることは会社の将来を担う幹部候補生への投資の遅れにつながり、能力開発の水準が下がる可能性があるとしています。また、評価の遅れに伴って、転職の機会に恵まれた優秀な人材が(ヘッドハンティングされ)離職していくという極めて現実的なリスクも高まることになるということです。
一方で、日本流の遅い選別には別の経済合理性があり、終身雇用制を背景とした戦後高度成長期の日本の事業モデルには、そちらの方が適していたとの見方が有力であると大湾氏は言います。
「早い昇進」が「選ばれた社員」のモチベーションを上げることは言うまでもありませんが、一方で「選ばれなかった社員」のモチベーションを大きく下げることは論を待ちません。そういう意味で昇進のタイミングを遅らせることは、多くの人に「自分にもチャンスがある」という期待感を抱かせることにつながり、組織へのコミットメントを向上させ企業目的への高い努力を維持させることができるという、これもまたかなり現実的な企業サイドの要請があるということです。
日本の企業では、今も末端の社員が成長や改善の機会を見つけ、会社のイノベーションや成長に大きく(主体的に)関わっています。つまり、日本企業における実質的な意思決定は、アメリカの企業よりも分権的、つまりより低いレベルで行われているというのが大湾氏の認識です。
こうしたことから日本企業では、昇進を遅らせ、末端社員のモチベーションを維持することが、早い昇進でリーダーを育成することよりも重要視されてきたのではないかとする大湾氏の指摘を、大変興味深く読んだところです。
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