日本ではあまり聞きなれない「リニエンシー(leniency)」という言葉。「慈悲深い」とか「寛大な」といった意味で用いられている英単語ですが、日本の独占禁止法にこの「リニエンシー」を冠した制度が盛り込まれていることをご存じでしょうか。
「談合」や「カルテル」の存在はマスコミに大きく取り上げられることが多く、言葉を聞くだけで何やら企業などの巨悪による「構造的な犯罪」のようなイメージが付きまといます。しかし、実は独占禁止法には、こうした不正な取引にかかわった企業であっても、公正取引委員会などの立ち入り調査などが入る前に証拠や書類をそろえて自己申告(自白)することによって、刑事告発を免れたり課徴金を減額されたりという仕組みが盛り込まれています。
そもそも、正当な企業間の競争が自主的に行われるよう、カルテルや談合を発見・防止することを目的として1993年にアメリカで始まったこの制度。一般に「リニエンシー制度」と呼ばれ、その後、EU、韓国、カナダ、オーストラリアなどでも取り入れられ、かなりの成果を挙げています。そして日本においても、2006年1月の改正独占禁止法により具体的に導入されているのだそうです。
日本のリニエンシー制度を、もう少し詳しく見てみます。公正取引委員会の調査が入る前に最初に申告してきた(談合やカルテルを最初に裏切った)企業は課徴金の全額を免除されることが法律で明らかにされています。
そして2番目に申告した企業は50%を減額、3番目の企業は30%を減額するという形で、追随する順番に応じた減免割合が定められています。また、立ち入り検査後に申告した場合であっても、「降参です」「全て白状します」と白旗を掲げた順番が早い順に3社までが、課徴金の30%を減額されることになっているそうです。
なお、このリニエンシー制度の元祖アメリカでは、最初の1社のみのペナルティを免除するという(「裏切り」を助長するための)言わば「司法取引型」の仕組みとなっており、またEUでは事業者数の制限をなくし、申請順に100%から少しずつ減額の割合が少なくなっていくという言わば「追随者誘惑型」の制度としています。
このようにリニエンシー制度は、企業風土などのお国柄に応じた、特徴ある運用がなされているようです。
さて、12月13日の日経新聞の紙面(やさしい経済学「競争とルール」)において、東京大学の松井彰彦教授が、日本の独占禁止法におけるリニエンシー制度の申請状況について触れています。
実際、独占禁止法の違反事件による課徴金は平成12年度の総額で250億円を超えており、企業にとっても相当の負担となっています。また、今年11月には東京電力の取引先の談合に対して約7億円の課徴金を課すことが決定されるなど、事案の大型化も目立ちます。まだまだ厳しい経済状況とも相まって、企業間の公正な競争を妨げる動きは後を絶たないと言うことできるでしょう。
そうした中、実は、このリニエンシー制度導入以降、この制度を利用して課徴金を免れようとする企業も数多く生まれているということです。
松井教授によれば、平成10年度以降の申請は毎年度年間100件を超えているということで、そういう意味では、業界の結びつきが強く企業間の価格競争を避けようというムードが強いとされる日本の企業風土においても、こうした「裏切り」を助長する制度は思ったよりも(?)効果を挙げていると言えるかもしれません。
罪を犯したにもかかわらず、仲間を裏切ることで罰を免れる。密告者の罪を許すという、人と人との信頼を断ち切る余りに「あからさま」な取引自体、信義を重んじる日本人のメンタリティにはなじまない部分もあるかもしれません。
しかし、こうした制度が導入された背景には、談合やカルテルなどの摘発には、犯罪の性格上「当事者の自白」が決定的に重要となることや、犯罪防止の観点から談合やカルテルを行うことへの企業側のリスクをより大きくする必要があったことなど、様々な理由があるようです。
先日、仲間への不信感に端を発する個人の利害意識がゲームを動かすという「囚人のジレンマ」の理論をご紹介しました。いずれにしても、こうしてリニエンシー制度の効果が上がっている背景には、「背に腹は代えられない」という厳しい現実があるのでしょう。「囚人のジレンマ」のメカニズムは、「裏切り」のインセンティブが上がれば上がるほど鮮明に表れます。そういう意味で言えば、このゲーム理論は単に「理論」としてばかりでなく実践的にも十分活用されていると言えそうです。
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