石破茂首相は今年1月6日の年頭記者会見で、「楽しい日本」を目指すと表明しました。唐突な切り出し方に「楽しい…?」と戸惑った人も多かったようですが、(よくよく話を聞けば)「強い日本」「豊かな日本」を目指してきたこれまでの政権とは一線を画す姿勢を明らかにした、(ある種の)決意表明とも受け止められます。
首相曰く、国民一人一人が自分の夢を目指し、希望や幸せを実感する社会が「楽しい日本」の姿とのこと。「令和の列島改造」「地方創生2.0」と、立て続けに政策の新機軸を打ち出している石破政権ですが、少子高齢化が進む中、その道のりは容易いものではないでしょう。
中でも気になるのは、人口減少が顕在化し、東京圏への一極集中が進む今の日本で、生活圏の在り方を根底から見直すための中核政策とされる「地方創生2.0」。2014年に安倍政権の下で始められた「地方創生(1.0)」は東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけることが狙いとされていました。しかし、国や地方が巨費を投じたにもかかわらず、東京一極集中にも地方の人口流出にも歯止めがかかっていないのが現実です。
多くの地方で(特に若い世代や女性の)人口流出が続く中、全国のどこでも安心で豊かに(そして楽しく)暮らしていける社会の実現は果たして夢物語なのか。1月21日の日本経済新聞のコラム「経済教室」に、上智大学准教授の中里透(なかざと・とおる)氏が『地方創生、中枢・中核都市に集積進めよ』と題する論考を寄せているので、参考までにその主張の一部を残しておきたいと思います。
地域間格差の是正は、しばしば道路や空港などのインフラ整備と結びつけて論じられてきたが、最近の地方創生の取り組みには従来にない特徴がある。それは出生率の地域差が強く意識され、少子化問題の克服が大きな目標とされていることだと、中里氏はこの論考で指摘しています。
「希望出生率1.8」が政府目標となり「人口ビジョン」の策定が各自治体に求められる中、出生率のデータが公表されると、毎年決まって47都道府県で最下位となるのが東京都。にもかかわらず、毎年多くの若者が進学や就職で(出生率の低い)東京にやってくるから少子化がますます進み、人口減少が加速する…と多くの政治家や識者が主張していると氏は言います。(従って)この流れを反転させ地方消滅を回避するには「東京一極集中の是正」が急務である…氏によれば、こうした認識がこれまでの地方創生の取り組みを支える基本的な構図であったということです。
しかし、この見立てについては改めて妥当性を点検する必要がある。進学や就職を契機とする人口移動の影響で、地域別の出生率の指標にゆがみが生じている可能性がある(高い)というのが氏の認識です。
合計特殊出生率の分母となる女性人口には(もちろん)未婚女性が含まれる。このため進学や就職で若年女性の転居を伴う移動が生じると、流入の多い地域は出生率が低めに、流出の多い地域は出生率が高めに出ると氏は言います。
15〜29歳と30〜49歳に分けて年齢層ごとに合計特殊出生率の内訳をみると、30〜49歳は全国・東京都・東京都区部でほとんど差がないのに対し、15〜29歳では大きな違いがみられる。未婚女性が数多く流入する(首都圏などの)地域では、おのずと出生率が低くなるということです。
一般に学歴が高くなるほど初婚年齢が高くなるから、東京都で20代後半の女性の未婚率が高く、出生率が低いのは自然な話。また、結婚して子供ができたりすると、都内から(生活費が安く子育て環境の良い)郊外へ転出する世帯が多いということもあるのでしょう。
地方創生をめぐる議論では、出生率の高低をその地域の「暮らしやすさ」の指標としてとらえる傾向がある。だが、それでは出生率が低い、したがって暮らしにくいはずの東京になぜ若者が集まるのかという疑問が生じると氏は話しています。
出生率の地域差は人口移動の結果として生じるものであれば、東京一極集中と少子化問題を安易に結びつけることには問題がある。両者を分けて考え、まずは「なぜ若年層の多くが地元を離れ東京に行ってしまうのか」という部分に目を向ける必要があるということです。
メディアなどが煽る「東京への憧れ」が答えのひとつかもしれない。一方、地域によっては「男は仕事、女は家庭」といった性別役割分担意識がなお強く残っている可能性もあると氏はここで指摘しています。
現実的な理由としては、雇用の問題も挙げられる。キャリア形成を目指し専門性の高い職種への就業を希望しても、地元にふさわしい仕事がなければその人は転出してしまう。多様な職種への就業機会の有無は都市規模によって規定される部分もあるため、都市規模に応じた十分な就業機会が確保できないと若年層の流出は止まらないということです。
さらに、大学進学を機に多くの若者が地元を離れてしまうことを踏まえると、教育を受ける機会の地域間格差も解消しなくてはならないと氏は言います。地方国立大学に対してこれまで採られてきた緊縮的な対応を見直し、教育・研究環境の改善を進めていく必要もあるだろう。こうしたことは人的資源の地域間格差の縮小にも資するし、地域における産業の創造にもつながっていくということです。
氏によれば、1972年に刊行された田中角栄元首相の「日本列島改造論」の序文には「すべての地域の人びとが自分たちの郷里に誇りをもって生活できる日本社会の実現」が謳われているということです。
折しも、石破政権の掲げる「令和の列島改造」では、「政府機関の地方移転」や「2拠点活動」支援なども打ち出しているところ。故郷を持たない日本人が増える中、国民それぞれが自分なりの「新しい故郷」を作り出すことも、「地方創生」ひいては「楽しい日本」を作り出すきっかけになるのかもしれないなと、私も改めて感じたところです。
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