MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯234 心を鬼にしても…

2014年10月06日 | 本と雑誌


 先日、このサイトで、日本の企業の大半は国内各地域内の小さなマーケットで勝負するローカル企業(地域の小規模なサービス産業)であり、これからの日本の経済成長は、こうしたローカル経済圏のサービス産業の収益性の向上にかかっているとする、㈱経営共創基盤〈IGPI〉代表取締役CEO)の冨山和彦氏の指摘を紹介しました。(8月20日「超高齢社会と新しい経済モデル」)

 冨山氏は、日本経済には世界のマーケットで戦う「グローバル経済圏」と地域のサービスを担う「ローカル経済圏」という特性の異なる二つの経済圏が、その関係性が希薄なまま併存しており、例えグローバル企業が頑張って利益を上げてもローカル企業へのトリクルダウンは起こり難い…としています。つまり、日本経済を底上げしていくためには、ローカル経済圏にある地域密着型の非製造業が収益構造を変えていく必要があり、それが叶わなければ、地域に暮らす大多数の日本人の賃金や生活レベルが上がるとは考え難い、そういう指摘です。

 これまで日本では、この「ローカル経済圏」の人々を「グローバル経済圏」に移動させようという試みが続けられてきた。しかし言うなればスーパーメジャーリーグの戦いになっている「グローバル経済圏」で商店街の小売店の経営者が戦うというのは所詮無理な話であり、ローカルな人々はあくまで地域において県大会レベルの水準で高い生産活動を目指すべきだと、冨山氏は、近著「なぜローカル経済から日本は甦るのか」(PHP新書)の中で述べています。

 氏は、ローカル経済圏では多くの場合、小規模な流通サービスはもとより、医療・介護・保育などの社会福祉サービスや教育、公共交通などの公共サービスが中心的な産業となっており、限られた地域内における「密度の経済性」や様々な「規制」により不完全競争の環境にあるとしています。そうした中では、放置すれば生産性の低い企業が淘汰されることはなく、生産性の高い企業と低い企業がそのまま生き残り、生産性の格差が広がり続けるということです。

 こうした状況を踏まえ、地域経済を活性化させ利益を生み出すためにはまず生産性の低い企業には市場から穏やかに退出してもらい、事業と雇用を生産性のより高い企業に滑らかに集約すべき。また、そうしなければ地域で働く人々の賃金は上がらないというのが、冨山氏のこの問題に対する基本的な認識です。

 著書の中で冨山氏は、生産性の低い企業に退出を促し集約化を進めるうえで非常に大切なのは、地域金融機関の役割だと論じています。今後の地域金融機関の重要な責務となるのは、これまでの「地域からは一人の落後者も出さない」というスタンスを見直したうえで、いわゆる「デッド・ガバナンス」を利かせることだという、ある意味厳しい指摘です。

 適当な後継者がいなくなったり、日常的な経営の中で利益を産むことが難しくなったりした企業では、事態が深刻になればなるほどその治療費が嵩むことになるので、経営者のためにもできるだけ早期に引導を渡す必要がある。「(このビジネスモデルでは)この会社が将来にわたって収益を上げるのは厳しい」「まだ資産があって黒字のうちに廃業してはどうですか」と、(特にリテールバンクは)「心を鬼にして」強く言うべきだと冨山氏はここで主張しています。

 同著には、同じことがローカル経済圏の「まちづくり」に対しても言えるという指摘もあります。ローカル経済圏のキーワードは、あらゆる場面での「集約化」にあると冨山氏は言います。街が分散化したままでは公共投資も分散化してしまう。分散化したままではそこに暮らす住民の負担も増大する一方であり、生活に必要な公共サービスも望みえないという指摘です。

 「里山で暮らそう」「里山を守れ」と言っても、70歳を過ぎて一人暮らしをしている高齢者に里山を守らせるのは酷な話だという冨山氏の見解も、言われてみれば確かにそうかもしれません。今年の冬のように、ちょっとでも雪が降れば孤立してしまい自衛隊の派遣を要請しなければならないような山村に人々が散らばって住んでいる状況は、コストがかかる一方で非効率この上ないというリアルな視点がそこにはあります。

 「古き良き日本の農山村を見捨てるのか…」といった批判や議論もあります。しかし、氏によれば、現在国内に散在する限界集落の多くは実は都会の空襲被害で焼け出された人々や戦後の引き上げに伴う人口増加を吸収するために人工的に作られたものであり、人口減少期に入れば減少(消滅)のフェーズに向かうのは自然な状況と言えるのではないかということです。

 つまり、高齢期をそこで暮らす人々に対しては、できるだけ負担が少ない形でそこから退出するための方策を手当てしてあげることが必要であり、その受け皿として地方都市のいわゆる「コンパクトシティ化」を急ぐことが求められているというのが、冨山氏の認識です。

 民間の有識者による政策発信組織である「日本創成会議」の指摘を端緒として、地方における人口の急激な減少が、今後の日本の大きな課題として認識されつつあります。と、言うよりも、人口減少社会へのソフトランディングがもはや避けられない喫緊の課題でとして私たち日本人の目前に立ちふさがっていることは論を待ちません。

 社会・経済の規模の縮小がようやく全国的な議論へと広がりつつある中、今こそ企業の集約化や街の集約化を、それこそ「心を鬼にして」進めるべきだとするこの著書における冨山氏の見解を、私も大変示唆に富んだ視点と感じたところです。



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