MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1292 国民医療費とエビデンス

2019年02月04日 | 日記・エッセイ・コラム


 病気やケガの治療のため、医療機関や薬局などに支払われる費用の総額が国民医療費です。

 2015年度の日本の国民医療費は42兆3644億円で1人当たり33万3300円。2016年度は2016年度は42兆1381億円と前年からは2263億円減っていますが、その前の年に1兆5573億円増えているので、これはその反動の範囲だと言えそうです。

 もう少し長期的に見ると、21世紀に入っての16年間で国民医療費は12兆円も増えています。この間、国民所得は6兆円しか増えていないので、国民所得に対する国民医療費の割合は7.81%から10.76%へ3ポイント以上上がり、国民所得の約1割が医療費に消えている計算です。

 もちろん、この数字には患者が病院やクリニックに支払う窓口負担だけではなく、健康保険からの給付や生活保護費などの公費で賄う分が合算されています。負担割合で見ると、保険料が約半分の49%、公費が約4割の39%を占め、実のところ患者の窓口負担は12%と1割余りに過ぎません。

 一般的な健康保険では現役世代の窓口負担は3割とされていますので、こうした状況からは自己負担の軽い高齢者の増加などで患者負担率が下がり、その分が現役世代や公費の負担で補われている構図であることが判ります。

 政府の推計では、このままいけば国民医療費は2040年度には68兆5千億円まで膨らむ見通しとされており、世界に名高い(医療費の)国民皆保険制度を破たんさせないためには負担の見直しや伸びの抑制が急務であることは間違いありません。

 一般に、医療保険制度を維持していくためには、①財源を確保すること、②負担割合を変えること、そして③(一人当たりの)医療費自体を減らすこと…の3つの方法が考えられます。

 例え手厚い医療によって国民医療費が高くなっても(中東の産油国のように)公費がじゃぶじゃぶ使えれば問題ないわけですし、高額所得者や資産を持つ高齢者などの負担を大きくしたり、全体の窓口負担を4割、5割にしたりすれば制度自体は維持できそうです。

 しかし、最終的には一人当たりの医療費自体を引き下げるため、効果の上がらない無駄な医療を排除したり、お金のかからない医療システムを考えたり、医薬品の値段を下げたりしながら、(もちろん医療の質を落とさずに)費用対効果を上げていく工夫が必要になるのは言うまでもありません。

 それが簡単にできるようなら苦労は要らないのでしょうが、少なくとも必要のない医療を施すことは、社会にばかりでなくそれを受ける個人の側にも被害が及びます。

 12月7日の日経新聞では、カリフォルニア大学ロサンゼルス校助教授の津川雄介氏が「予防医療 費用対効果で選択」と題する論考において、国民医療費をめぐるこうした問題のポイントをわかりやすく説明しています。

 この論考において津川氏はまず、42兆円の医療費をどのような財源でまかなうかは重要な政策課題であるが、それと同じくらい重要なのはこの42兆円をいかに効率的に使うかにあると指摘しています。

 そこで氏が重要だと考えるのが、(1)「医療費の無駄の削減」と(2)「エビデンスに基づく予防医療の推進」の2つです。

 米国での研究において、医療費の2~3割は患者の健康状態の向上に寄与していないと推定されていると氏は言います。例えばこうした無駄を少しでも省き医療費を1%減らすことができれば、実に4200億円の医療費を節約することができるというのが津川氏の見解です。

 氏によれば、現在、保険収載されている薬や医療機器の中には、臨床的な効果がないことがエビデンスとして示されているにもかかわらずそのまま放置され、医療現場で提供され続けているものが多く存在しているということです。

 総合感冒薬や風邪に対する抗生物質の処方、エンドトキシン吸着療法などがその一例で、これらは医療費増の原因になるだけでなく患者の健康にもメリットがないと氏はしています。

 次に、効果的な「予防医療」の在り方についてです。

 氏はこの論考で、一口に予防医療と言ってもその中には医療費削減に有効なものと無効なものが混在していると説明しています。

 米タフツ大学とハーバード大学での検証の結果、2000~2005年に新たに発表された約1500の医療行為のうち、健康状態の向上と医療費削減の両者を達成できた医療行為は全体の約2割に過ぎなかったということです。

 その一方で、予防医療に関しては、比較的少額の費用で大きな健康増進効果が得られるものが約6割に達していたと氏はしています。そして、小さな費用でそれを達成できるものについては、(たとえ公的な財源であっても)財源が確保できる限り提供されるべきだというのが氏の指摘するところです。

 津川氏は、予防医療は画一的なものではなく、実体として、価値の高いもの(健康が増進し医療費節約につながるもの)と価値のないもの(健康が悪化し医療費増につながるもの)が混在していると指摘しています。

 例えば、日本で08~14年までに約1200億円の税金が投入され実施されている「特定健康診査(メタボ健診)」は削減効果が検証されておらず、少なくとも、デンマークで約6万人を対象に行われた実証実験では、死亡率を下げる効果は認められなかったということです。

 その一方で、日本では、健康増進効果があることが複数の研究で示されている一部のがん検診(例えば20歳以上の女性に対する子宮頸がん検診、40歳以上の女性に対する乳がん検診など)の受診率が他の先進国と比べて極めて低いという実態があると氏は言います。

 予防医療が税を財源とするものであるならば、エビデンスを基に本当に国民の健康改善につながるものだけに「選択と集中」されるべきであろうというのが氏の認識です。

 米国では米国予防医療タスクフォース(USPSTF)と呼ばれる独立した専門機関が、エビデンスに基づいて推奨される予防医療のガイドラインを作成・発表している。日本でも同様に、医学的なエビデンスを基にどの予防医療に財源を分配すべきか決定されるべきだというのが氏の主張するところです

 さらに日本では、予防医療が医療保険の対象外であるため、費用対効果に優れるものであっても、国民が受けるには高額な自己負担を求められることがしばしばあると氏は説明しています。

 例えばインフルエンザワクチンは、米国では医療保険を持っていればほとんどの場合自己負担ゼロで摂取できるが、日本では医療保険の対象外であるため多くの場合有料となる。風疹、麻疹のワクチンも日本では自己負担額が高く、接種率が低い原因となっているということです。

 国民医療費の抑制を願うならば、まずエビデンスの不十分な予防医療に対する財源を減らす必要があると氏はしていいます。

 そして併せて、エビデンスのあるがん検診やワクチンなど費用対効果に優れる予防医療に対しては、(勿体ながらずに)国で十分な財源を確保し一人でも多くの人に受けてもらうような政策が望ましいと訴えるこの論考における津川氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです



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