MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯986 国民皆保険の実情

2018年02月05日 | 社会・経済


 世界の公的医療保険制度の中でも、最も優れているとされる日本の国民皆保険制度。

 しかし、今後は高齢化の進展により医療費を「使う」人が大幅に増える一方で、人口減少により保険料を支払う人が少なくなることから、財源不足で破たんの危機にあるとも指摘されています。

 こうした状況を踏まえ、日本経済新聞が11月に実施した世論調査では、改めて公的な社会保障制度に対する日本人の依存度の高さが浮き彫りになりました。

 年金や国民健康保険、介護保険などの公的保険制度を維持することの賛否を聞いたところ、「賛成」が82%に及んだのに対し「反対」はわずかに12%に過ぎませんでした。また、制度の破たんを防ぐための対策では、「現状の負担は変えずに給付水準を下げる」が39%と最も多く、「給付は変えずに負担水準を上げる」が31%、「見直しは必要ない」が16%と続いていたということです。

 しかし、その内訳を見ると、50歳代までの回答者では「給付を下げる」への支持が「負担を上げる」を上回っているものの、60歳代以上に限ってみればこれが大きく逆転している状況が見て取れます。実際にサービスの恩恵に与かることの多い高齢世代では、「給付の削減」という選択は簡単には受け入れることはできないということでしょう。

 さて、こうして立場、立場で思いが交錯する中、今後も国民皆保険を維持していくためには一体何が必要なのか。12月6日の日本経済新聞の特集「砂上の安心網」に、「未来図 描き直すとき」と題する興味深い論評記事が掲載されていました。

 記事によると、同社が行ったアンケート調査では、日本の社会保障制度のあり方について、約半数の人が「中福祉・中負担が望ましい」と答えているということです。

 世界には、北欧諸国のように「高福祉・高負担」の合意がある国や、アメリカのように歴史的に「低負担・低福祉」つまり自立・自助を基本とする国があります。このような視点から見れば、日本人の福祉への感覚は「サービスなどの給付も保険料などの負担も、共にほどほどに」という(厳しさとは無縁のもっと「ふわっと」した)ものだということでしょう。

 しかし、取材を進めるに従って、少ない負担で意識せずに(当然のこととして)湯水のごとく給付を受けている高齢者がいる一方で、それを支えるために多額の負担をしている働き手自体はそうしたお金の「使い道」を(ほとんど)チェックしていないという現実に突き当たることになったと記事はしています。

 「公助・共助・自助」の線引きを選択するためには、まずもって、このような給付の実態と負担のゆがみを知ることが必要だというのが、公的保険の見直しの問題に関する記事の立場です。

 改めて説明するまでもありませんが、「国民皆保険」は大きく分けると
(1) 企業で働く人が中心の「被用者保険」、
(2) 自営業が中心の「国民健康保険」(市町村国保)、
(3) 75歳以上が加入する「後期高齢者保険」
の3つの公的保険制度によって支えられています。

 日本では、まず雇用者を対象とした(生産性向上のための「福利厚生」の仕組みとして)(1)の被用者保険が誕生し、その後に国民皆保険を実現するため(地域ごとの「互助」の仕組みが発展する形で)(2)の市町村国保ができました。

 さらに、(これらの制度を維持するため)そこに医療費を最も使う75歳以上を独立させた(3)の後期高齢者保険が付け加えられたという歴史があります。

 こうした複雑な国民皆保険の仕組みや制度の成り立ちは義務教育では一切教わらないため、知らないで利用している国民が多いことは想像に難くないと記事は指摘しています。 そして、根本的な問題は、これら各保険で「給付」と「負担」のバランスが崩れているところにあるというのが記事の認識です。

 働き手が中心の「被用者保険」の加入者は、
(1) 大企業がつくる「健康保険組合」(組合健保)が約2900万人
(2) 単独で健保を持たない中小企業が加入する「全国健康保険協会」(協会けんぽ)が約3600万人
(3) 公務員などが加入する「共済組合」が約900万人
の計約7400万人で、人口の約6割を占めています。

 しかし、これら被用者保険の加入者は現役世代が中心で平均年齢は30代のため、年間にかかる医療費は10兆2千億円と、国民全体の医療費の4分の1にすぎないと記事はしています。

 一方、自営業が中心の市町村国保は、加入者の人数は被用者保険の半分以下の約3300万人に過ぎませんが平均年齢は約50歳と高いため、使う医療費はほぼ同額の約9兆9千億円に達しているということです。

 特に国保では、企業を定年退職した65~74歳(前期高齢者)が多いことから、公費から3兆1千億円を繰り入れた上、被用者保険からも計3兆4千億円に及ぶ費用を仕送りしている現状があると記事は説明しています。

 しかし、この2つの保険よりもさらに医療費を使っているのが、75歳以上が全員加入する後期高齢者保険であることは間違いありません。加入者は約1600万人と最も少ないながら、年間の医療費は最多の約15兆4千億円で国の医療費の3分の1強を占めているということです。

 後期高齢者は年金で暮らす人々が大半のため、医療費の半分は公費で負担し、4割は被用者保険と国民健康保険が負担。残りの1割が加入者の負担となっています。

 後期高齢者保険は、外部からこのような資金補てんがある事に加え、運営している保険者が都道府県単位の「広域連合」という曖昧な存在ということもあって、医療費の適正化に向けた動きが鈍いと記事は指摘しています。

 さて、「国民皆保険」はこのように複数の保険で給付と負担のバランスを保つことで維持されており、さらに税金も大きく投入されていることもあって収支がなかなか見えにくいと記事は説明しています。

 「健康経営」を掲げて組合健保が医療費を節減しても、歯止めがかからない後期高齢者保険への拠出金で収支が悪化しつつある。こうした問題は保険料を支払っている私たちに深く関わる身近で深刻な問題なのに、給料から保険料が天引きされているサラリーマン家庭がそれを意識する機会はきわめて少ないということです。

 それぞれがかかった医療については、どのような医療行為でいくら使ったか分かる明細書が発行されているはずなのに、自分がどれくらい給付を受け、どれくらい少ない負担で済んだのかを理解してチェックしている患者(特に高齢者)はどれくらいいるだろうかと記事は問い掛けています。

 国の医療費は「兆・億円単位」で別世界のように感じるかもしれないけれど、一人ひとりの保険料や税金は「万・千円単位」と実感しやすいはず。

 自分がどれくらいの保険料を負担し、どれくらいの給付を受けているのかを確認し、問題意識を持つことから、給付と負担のアンバランスを見直す一歩が始まると結ばれた記事の視点を、私も重く受け止めた次第です。



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