ども
映画通の方たちにぜひ
と言われて、DVDを見ました。
勿論、ジョニーが、「すごい」と言ってるってえのもあります

「潜水服は蝶の夢を見る」
~20万回の瞬きで自伝を綴った、奇跡の実話! 涙きらめく愛の感動作~
2008年1月までに、数々の映画賞の38部門にノミネート。
アカデミーは惜しくもオスカー受賞とはならなかったけど、
他の賞は、獲っていましたね。
ELLE編集長として人生を謳歌していたジャン=ドミニク・ボビー。
しかし、42歳のある日、脳梗塞で倒れ、極めて症例の少ない
「Locked in syndrome」(閉じこめ症候群)に・・・
「ぼくは、生きている。話せず、身体も動かないが確実に生きている」
意識は倒れる前となんら変わらないのに、
自由になるのは、左目だけ・・・
言語療法士や、周囲の助けを借り、
左目の瞬きを唯一のコミニュケーション方法へ。
「死んでしまったほうがましだ」というほどの絶望的な状況から
蝶のように飛躍できるイマジネーションと記憶を頼りに自伝を書き始める。
そんなジャン=ドーの左目となったカメラが
この作品の案内役となってました。
「夜になる前に」でも思ったけど、
この監督は、押し付けがましくないのですよ。
でもね、引き込まれる・・・そんな、映画・・・
作品に興味のある方は、オフィシャルサイトも残っているし、
いろんな方が評論してるので、読んでみてください
なのに、なぜに、私までが、書いてるかというと・・・
本当は、お涙ちょうだいの重苦しい作品になるかもしれないところを
監督のジュリアンシュナーベルは、そうしなかったと私は感じたから。
死と向き合う事が出来るように、あなたを助ける道具だ。
という監督の言葉がまるまる私の頭に入ったからです。
そう、人間の可能性って、すごいんだな
あきらめるのは容易いけれど、あきらめたら、そこで終了
「もう自分を憐れむのはやめた」
そんなジャン=ドーは、自伝を綴ることで、
人々に勇気をくれた。
号泣するのかと思っていました。
でも、私は、いつもの号泣モードにはならず、
なんとなく、清清しい気持ちになったようだった。
これ、表現がみつからなくて・・・
みなさんに、誤解されちゃうかな?
もし、自分だったら、家族だったら、
この状況が清清しいなんて言えるわけはないんだよね
良い言葉がみつからないの・・・
でもね、はじめはありがた迷惑に見えるような最新医療に救われて、
かえって戸惑うジャン=ドーが、
生きることを自分なりに、まっとうしようと変わったのは、
やっぱり、愛に包まれていたからなんだということがステキだった。
家族だけではなく、リハビリの先生や、彼の左目の訴えを綴る人、
それから、彼の人生の思い出、
一人でもがいていたら、絶対にままならない時間を支えているのは、
人間の愛かもしれないということを感じたから・・・
そして、人間は、神から素晴らしい可能性をもらっているなあと
思ったわけです。
その可能性を生かすも殺すも、自分の心持ちひとつというところでしょうか・・・
反省しきりの毎日になりそうですが
できれば、このような、
にっちもさっちも行かない状況になる前に、そのことに気づけたら、
人生はもっと素晴らしいものにできるのかもしれない
その道具にこの作品はなるのだと思います
と、いつになく、まじめモードなんですが・・・
主人公役には、本当はジョニーがなっていたかもしれないこの作品。
ジョニーは、海賊であったがために、ジャン=ドーにはなれなかったわけですが・・・
(髭を剃れないなどの海賊しばりがあったみたいね)
監督のジュリアンシュナーベルの「夜になる前に」で


こんな二役でカメオ出演しちゃうジョニー
本当は、すごーく、演じたかったはず。
ジョニーは、好きな人にはどこまでも付いていくタイプなようだし
原作を読んで、脚本を読んで、
監督のイマジネーションを聞いて、
魅了されないはずはないしね・・・
もし、ジョニーが演じていたらって目線で、
全編見てしまった自分もいます
身体を洗われるシーンでは、
が浮遊していましたが・・・
「ジョ、ジョニーだったら・・・
」って、こんないかがわしい目線ですみません
そこが見たいということでなく、
ジョニーがやっていたら、どうなったのかな?
今は、長期休暇中のジョニーですが・・・
出演作品の話題は続々。
どんな顔を見せてくれるのか非常に楽しみなんだけど、
「潜水服は蝶の夢を見る」
こんな作品に、ジョニーが出会えることを切に願う私がいました

映画通の方たちにぜひ

勿論、ジョニーが、「すごい」と言ってるってえのもあります


「潜水服は蝶の夢を見る」
~20万回の瞬きで自伝を綴った、奇跡の実話! 涙きらめく愛の感動作~
2008年1月までに、数々の映画賞の38部門にノミネート。
アカデミーは惜しくもオスカー受賞とはならなかったけど、
他の賞は、獲っていましたね。
ELLE編集長として人生を謳歌していたジャン=ドミニク・ボビー。
しかし、42歳のある日、脳梗塞で倒れ、極めて症例の少ない
「Locked in syndrome」(閉じこめ症候群)に・・・
「ぼくは、生きている。話せず、身体も動かないが確実に生きている」
意識は倒れる前となんら変わらないのに、
自由になるのは、左目だけ・・・
言語療法士や、周囲の助けを借り、
左目の瞬きを唯一のコミニュケーション方法へ。
「死んでしまったほうがましだ」というほどの絶望的な状況から
蝶のように飛躍できるイマジネーションと記憶を頼りに自伝を書き始める。
そんなジャン=ドーの左目となったカメラが
この作品の案内役となってました。
「夜になる前に」でも思ったけど、
この監督は、押し付けがましくないのですよ。
でもね、引き込まれる・・・そんな、映画・・・

作品に興味のある方は、オフィシャルサイトも残っているし、
いろんな方が評論してるので、読んでみてください

なのに、なぜに、私までが、書いてるかというと・・・
本当は、お涙ちょうだいの重苦しい作品になるかもしれないところを
監督のジュリアンシュナーベルは、そうしなかったと私は感じたから。
死と向き合う事が出来るように、あなたを助ける道具だ。
という監督の言葉がまるまる私の頭に入ったからです。
そう、人間の可能性って、すごいんだな

あきらめるのは容易いけれど、あきらめたら、そこで終了

「もう自分を憐れむのはやめた」
そんなジャン=ドーは、自伝を綴ることで、
人々に勇気をくれた。
号泣するのかと思っていました。
でも、私は、いつもの号泣モードにはならず、
なんとなく、清清しい気持ちになったようだった。
これ、表現がみつからなくて・・・

みなさんに、誤解されちゃうかな?

もし、自分だったら、家族だったら、
この状況が清清しいなんて言えるわけはないんだよね

良い言葉がみつからないの・・・

でもね、はじめはありがた迷惑に見えるような最新医療に救われて、
かえって戸惑うジャン=ドーが、
生きることを自分なりに、まっとうしようと変わったのは、
やっぱり、愛に包まれていたからなんだということがステキだった。
家族だけではなく、リハビリの先生や、彼の左目の訴えを綴る人、
それから、彼の人生の思い出、
一人でもがいていたら、絶対にままならない時間を支えているのは、
人間の愛かもしれないということを感じたから・・・

そして、人間は、神から素晴らしい可能性をもらっているなあと
思ったわけです。
その可能性を生かすも殺すも、自分の心持ちひとつというところでしょうか・・・

反省しきりの毎日になりそうですが

できれば、このような、
にっちもさっちも行かない状況になる前に、そのことに気づけたら、
人生はもっと素晴らしいものにできるのかもしれない

その道具にこの作品はなるのだと思います

と、いつになく、まじめモードなんですが・・・

主人公役には、本当はジョニーがなっていたかもしれないこの作品。
ジョニーは、海賊であったがために、ジャン=ドーにはなれなかったわけですが・・・
(髭を剃れないなどの海賊しばりがあったみたいね)
監督のジュリアンシュナーベルの「夜になる前に」で


こんな二役でカメオ出演しちゃうジョニー

本当は、すごーく、演じたかったはず。
ジョニーは、好きな人にはどこまでも付いていくタイプなようだし

原作を読んで、脚本を読んで、
監督のイマジネーションを聞いて、
魅了されないはずはないしね・・・

もし、ジョニーが演じていたらって目線で、
全編見てしまった自分もいます

身体を洗われるシーンでは、

「ジョ、ジョニーだったら・・・


そこが見たいということでなく、
ジョニーがやっていたら、どうなったのかな?
今は、長期休暇中のジョニーですが・・・
出演作品の話題は続々。
どんな顔を見せてくれるのか非常に楽しみなんだけど、
「潜水服は蝶の夢を見る」
こんな作品に、ジョニーが出会えることを切に願う私がいました
