去年の7月、母が初めて呼吸器科の治療を受けた時、
母は挿管を拒否し人工呼吸器を選択した。
もっと言うと「即入院」と言われたのに断固拒否。
「死にますよ」と言われても「何としても帰る」
と言い張りその晩風呂にまで入って翌朝入院したのだ。
昨日医師との面談で
「お母さんが退院して家に帰ったとします。
また容態が急変して次にここに運ばれてきた場合、
私たちは咽喉に穴を開け管を入れ、人口呼吸器につなげます。
呼吸器をつけた患者さんが意識不明で運ばれてきたら、
命を助けるための治療をしなくてはならないのです」
人工呼吸器をつけることを選択したらその時点から医師も家族も、
他人はもう二度とその呼吸器を止めることは出来ない、と言うことなのだ。
「尊厳死をというご本人の意思か、挿管を拒否するという署名入りの書面でも無い 限りご家族の希望を聞くことはできないのです。日本では安楽死という考え方は
認められていませんから。」
医師と看護師とで実にじっくり話しを聞いてくださり、説明もしてくださった。
選択肢は二つ。
療養型病院への転院、
もしくは退院。
医師は転院を勧めた。
私もそれが一番現実的だろうとは思う。
母が夜中に騒ぎ出すようになってもう3週間になる。
私一人で軽いとはいえアルツハイマー型の認知症の父と
トイレにも立てなくなった母を看ることは不可能だ。
でもでも、と心の隅で声がする。
先生は30分後に急変して死んでもおかしくない、と言ってるじゃない。
長くないのなら家に1度連れて帰ってやりたい。
ああ、でももし家で苦しんで救急車を呼んでしまったら
死ぬまで人工呼吸器に繋がれてしまうのだ。
それが救急救命だって先生が教えてくれたじゃないか。
結局答えはひとつか・・・
庭先から荷物を放り込もうと家の前に車を止めた。
桂さんがデッキに坐ってた。
「か~つ~ら~
」と近寄ったら・・・
逃げた
家に入ってウメを抱き上げ頬ずりしたら「ウゲゲゲエウルセエエ」と怒られた。
床に寝そべるファドの前に寝転んで「ただいま!」って鼻すりすりしても無視された。
今ポンちゃんがゴロゴロ言いながら膝の上にいる。
この子はこの椅子に座る人なら誰の膝でもいいのである
これだから猫って好きよ
桂さんがデッキに坐ってた。
「か~つ~ら~

逃げた

家に入ってウメを抱き上げ頬ずりしたら「ウゲゲゲエウルセエエ」と怒られた。
床に寝そべるファドの前に寝転んで「ただいま!」って鼻すりすりしても無視された。
今ポンちゃんがゴロゴロ言いながら膝の上にいる。
この子はこの椅子に座る人なら誰の膝でもいいのである

これだから猫って好きよ

昨日のドクターの話を受け家族で話し合うために一時帰宅。
一人ではとても考えられないし、まして睡眠不足の頭じゃいい考え方がうかぶ筈もない。
東名のサービスエリアの中でのお気に入りは、ここ。晴れていれば富士山が目の前に聳え立って心が静まるのに、今日は生憎曇り。
猫×4のシッターをお願いしているご近所さんへのお土産に、鮪のテールと生の桜えびを買う。
こんなお買い物が何とも楽しい。
何十年も前の話し。
東京から京都へ、軽に4人で乗り込んで走っていた時のこと。
プ~ンと硫黄のような臭いがした。
「やだ!誰かオナラしたでしょ」と慌てて窓を開けると悪臭はますます強くなった。
窓の外には白い煙をたなびかせた煙突が。
あのころ富士川は本当に臭かった。
「公害」「光化学スモック」という言葉が毎日世間を騒がせていたころのことだ。
北京オリンピックのとき中国の空気の悪さを偉そうに伝えてるテレビ見ながら、日本だってついこの間まで、晴れると子供たちがバタバタ倒れてたのを忘れたか!と思ってた。
今も眼下には白い煙を吐く何本もの煙突が見えるけどここでは臭わない。
下はどうなんだろう。
一人ではとても考えられないし、まして睡眠不足の頭じゃいい考え方がうかぶ筈もない。
東名のサービスエリアの中でのお気に入りは、ここ。晴れていれば富士山が目の前に聳え立って心が静まるのに、今日は生憎曇り。
猫×4のシッターをお願いしているご近所さんへのお土産に、鮪のテールと生の桜えびを買う。
こんなお買い物が何とも楽しい。
何十年も前の話し。
東京から京都へ、軽に4人で乗り込んで走っていた時のこと。
プ~ンと硫黄のような臭いがした。
「やだ!誰かオナラしたでしょ」と慌てて窓を開けると悪臭はますます強くなった。
窓の外には白い煙をたなびかせた煙突が。
あのころ富士川は本当に臭かった。
「公害」「光化学スモック」という言葉が毎日世間を騒がせていたころのことだ。
北京オリンピックのとき中国の空気の悪さを偉そうに伝えてるテレビ見ながら、日本だってついこの間まで、晴れると子供たちがバタバタ倒れてたのを忘れたか!と思ってた。
今も眼下には白い煙を吐く何本もの煙突が見えるけどここでは臭わない。
下はどうなんだろう。
昨日の母も相変わらず「知らないオバアサン」全開だった。
リハビリで車椅子に乗った。
「良かったね、トイレに行けるね」
「馬鹿馬鹿しい!まだそんな馬鹿馬鹿しいこと信じてるの!」
車椅子を押していても目を瞑りっぱなしなので
「ずっと寝てて退屈だったでしょ?ほら目を開けて見てごらん」
「フン!どっちも退屈だ」
ベッドに戻ってきたら、何を勘違いしたかマスクの中にツバを吐いてしまった。慌ててマスクを外し拭いていたら「成る程、これでカラクリがわかった」と言う。
「何のカラクリ?」と聞いたら「民主主義の!」と来たもんだ。
母のアッチの世界では何が起こっているのだろうか。思えば「天安門の赤い旗」からすべてがはじまったのかも。
その後も「蒋介石の奥さんが一番幸せかもね」(宋家の三姉妹)
「戦後の民主主義は北方から帰ってきた人たちに冷たかったよ」
あとの話しは聞いてる私に知識が無さすぎ分からず残念。
そして今朝、お茶を暖めに行って戻ってきたら、母の部屋からドクターが出ていった。
「先生何だって?」
「“どうですか?”ってさ」
「何て答えたの?」
「“まあ、何とか”って…禅問答みたいなもんよ(笑)」
今日の母は朝からとても静か、そして困惑していた。毎朝自分がどこにいるかわからなくなっているので一から説明して納得する繰り返しだったが、今日の母は違った。
コッチの世界に戻ってきて困惑しているのではないかしら…
こんな悲しい顔の母より、機嫌の悪い「知らないオバアサン」でいてくれたほうがいい、と気付いた。