1月21日・土 歩数11,441歩 月間累計 220,665歩
昨日は「ボクの退職日」で「春喜の6歳誕生日」
息子が8日に日田に来てくれた時に、22日にお父さんの退職祝いに来よう思ってると言われましたが、僕の方が春喜の誕生日で福岡に行きたい。と言っておりまして、念願叶いました
しかも、博務と伍香ちゃんも来てくれて、お孫ちゃん大集合なひとときとなりまして、爺にとっては願ったり叶ったり・・・? な、時間となりました。
伍香ちゃんあんよが上手になっています。

この写真は手をつないでいますが、手をとらなくても自分でヒョイヒョイ歩いていきます
家に迎えに行ったときには、爺が抱っこしようとすると「イヤイヤポーズ」でしたが、10分もすると慣れてくれて抱っこさせてくれました。お外に出ても、抱っこさせてくれました。
春喜君と清真クン兄弟。お兄ちゃん、お兄ちゃんと清真クンが春喜君にまとわりつきますが、春喜君はマイペース

春喜の誕生日プレゼントはお店で一緒に探した「クツ」 オレンジ色のかっこいいやつを婆から貰っていました。
僕も一昨日、トミカの新幹線を買っていて渡しました。が、すでに持っている奴だそうです。
ずいぶん以前に、博務に買ってあげたいなと思ったものがたまたまお店にあったので買ったのですが・・・外れ~

もっているものは清真にあげて、新しいのを自分のにするそうです
清真は・・・博務兄ちゃんにまとわりついていました。「ひろむにいちゃん。」と言いながら。可愛いよね。
博務もお兄ちゃんらしく振舞ってくれてました。
博務はチョッと残念なことがあって不機嫌モードでしたが、チャンとお兄ちゃんとして、清真のお世話をしてくれてました。

いつまでも赤ちゃんじゃないんですね。
姪浜で早めの夕飯をみんなで食べて、僕は息子家族に天神まで送ってもらって、母の待つ実家へ帰りました。
ちょうど日田行きのバスの発車時刻で「待ち時間」0秒で乗り込めました
僕が色んなことから再生出来た大きなことのひとつに4人のお孫ちゃんの存在があります。
生まれたばかりの博務から「無垢なこと」の意味を感じさせてもらいました。
そして、博務の存在が僕の生活形態を180度変えてくれて、奥さんとのコミュニケーションにも変化がありました。
不幸?にも生まれて4か月くらいで両親が離婚して、お父さんって感覚を知らないままに育っています。
カーチャンは仕事してるし、爺と婆も仕事してて、土日お休みの爺が真面目に育児に参加したんです。
ママは美容師の仕事して、土日も仕事で更には当時稼ぐために夜もバイトしていました。(辞めろと言っても自分の決めたことは辞めない娘にございます)
博務は0歳から保育園に通い、爺パパ、婆ママな状態で5歳まで一緒に生活をしていたので、どんな少年に育つのか今でも心配で気になります。
今回、福岡に一緒に行ってチョッと機嫌を損ねることがあったりしましたが、チャンと清真クンと一緒に遊んでる姿を見て嬉しく感じました。もう、少年ですね。間もなく、青年になる。
人の心の中とか、心の闇とかはわからないし、日常を過ごしていると気づかないものなのかもしれません。
親の立場からは小さなことでも子供心にはとてつもなく、大きなことだったりとかもあるように感じます。
彼が青年となり、成人して自分の足で歩く姿まで見届けたいと思う気持ちが強くあります。
三つ子の魂100まで…何事もなく、無事に過ごして成人することを願っています。
博務が生まれて、息子夫婦にも変化を感じました。でも確信はなく過ごしていましたが、二人で不妊治療を頑張っていたんですね。
それで春喜が生まれくれて、清真が生まれてくれた。
春喜が生まれたら、春喜に兄弟がいてほしいと夫婦二人で思ったそうです。春喜が生まれた時にも不妊治療のことを僕は知らなくて聞いて驚いて、清真の時も「最後の賭け」と思いながら、春喜に弟をプレゼントしたんです。
経験がないので詳細はわかりませんが、凄いな。偉いな。と感じたことを覚えています。
孫3人が男の子。しかも、僕と同じO型人間。(やばいよね~?)
そして伍香ちゃん。初めての女の子のお孫ちゃん。
博務含めて、春喜、清真含めたお兄ちゃんたちの時もいつも思っていたのは、とにかく無事に大きくなってほしい。でした。
そんな話は奥さんともしないけれど、最初の娘・さやかちゃんが9か月で亡くなったことが大きな大きな心の空洞です。
さやかの弟、妹が出来た時にも祈りました。「さやか。あなたの弟・妹の無事を一緒に見守って」
そして、お孫ちゃんが生まれてからも、さやかに祈ってお願いしています。
お空にいても、しっかり身近にいて弟・妹とその子供たちを見守ってくれてる。と感じます。
ありがとう。沙耶花。
ちなみに伍香ちゃんはB型、さやかはO型です。
僕たち夫婦も結婚から44年で10年の別居生活をしました。そんな時に奥さんを助けてくれたのは、奥さんの弟と息子です。
とても優しい弟でしたが、55歳になる1か月前に亡くなりました。
人は誰しもいつかはその存在が無くなります。早いとか、天寿全うとかの違いはあるにせよ、間違いなく僕もいつかはここに居なくなります。でも、誰かの心の中や記憶の中に生き続けてるものだと確信します。
昨日は午後から福岡でしたが、午前中は母の弟(叔父)の奥さんの49日の法要がありました。
叔母は90歳。
葬儀の時に喪主をつとめた息子さんが天寿を全うしての他界と亡き母親を偲んでいました。そうですよね。間違いなく天寿全うの死去なんです。
それでも、もう少し生きていて欲しかった、もう少し何かできなかったかと思う(悔いる)のも人の心です。
定年退職からの5年間も無事に仕事をさせていただけて感謝しています。これからは余生となる?のでしょうか。
自分が100歳まで生きれるとは思っていませんが、母はあと7年。100歳行けそうですよね。
それぞれに色んなことがあって、今がある。
今、母と2人で毎日を過ごせてることに「感謝」しています。新しい記憶が消えているので何度も同じことを話しながら、二人で笑ってます。(笑えることではないけど、マジに考えてもどうしようもないことってある)
今日の日付、曜日も何度も確認しながらの老々介護。こんな経験をさせていただけることにも感謝しています。

昨日、福岡に向かう車の中からの空。青くて、白い雲も、道路もいい感じでした。