眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』(前・後編)

2013-06-15 18:01:37 | 映画・本

長くなった「ひとこと感想」その16。

 アニメの好きな若い人が観に行って、帰ってくるなり、「これは傑作!! 今観るなら、“エヴァ”じゃなくてこっちだと思う。」。

自分からはあまり感想を言わないヒトが、ここまで褒めるのはとても珍しいので、私も急いで観に行った。


実は映画化される以前に、やはり彼に奨められて、TVアニメ版の放映をわざわざPCで毎週観ていた。私の住む地域では、TVでの放映がなかったからだ。(シリーズの途中で3・11の大震災が起きて、“世界の終り”のようなシーンが出てくるこのアニメは放映自粛?になったりした記憶もある。)

TVアニメの頃から、シナリオを書いている人の思想というか哲学というか、そういった深さを感じさせる内容で、タイトルから受ける印象とはずいぶん違うアニメだと思った。背景がとても凝っているのも、センスと技術を感じさせた。

劇場版の監督さんは、「映画としてどうこうという前に、まずはTVアニメを観た観客が楽しめる作品にしたい・・・という気持ちが強かった」 とのこと。一応TV版を観た私にも、TVでは(予算や時間の不足から?)言葉足らずになった部分をきちんと埋めた上で、さらに「誰にでも解ってもらえるように」という努力が感じられた。
 
こういうアニメを観ていると、私はぼんやり色々なコトを考える。

たとえば、この「まどか☆マギカ」は、私の眼には「プリキュア」の上級生版にも、男性のための「ガールズ・ラブ」?のようにも見える。「萌え」の対象っていうのは、自分自身でもあるんだな・・・なんて思ったりする。

若い人の言うように、「今の日本が胸を張って外国に持って行けるアニメーション」の、一つの形だと私も思う。

或いは、(何歳ぐらいからなのか私にはワカラナイけれど)ある程度以上若い世代の人たちは、「世界の終り」を、「既にタイマーがかかって着実に近づきつつある」ある種の“現実”として、その崩壊熱の放射を、多かれ少なかれ誰しも感じ取っているのかもしれないな・・・とも。


実は3部作とのことで、この秋に3本目の「叛逆の物語」が公開される予定になっていると知って驚いている(コロッと忘れてただけかしらん)。

この2作の出来の良さが、ぶち壊しになっちゃったらヤだな~(要らん心配)とか、いつまでたっても完成しないんじゃないかな~(余計なお世話)とか、なんとなく気が揉めるのは、私がアニメーションが好きなのと、脚本を書いてる虚淵玄(うろぶち げん。我が家では敬意を籠めて、勝手に“ブッチン”と呼んでいる)のロマンチストぶりが、なぜか気に入ってるからなのかな。

たとえ世界は「終り」に近づいているのだとしても(と言うか、それなら余計に)、私はやっぱり、悲劇的でも心温まるものを秘めた、希望のある物語を観たいと思う。


 

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