眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

久々の「時空旅行」 ・・・・・ 「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」(姫路市立美術館)

2013-05-04 16:51:54 | 美術

イリヤ・レーピンの名前を、数年前まで私は知らなかった。

たまたま知人のサイトで、レーピンの絵を何枚か見せてもらう機会があって、初めてあの(子どもの頃にギョッとした)「怖い絵」を何枚も描いた人と知った。それまでは、「真面目」で「暗い」ヴォルガの船曳の絵を描いた人と、ああいった「怖い絵」の作者が、同じ人とは思っていなかった。それくらい、ほんとに何も知らなかったのだ。

載せてある絵と添えられた知人の鑑賞文は、私が大変な勘違いをしていることも教えてくれた。

「この人は、なんて繊細な肖像画を描くんだろう。」

画集で見る絵と「本物」では、随分違うんじゃないか・・・そんな気がした。(勿論それは、どんな画家の作品についても言えることだけれど。)


というわけで、姫路で「レーピン展」があると知ってからは、なんだか胸がザワザワして落ち着かなくなった。行きたいんだけど・・・高知に住む私にとって、姫路はちょっと遠いのだ。

「化学物質過敏症」の予備軍状態になって以来、公共の交通機関や施設、集まる人々・・・というのは、私には「出来れば避けたい」モノになっている。元々旅が好きなわりには出歩かないヒトだったけれど、最近ではそもそも物理的に難しくなってしまったということだ。

おまけにこの2月・3月は、家族の健康問題で心配事が出てきたりして、美術展どころじゃない?日が続いた。

でも・・・「行けない理由」は次々現れるのに、やっぱり胸のザワザワは治らない。

明後日が最終日。行くなら明日の金曜日しかない・・・となった日、漸く観に行こうと決めた。体調の方もまあまあだし・・・と。

ネットで調べて、JR四国と(姫路に停まってくれる)新幹線の連絡の悪さには驚いたけれど、ホームで風に吹かれて「待つ」のも、今の季節ならまずまず平気。

当日、出勤する家族が玄関で、「姫路は?(ほんとに行くのか)」と言うのに、「行くよ~9時の南風(岡山行き特急の名前)。」と答える。

で、その後大急ぎで家を出て、あとはトコトコ姫路まで。(まるで歩いてでも行ったみたいだけれど、心情的にはまさにそんな感じ。行き当たりばったりじゃないと、かえってストレスを感じて疲れてしまうので、ふらっと散歩に出るような気分で切符を買った。)


姫路駅はコンコースが、なんとなく故郷の金沢駅に似ていた。街中の雰囲気も、なんとなく似て見える・・・なあんてコトに気を取られていたら、お城(美術館はその近く)とは反対の方向にずっと歩いてしまった。(カンが鈍ったなあ・・・私は知らない土地を歩くとき、目的地に向う道を自然に歩いているヒトだったのに。)

時間にあまり余裕がないので、駅に戻ってタクシーに乗る。

真っ直ぐ北へ向って走っていると、間もなくお城(の絵)が正面に現れた。改修中という姫路城の素描?が囲みの壁材に大きく描かれているのだ。サービス精神のようなそうでないような・・・。正直、なんとなく可笑しい。(姫路城のあの美しい天守閣には、似ても似つかない・・・と思うのは私だけ?)

美術館はお城周囲の公園の中にあった。赤レンガ造りで、五分咲きくらいの桜の木々が遠くに見えて、敷地の中にはさまざまな彫刻が点在している。

建物の中に入ると、さすがに最終日近いせいか結構な人出だった。作品を観ることだけに集中するのが難しかったけれど、1枚1枚、ゆっくり見て、説明の記述のあるものは他の人の邪魔にならないように気をつけながら、でもマイペースで丁寧に読んだ。前もってレーピン自身やこの展覧会について全く調べてきていないので、その場にある説明その他を、なんとか読みたかったのだ。


本人の手になる「絵」を十分観た後で、そのモデルや当時の画家の状況を読んでいると、自分が19世紀のロシアや、当時のパリにいるような気がしてくる。その一方で、レーピンの絵に初めて出会ったときの記憶が蘇る・・・

私は幼い頃、山の中の小さな町に住んでいた。

ある夕方、絵が好きだった父が買った画集を、茶の間の畳の上で小学生の姉と見ていた。

姉が言った。「怖い絵があるよ。」

恐る恐る、姉の開いてくれたページを見ると、怪物が人間の子どもをムシャムシャ食べていた。

・・・胸がドキドキした。怖いというよりは気持ちわるいというか、「怪物」が妙に愛嬌があるというか、その顔がなんだか泣きそうに見えて、私までなんだか可哀想で泣きたくなった。

姉は案外平気そうで、パラパラと頁をめくって、他の絵も見せてくれた。

なんだか汚い色の服を着た、もの凄く疲れてしんどそうな男の人たちが、大きな舟を引っ張っていた。 「貧乏な人なんだ・・・」と私は思った。「こういうことしないと、飢え死にするのかな」

ほんとにビックリしたのは、なんだか血が一杯出てる人を抱えて、わあわあ泣いてる男の人の絵。

「なんでこの人はコンナトコロで、血だらけになってまでこっちの人を抱えてるんだろ。この人が死んじゃったのが悲しいんやろか。 でも、悲しいときって、男の人でももっとシクシク泣くんじゃないかな。この人、なんだか大きなコドモみたい・・・」などなど。

幼かった私は、それらが皆、同じ一人の画家の描いた絵だとは思わなかったのだ。


今回「レーピン展」の会場には、そのとき見た「怖い絵」の実物はなかった。あるのはそのための習作や、実物の小さな写真?の類だったと思う。(既に記憶がアヤシイ・・・)

「怖い雰囲気」の作品はあった。でも、それらも文字通りの「怖い絵」ではなかった。(例えば、蒼い顔で全身に怒りを漲らせて立つ「皇女ソフィア」は、その怒りの表情は怖ろしくても、描いている画家の眼はしんと静まりかえっている・・・そんな風に、私には見えた。)

他の「何かドキドキするものを感じさせる」絵も、なんだか舞台劇のある一瞬を切り取って「絵」にしたみたいで、「何が起きているんだろう」「これってどんな人たちなんだろう」と考えさせる風情はあっても、「恐怖」というような単純なモノを描いているのではなかった。


そこにあったのは、(描かれた本人が喜んだかどうか私など気がかりになるほど)時には辛辣な眼を底に秘めた、しかし非常に繊細な感覚を感じさせる肖像画の数々だった。


革命前後のロシアというまさに激動の時代を、長寿だったこの人がどういう風に泳ぎ切ったのか、詳しいことは今も知らない。

でも、例えば亡くなる直前のムソルグスキーの肖像など、どこをどう見ても酒浸りの虚ろな眼をした中年男にしか見えないのに、たぶん描かれた本人は(天国で?)この絵を気に入っているだろう・・・というような感慨を私は持った。ムソルグスキーという人の「人生」まで透けて見えるような肖像画・・・そんな風に見えたから。

モデルになっている最中に、ソファーでそのままうたた寝してしまった若い妻の絵(「休息」 )は、そのままピカソの「眠る女」シリーズに繋がっていってしまいそう・・・。

研究熱心な人だったらしく、さまざまな技法に挑戦し、描かれた作品は時期によってかなり違った印象を受ける。けれど一貫しているのは、「ステロタイプを描きたくない」とでもいうような、画家のある種の「抵抗」の姿勢・・・私の眼には、そんな風にも感じられた。

展示の始めの方で、若いレーピンが勉強のためにエルミタージュに通っていた頃、「特に強く影響を受けたのはレンブラント、ベラスケス、ハルス」と言っていたという記述があった。その3人は若い頃からなんとなく興味を引かれて今に至っている、私にとってもちょっと特別な人たちだ。単なる偶然かもしれないけれど、私は自分がはるばるここまで、レーピンに会いに来た理由の一端が判った気がした。


美術館の外に出ると、高知では既に散ってしまっている桜の花が、まだ満開にもなっていなかった。「本州はやっぱり北なんだ・・・」。沢山の人たちに混じって、私も桜を見ながら歩いて駅に戻った。 

帰りの新幹線で、岡山駅のホームで、JR四国の列車の中で、今回の「時空旅行」のクールダウンを少しずつした。(片道4時間、往復8時間、アタマの中では50年、年表では140年以上も遡る「旅」をしてくると、帰りは本当にヨレヨレ~になってしまう。)

でも、本当に幸せな旅だったと思う。私の場合は、せいぜい10年に一度(前回は2002年のレンブラント展~京都~だからホントにそう)だけれど、記憶の宝物がまた一つ増えた。





(もうひとつのブログに、行ってきた直後の記事があります。ほんとはそれだけで十分だったんですが、自分のためにこんなに長ったらしいモノを書いてしまいました。短い方も、一応貼っておきます。 似た内容です。)

 http://blog.livedoor.jp/hayasinonene/archives/25145600.html

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4 コメント

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胃にもたれない (お茶屋)
2013-05-04 18:39:12
レーピンって胃にもたれないから好きだな~(^_^)。
ムーマさん、レンブラントがお好きだったのね。レンブラントの黒い靄は、落ち着きますよねー。


この方の感想の最後に取り上げたレーピンの絵、そうだそうだ、忘れてたけど思い出したと思わず膝を打ちました。
 ↓
レーピン展:Bunkamuraサ・ミュージアム
http://blog.livedoor.jp/seroridayo/archives/16335235.html
返信する
レンブラントも知人から・・・ (ムーマ)
2013-05-04 22:00:00
「胃にもたれない」って、ほんとですね。
お茶屋さんが「映画で言ったら、イーストウッド監督の作品」と仰ってたのが
あまりに「言えてる」ので、一人で何度も頷いてしまいました(^o^)

あのキャベツの絵、私も思い出しました。
不思議な絵でしたね~。いっそ現代的というか。
ホント「たかだかキャベツの絵に癒される」なんですもん(^o^)。

あ、レンブラントも、学生時代に同級生が好きだと言ってたのがきっかけで
いつの間にか私も興味を持って・・・

「音楽」も「絵」も「本」も、私の場合
いつも誰かが扉を、さりげなく開いてくれるんです。
今回はお茶屋さんでした。
ほんとにありがとう!!!
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Unknown (chon)
2013-05-10 13:27:44
わ~い、ムーマさんもそういう所がある(思いついたら行動する)人だと思ってました。良かった~。
(>▽<)b
知り合った頃はCSっぽい症状もほとんど見受けられなかったし(私が鈍くて気が付かなかっただけかも)、時々びっくりするような発言をしたりで、とってもアグレッシブな人だなぁと感じていたんですよ。
この頃ちゃんと映画を観てる(観に行ってる)のかしら?と気になっていました。
まさか絵画を観に行っていらしたとは!嬉しいニュースです!ヽ(^o^)ノ

返信する
風来坊したいな~(^o^) (ムーマ)
2013-05-10 13:50:52
>chonさ~ん

ホント、私もchonさんみたいなこと、することあるんですよね~(^o^)
10年に一度じゃなくて、もっと頻繁に(思いつきの)旅ができたらいいんですが
ゼイタクいうとキリがないので、たまに行けるだけでもう十分シアワセ・・・と思ってます(^o^)

CSは・・・今のマンションに来る頃(12年前かな)には
全然考えてもいませんでした。
息子の喘息の心配しかしてなかったと思います。

最近は結構、行動制限される感じになってきてて
世の中の空気環境が悪くなったのか、自分の方の症状が進んだのか
自分でもよーわからん状態です。
でも、CS気味だろうが、エネルギー不足で沈殿?してよーが
楽しいコトはいつもあるのが、オタク人種のいいとこですね~(^o^)

なんだかとっても励まされました。
あったかいコメント、どうもありがとう!!!
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