まじ卍

生活の中で気が付いたことを書いています。

人の成長

2024-11-11 | 反省
人間の成長というのはさまざまで、
いきなり優等生になれる子もあれば、時間のかかる子もいる。
途中でグレて道を誤ってから戻って来る子もいるし、
初めから優等生過ぎて反抗期を知らずに育ち、
大人になってからグレる困ったちゃんも少なくない。

大人はさまざまな道で痛い目にもあって
ある程度道を分かっていても、
まだ歩く道を経験していない子どもたちには未知でしかない。

若い頃に働いていた福祉施設で、中途失明になった人に
「ちゃんと見ているから2mほど歩いて」と声を掛けたが、
最後まで勇気を振り絞れず最初の一歩でさえも出なかった方がおられたが
万人がうまくいくほどの簡単なことではない。
大人も含めて先人の言うことは聞いておいた方がいいとは思うが、
未経験の者には未知でしかなく、出来なくて当たり前のことなのだろう。

「自分が出来たくらいだから誰でもできる」と言う人がいるが
そもそも人間ひとりひとりが決して同じではなく
誰もがふつうに跨いで渡れる水たまりでさえも
毎回水たまりが跨げず、靴の中に水が入る子もいる。
「ふつうの子ども」の中には、能力的に障がいのある子もあれば
親ガチャで負けた子どもおり、
裕福で満たされているようでも居場所のない子も少なくない。
そんなひとりひとりが違うのに十把一絡げで受け止めることに問題がある。

また「火のない所に煙は立たぬ」と言って、
人の噂を鵜呑みにして人を判断すべきでもない。
その一方で「素行がいいから、挨拶が出来るから
いつも明るいからいい人」という判断も誤っていることも多く
それぞれの人には、その人にしか分からない事情がある。
先ずはそのことを聞いてみる。
とは言っても、聞いて答えてもらえるだけの信頼関係が無ければ
話もしてもらえない。
そのためにも自身の固定観念を淘汰し続ける生き方が必要だと思う。

高齢者に優しくない

2024-11-10 | 受け止め方
駅のきっぷの自販機で年配の男性が困っておられたので
「お手伝いしましょうか」と声を掛けた。
男性はくしゃくしゃになった千円札を入れようとされているが、
入れようとしているのはカードを入れるところで、お札を入れるところじゃない。
「お札はこちらに入れるんです」とお伝えするが、
くしゃくしゃになった千円札は、なかなか吸い込まれていかない。
「私がやってみましょう」と言って千円札を受け取ると、
自販機から何やら声が聞こえてくる。
「ご希望のボタンを押してください」「ご希望のボタンを押してください」と
繰り返し声が聞こえる。領収書の要否を訊かれている。
領収書のボタンを選んでもらうと、千円札が引き込まれていった。
何でもない人にとってはふつうのことでも、難しい人には難しい自販機である。
ますます弱者が切られていく社会になっていることに気付かされた。

その後、電車に乗車し発車時刻を待っていると、
出発前の運転士に何か尋ねるお年寄りがいた。黙って聞いていると、
「〇〇駅ではタクシーが拾えますか?」という内容だが運転士もご存じでないらしく
ちゃんと教えてもらえなかった様子。
それを見ていた私は、席へと戻るお年寄りを呼び止めて
「2駅先の✕✕駅も3駅先の〇〇駅にもタクシーは拾えません。」
「タクシー乗り場があるのは、3駅目の〇〇駅からさらに1駅先の△△駅か、
次の▼▼駅しかありません。」とお伝えしたが
「4駅先の△△駅では行きすぎるんです。」と困った様子。
2駅目の✕✕駅の少し手前から車窓を眺めて探しておられる様子だが見つかる訳がない。
どうやら4駅目の△△駅で降りる様子だったので
「一筋移動すればタクシー乗り場がありますよ」と伝えて
「お先に降ります。気を付けて」と声を掛けて降りた。

思えば世の中は高齢化社会と言われながらも、
実は高齢者に優しくない社会であることを感じさせられる。
とはいえすでに初老の時期に入っている自分にとっても
「明日は我が身」という気がしてきた。
高齢化社会だからこそ、高齢者に優しい街づくり求められている。

だめだこりゃ!若者

2024-11-09 | 受け止め方
最近大学生の若者と一緒に活動をする機会があった。
彼らと話をしていて感じられるのは、
意外に世の中を見ておらず、社会のさまざまな事柄が蓄積されておらず
その様子はもはや私たちと同じ社会で生活しているとは到底思えない。
と言うのも社会で生きていれば当然、町のあちらこちらで見られる現象や職業、
行動の話をしてもまったく記憶に残っていない。
例えば測量士。一人の人が三脚を立ててカメラのようなものを覗き
もう一人は目盛の付いた棒を持って測っている。
自身もあれで何が分かるのやらさっぱり分からないのだが
道を歩いているだけで、そういう仕事をされている方の姿を見かける。
また1軒1軒をまわって水道メーターのフタを開けて
水道メーターを記録して今月の使用分をポストに入れていく人を見かけるが
そういうことには関心が無く、記憶にすら残っていない。
そのため、社会の中のいろいろな話をしていても実感がなく、
生まれて初めて聞いたような話として受け取り、
「ああ、そのことか!なるほど」というように繋がっていかない。
失礼ながらどこかの惑星から来た宇宙人のような気がしてきた。

これもまたスマホによる影響なのかもしれない。
たしかに大学生に限らず毎日見かける人たちもスマホの画面を見て、
耳にはイヤホンで武装している姿を見れば一目瞭然である。
電車に乗ってもカーテンも閉めたままで、外の天気も紅葉の進み具合にも関心が無く
貨車にでも乗っていても平気な様相である。
スマホはテレビとは違い、必要とする情報はどんなことでも手に入るが、
必要としない情報は手に入らない。
使う側の関心度が低ければ、向こう側から情報は提供されない。
だから何日も前から台風が接近しているので、この日は雨だと分かりそうなものでも
「雨が降るなんて聞いていない。」と土砂降りの中を傘も差さず走る姿を目にする。
テレビを観ていれば、ネットニュースを見ていれば簡単に情報が得られるのに
バカじゃないのと思ってしまう。
台風や地震の影響で電気が止まればスマホも使えなくなれば、生存することも危うい。
日頃の蓄積がなければ、創意工夫することも出来ず、これからの社会を考えると
どんどん外国企業との競争にも負けていき、日本の未来もない。
世も末というべき末期症状である。

ダイヤは乱れているけれど

2024-11-08 | 考え方
いつもの時間に出たら、列車が10分遅れていると表示があった。
近畿圏内を走るJRでは、毎日何かしらの列車トラブルがあり、
遅れていたり、運休していたりしている。
学生時代や会社勤めをしている頃には、朝は少しでも寝たいからと
毎日遅刻ギリギリに起きて、朝食も食べずに出かけていたが、
定年退職後となった今日は、年齢のせいか早起きにもなり
朝食も食べても余裕をもって出かけられるようになったから焦ることはない。
結局、列車は10分の遅れがさらに5分遅れて乗車する駅に到着し、
下車する駅には、17分遅れて終点に到着した。
この駅では違う路線に乗り換えるのだが、こちらの路線も遅れていて
ほとんど待ち時間もなく、25分遅れの列車に乗り換えた。
トータルでは30分くらい乗車するのだが
最初に乗車する際に列車の到着が遅れた15分の遅れが
そのまま移行する形で、約15分遅れで目的地の最寄り駅に到着した。

帰りに乗車する際もダイヤはまだ乱れていたけれど
35分遅れで到着した電車に乗ると、
いつも降りる駅では、いつもの時間よりも3分の遅れで自宅の最寄り駅に着いた。

なかなか発車しない列車にイライラして運転士に相談に行く人もみられたが
イライラしても信号が変わらなければ出発できるはずもなく
運転士も指令センターからの指示を待つより仕方がない。
時間を持て余している私には、少々の遅れも生活のワンポイントと思われ
今日も書くブログのネタ作りに貢献してもらっている。

交際前の初デートにおける「おごりおごられ」問題

2024-11-07 | 受け止め方
「初回のデート費用を負担してもらえると、単純にうれしいと感じますし、
『頼りがいがある』『“私のため”に何かをしてくれる人』と印象が良くなったり
『体目的かも?』『遊びかも?』といった不安が払拭されたりします。
という記事を読んで本当に馬鹿げた話だと感じる。
そういう風に受け取ってもらえるから賢い男性ほど初期投資を惜しまない。
私なら予想以上のお店に連れてもらい、すべて負担をしてもらう機会があれば
むしろ『体目的かも?』『遊びかも?』といった不安を持つべきでしょう。
風俗に金を支払うより安ければラッキーなのだから。

しかし、男性がデート費用を女性より多く負担する、もしくは全額負担するのは、
決して“当たり前”ではないんですよね」
「特に、相手に好印象を抱いたなら『おごってもらって当然』の態度は取らず、
感謝の気持ちを伝えることが重要。
逆に男性は、デートの負担は自分の誠意を表現する一つの手段ではありますが、
あまりにも失礼な態度の相手には、無理におごる必要もないのだと思います」とコメントを寄せています。

私の場合、交際前の初デートのことなど覚えていませんが
基本的には特別な日以外は割り勘にしてきました。
そんな損得でモノを見るような女性とは仲良くなりたくはないし
男性側が沢山支払うことで、それが当たり前となったり、
引け目を感じてほしくはないからである。
またプレゼントもほとんどしていません。
プレゼントをして羽振りのいい人というのは、単に金遣いが荒いだけで
付き合うだけでサヨナラするには都合のいい男性となるかもしれないが
一生の伴侶として見る場合には、セコい人も困るけれど止めた方がいい。

エサも針も付けず釣り竿に糸を垂らしたまま、じっと待っていたら
妻が釣り上がってきて、結婚をして私の生簀に入ってもらってからは
どんどん歓待してお金も自由にしてもらいましたが
そんな女性だからお互いに無駄遣いをしない反面
お互いの愉しみでもある旅行には沢山お金を使ってきました。
定年で退職して毎日ブラブラしながらも
年金生活になってからの生活の練習をしているのも
すべて妻がコツコツと貯めていてくれていたおかげです。
共に同じ価値観をもち、いい夫婦になりましたし
妻には毎日、感謝しています。

目先の損得で物事を考えず、共に50-50の関係をお勧めします。
私の場合、その価値観は「障がい者福祉論」で学びました。
健常者と障がい者とが共に理解しあうことを
恋愛関係や夫婦関係で試してきました。
皆さんも幸せになって下さい。

参考:初デート費用、女性は「1円もおごりたくない」「男性が全額負担すべき」