テレビ大阪で9月16日に放送されたファミリー武勇伝
【大阪で家族の武勇伝を大調査!ホンマかどうか検証・・・伝記に!】を観ていて
私と同じことを言われ、同じ考え方をされていることに驚かされた。
それは漫才師をされていたライムライトさんの「ライト坂田」さんのお話。
この方は、アホの坂田でおなじみの「坂田利夫」さんの二番弟子である。
坂田師匠は漫才を一切教えてくれない。
それで漫才を見て頂いた後、「何か批評して下さい」と言うと師匠は、
「あんな、漫才というのはは落語と違ごてその人たちのキャラで保ってる芸やから
それをワシがこうやああやということは、理にかなってへん。
ワシはワシのキャラがある。お前はお前の漫才作れ。」と仰ったという。
その後さまざまな漫才コンクールで入賞し、テレビでも売れ始めた頃、
吉本興業の会社の人が坂田師匠に会いに行って 弟子に上がらしてくれへんか
と言ったんですよ。そして舞台に出てもいいとオッケーもらったんですよ。
でも師匠は言ったんですよ。「これからはお前と俺はライバルや。」
その時はうめだ花月のトイレで泣きましたね。2時間くらい泣きましたよ。
こうして8年間活動ののちに解散した。そして自分を支えた師匠の言葉がありました。
「ワシは未だにアホの坂田として芸人として
可愛がられることが自分にとってすごい幸せやと思う。だからあんまり偉くなるなよ」
と言われた。
それで今も坂田イズムとして部下からも言われるようにしておられる。
私はこの番組を見てハッとした。
私自身も大学で非常勤講師の先生に可愛がって頂き、
その先生が経営されている福祉施設にお誘いを受けて就職試験を受けたものの
最終的には結果発表される前にお断りをして、別の福祉施設への就職を決めた時に
先生から「これからは先生と学生やない。同業者やで。」と言われて
私も泣いたことを覚えている。(今も書いていて涙が出てきた)
そして福祉施設職員として働いてきたが、出来るだけプライドを持たないようにして
誰からも好きなことを言われるように心掛けてきた。
でもやっぱりカチンとくることも多くあり、
自身が知らず知らずのうちにプライドを持っていることに気付いて自己を抑えてきた。
こればかりは退職をした今も治らず
今もなおつまらないことに腹を立てている自分が悔しくなる。
【大阪で家族の武勇伝を大調査!ホンマかどうか検証・・・伝記に!】を観ていて
私と同じことを言われ、同じ考え方をされていることに驚かされた。
それは漫才師をされていたライムライトさんの「ライト坂田」さんのお話。
この方は、アホの坂田でおなじみの「坂田利夫」さんの二番弟子である。
坂田師匠は漫才を一切教えてくれない。
それで漫才を見て頂いた後、「何か批評して下さい」と言うと師匠は、
「あんな、漫才というのはは落語と違ごてその人たちのキャラで保ってる芸やから
それをワシがこうやああやということは、理にかなってへん。
ワシはワシのキャラがある。お前はお前の漫才作れ。」と仰ったという。
その後さまざまな漫才コンクールで入賞し、テレビでも売れ始めた頃、
吉本興業の会社の人が坂田師匠に会いに行って 弟子に上がらしてくれへんか
と言ったんですよ。そして舞台に出てもいいとオッケーもらったんですよ。
でも師匠は言ったんですよ。「これからはお前と俺はライバルや。」
その時はうめだ花月のトイレで泣きましたね。2時間くらい泣きましたよ。
こうして8年間活動ののちに解散した。そして自分を支えた師匠の言葉がありました。
「ワシは未だにアホの坂田として芸人として
可愛がられることが自分にとってすごい幸せやと思う。だからあんまり偉くなるなよ」
と言われた。
それで今も坂田イズムとして部下からも言われるようにしておられる。
私はこの番組を見てハッとした。
私自身も大学で非常勤講師の先生に可愛がって頂き、
その先生が経営されている福祉施設にお誘いを受けて就職試験を受けたものの
最終的には結果発表される前にお断りをして、別の福祉施設への就職を決めた時に
先生から「これからは先生と学生やない。同業者やで。」と言われて
私も泣いたことを覚えている。(今も書いていて涙が出てきた)
そして福祉施設職員として働いてきたが、出来るだけプライドを持たないようにして
誰からも好きなことを言われるように心掛けてきた。
でもやっぱりカチンとくることも多くあり、
自身が知らず知らずのうちにプライドを持っていることに気付いて自己を抑えてきた。
こればかりは退職をした今も治らず
今もなおつまらないことに腹を立てている自分が悔しくなる。