八月になると、NHKは七四年前に敗戦した、大東亞戦爭に関する悲惨な暗い場面を度々放送する。その中では「悲惨な戦争を二度と繰り返してはならない」との発言を必ずと言ってよいように挿入する。これは、反戦思想のプロパガンダである。国家が危機に陥っても、戦う前から厭戦気分を植え付けるべく、国民を洗脳しようとしている。放送法を楯に、視聴料を強制的に徴収していながら反日プロパガンダを放送するという、とんでもない反日放送局である。
さて、終戦記念日に反戦思想のプロパガンダをするのはNHKだけではない。多くの反日の新聞・テレビも同様である。
自民党の元幹事長 古賀誠 氏が、終戦の日を前にANNの取材に応じて、
- 「戦争の記憶を風化させてはならない」と強調し、
- 憲法改正については、「一番大事なものは立憲主義であり、平和主義である」とし、
- 「(憲法改正は)時期尚早だし、そこまで日本の安全保障体制から考えて必要性というものが高まっているとは決して思いません」と言い切り、
- 憲法への自衛隊明記について、「すでに自衛隊は国民に受け入れられている」とし、その必要性がないとして、憲法九条の改正に否定的な考えを示した。
と報じられていた。
また、東京新聞の取材に対しても、同様に、
- 自民党が改憲案で示している憲法九条での自衛隊の明記に反対の姿勢を明確にし、
- 「日本は74年間戦争に巻き込まれなかった。世界の多くの国々に迷惑をかけたとういう謙虚な気持ちがこもっている」と九条の意義を説明。「憲法九条は『世界遺産だ』と評価し、堅持を訴えた。」と報じられている。
8月15日は日本が「大東亞戦爭」に敗戦した日であり、これを「終戦記念日」と称し、8月15日は、戦没者を追悼し平和を祈念する日とされている。
すなわち、昭和20年(1945年)に日本軍は、米英を主とする連合国軍に敗戦した。敗戦寸前になり、米国は、核爆弾の効果を見る実験も兼ねて、8月6日には広島に、9日には、長崎に対して「原爆攻撃」をした。この攻撃では一般の市民に「甚大」という言葉では表せない程の、極めて甚大な深刻な被害を与えた、これは人類史に残るが適当な「広島、長崎大虐殺」と評価するのが相当であると筆者は考える。
しかし、日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部; General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers)が行った、日本人に対する洗脳工作「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム;戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画に基づく「洗脳工作」が徹底的行われたため、多くの日本人はこれに引っ掛かってしまい、
・日本人は、
「世界の国々に多大な迷惑をかけた」とか、
「日本の侵略が引き起こした戦争であった」
「原爆の投下は、戦争を早く終わらせるためには仕方なかった」
などの、まさに真逆な嘘の歴史を信じてしまっている。すなわち、アジアを植民地にして、搾取し、現地人を奴隷のように扱い、時には、虐殺していたのは欧米の諸国であり、それを解放したのが日本であった。その大義を表わして日本では「大東亞戦爭」と言っていた。連合国の言う、「太平洋戦争」は大義も何も感じられない。そもそも何を言っているのか不明の名称である。GHQは占領政策の始めとして「戦争の名称」さえも「自らに都合の良いもの」に変更させた。
そして、このような真実の歴史は語られない。まさに、「歴史は勝者によって創られる」の典型である。
さらに、この洗脳工作は世代を超えて受け継がれ、日本人は「嘘の歴史」を信じてしまい、日本が一方的にアジア諸国を侵略して、「世界の国々に迷惑をかけた」という「嘘」が罷り通っている。しかし、アジアには、日本に感謝している国がいくつもある。反日なのは、チャイナと北朝鮮、韓国だけである。このような真実を無視して、前記の古賀氏の発言⑥は、まさにこの洗脳工作に引っ掛かっている。
そして、妙な罪悪感のなせるところであろうか、戦争に罪悪感と拒否感を持ち、現行の「インチキ憲法」を「平和憲法」と信じて、現在まで、74年間も改定されていない。まさに「骨董品」、否、冒頭の古賀誠氏の言う「世界遺産」の如し法典を死守しようとしている。
このように「平和憲法と思わされて」「死守している」、日本国憲法の成立を簡単に言えば、その原文は、二度と日本が立ち直れないことを企図した内容を目指していて、GHQによって英文で作られたものである。そして、日本国政府に対してGHQから「これでやれ」と、強要されたものである。そうであるから、何とも出来の悪い珍妙な日本語で書かれている。
そして、現行の憲法は、GHQから渡されたものを形式的に国会で審議して、公布したものである。お笑いであるが、この憲法を与えた米国でさえも、これは占領政策を円滑に行うためのものであり「占領が終われば破棄される」程度に考えていた代物であると、憲法起草の米国側の関係者の証言もある。加えて、現行の日本国憲法は、それまでの憲法に定められていた、正しい改正手続きによらずに施行されている。この点からも、現行憲法の正統性には疑問が残る代物である。なお、出来の悪さとして、現行憲法には、変な日本語の他にも、誤字と条文の重複がある。これは改正しないで良いのか? 甚だ疑問である。
しかし、生真面目な日本人は、洗脳工作を信じてしまい、このインチキ憲法を改定もせずにそのまま現在まで74年間も使い続けている。
そして、この憲法が施行された、74年前と現在では、戦争の形も、使用される武器も、驚異の進歩を遂げ、全く異なっている。加えて、当時は考えられなかったような国々が大量破壊兵器を保有している。さらに、74年前には全く考えられていない、宇宙やサイバー空間にまで、その脅威の範囲が拡大している。
それにも拘わらず、日本人は、化石の如くの、国家の存立として役に立たないインチキ憲法の改正に拒否感すら持っているかの如くであり、改正への意識は高くない。
ここで冒頭に挙げた古賀誠氏の取材要旨から、
- 「戦争記憶は風化させてはならない。」とのことは、
これは、その通りであるが、内容をどのように記憶していくかが大切である。真実は、「日本はそんなに悪くはなかった」のである。自虐史観に洗脳された記憶をいつまでも持っているのは正しくない。
- 憲法改正について「立憲主義であり、平和主義である」とのこと。
立憲主義とは、政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方とされている。これは、「 憲法に立脚する」という意味合いである。 なお、立憲主義を前提とした民主主義を立憲民主主義と呼ぶ。
しかし、この「立憲主義」というコトバは流行語の如しものである。意味よりも印象が先走っているような、そして、「何かそれらしく聴こえる」「最もらしい」便利な言葉である。古賀氏は、このコトバによって、何か、「如何にも憲法改正は不当なことである」と思わせようとしているのかも知れない。
しかし、現在の安倍政権は、憲法に規定されている手続きに沿って、改憲をしようとしているのであり、何ら立憲主義に、あるいは、立憲民主主義に違背はしていない。古賀氏は何を言いたいのか不明である。それとも、元の憲法に戻すへきとでも言っているのであろうか?
また、平和主義であるが、現在の日本人に、好んで戦争をしたいと考えている人は、絶対に「いない」と信じるが、仮にいたとしてもその数は極めて僅少であろう。
しかし、残念なことに、平和は「平和・平和」といくら唱えていても絶対に実現できない。世界は、猛獣の世界と同じく、弱肉強食が蔓延っているのである。
そして、古賀氏が示した、「74年間戦争に巻き込まれなかった」
こととは全く別のことである。
日本が74年間、戦争に巻き込まれなかったのは、憲法のお蔭でも何でもなく、日米安全保障条約に基づいて、日本に駐留している、否、未だに日本を占領している、世界最強の米軍が駐留しているためである。
なお、断っておくが、筆者は決して「反米」ではない。事実を書いているだけである。その占領で、日本の安全が保たれ、経済的に繁栄できたことには感謝すべきであろう。しかし、その代償として、国民の「国家意識の喪失」という、重大な副作用をもたらしていることも事実である。米国のトランプ大統領は、「そろそろ日本もマトモな国になれ」と、本当の意味での「独立」を与えてくれようとしている。もちろん、米国の経済的、人的負担の増加に耐えられなくなったという事情もあるのであろうが、日本としても「本当の意味での独立国」になる機会でもある。しかし、長年の米国の占領に慣れてしまった国民はそれに気付いていない。困ったことである。
また、古賀氏は、
「世界の多くの国々に迷惑をかけたとういう謙虚な気持ちがこもっている」とのこと。
これは、憲法前文にある「売国的な記述」によっているのであろう。まさにGHQの洗脳の成果である。
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ところで、
今、北朝鮮は、米韓合同軍事演習に言い掛かりを付けて、「夏の花火大会」の如く短距離ミサイルを撃っている。今のところ、日本に届かないからと、安心していてはならない。菅官房長官は「ただちに、わが国の脅威となるものではない」などと会見で言っているが、「今は、脅威ではないが、将来は脅威になる」と暗に言っているのである。
すなわち、北朝鮮は、小型のものから徐々に大型化して飛距離を延ばしている実績がある。加えて、北朝鮮は今回のミサイルは「新型」と称している。
この新型ミサイルについて、マスコミでは報じられないが、元陸上自衛官で軍事評論家の西村金一 氏が JBpress 2019年8月15日付 の誌上で、このことについて述べている。
これを要約すれば、
・従来のミサイルは打ち上げられてから落下してくるので、軌道の予測ができて、迎撃が可能である。
・今回の新型ミサイルは、高高度に打ち上げられてから、その落下の途中から、再度、ミサイルのエンジン等の推進装置を起動して、低空で飛行させることが可能とのことで、しかも、精密な誘導を行い、飛行させることができるとのことである。
このため、ミサイルの軌道予測は極めて困難であり、「迎撃はできない可能性が高い」とのことである。
まさに、現行の憲法とこれに従う法律では、日本を守ることは絶対にできない。迎撃不可能なミサイルによって攻撃されれば、日本は何もできないまま甚大な被害を受けてしまう。
そして、防御は攻撃よりも遥かに難しい。迎撃ミサイルの費用は、攻撃ミサイルの1桁以上も高価であると言われている。
しかも、今までにあるミサイルでも、「飽和攻撃」という、一度に多数のミサイルを撃たれると、全てを迎撃して落とすことは不可能になる。
その解決策は、敵が「日本に向けてミサイルを発射する」という兆候を捉えたら、その時点で、敵基地を攻撃する「敵基地先制攻撃」をするしかない。早急に憲法改正をして、法律を整備しなければ、日本は3発目、4発目の核攻撃を受ける可能性が、少なくともミサイル攻撃を受ける可能性が高くなるのである。このような事態は、現行憲法の施行時には予想もされていなかったことである。
古賀氏は、前記したように、
- 「(憲法改正は)時期尚早だし、そこまで日本の安全保障体制から考えて必要性というものが高まっているとは決して思いません」と言い切っているが、
チャイナからの侵略、北朝鮮からの脅しという危機が迫っていることを理解していないのであろうか?
もしそうであれば、洗脳されている上に加えて思慮の浅さから来ているのかも知れない。寝ぼけているとしか思えない。寧ろ、このような人物が、自由民主党の幹事長であったことに驚きを覚えるものである。
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ところで、前述、北朝鮮の新型ミサイルであるが、西村金一 氏の JBpress の別の記事によれば、今回、北朝鮮の発射した新型ミサイルは米軍のミサイルと「良く似ている」とのことである。このミサイルは、韓国軍にも供与されていることから、韓国から流出した懸念さえも考えられるとのことである。北朝鮮と韓国は、共に「嘘つき国家」であり、戦略物質の管理さえマトモにできない、あるいは、密売疑惑がある国家であるからして、ミサイルの流出もあると考えても間違いではない。あるいは、北朝鮮による写真の捏造も考えられるところであり、真偽の程が明らかになるのは時間が掛かるであろう。しかし、日本としてはその可能性は考えておく必要がある。
味方と思っていても、敵の可能性もあるだけでなく、現実に、日本は敵国に囲まれている。具体的には、チャイナとロシア、北朝鮮と韓国も含まれるであろう・・・韓国軍による自衛隊機への火器管制レーダの照射事案、また、昨今の異常な反日運動の高まり、文在寅大統領の発言、すなわち、「北朝鮮と経済を一体化して日本を追い抜く」等の発言から見れば北朝鮮と一体化しつつある敵国である。
そして、これらの国は、少なくとも好戦的と思える。韓国と北朝鮮は、一度、日本と戦い勝利することを望む国民が多いとのことである。このように好戦的な国々に囲まれているところ、今まで日本を含めて他の国々を守っていた米国も経済的に「疲れ」てしまい、米国のトランプ大統領は「米国は世界の警察官を止める」と発言し、日本に対しても「自国の防衛は自分でしろ」と言っているのである。
現在、日本には自衛隊があるが、法律的には「ほぼ丸腰の状態」である。
しかし、具体的な兵器の整備には莫大な費用と時間が必要であるが、法律の整備をするのは、殆ど費用はかからない。しかも、法律の整備をするだけで、抑止力は格段に向上する。それをしないのは、洗脳されたままの国民の顔色を窺っている、否、国会議員も洗脳された者も多々いるようであり、加えて、何がしかの利権に絡め取られているように見える国会議員、帰化して書類上は日本人になってはいるが、それまでの母国の利益を第一にしている「敵国の工作員」としか思えない活動をしている国会議員もいる。
このままの状態では、仮に、米国が日米安全保障条約を破棄した時、その瞬間にチャイナによって、尖閣⇒沖縄⇒九州まで侵攻されてしまう。その後は、日本は無くなってしまうかもしれない。
法律の整備には大きな費用は掛からないはずである。それをしないで、日本を危険な状態に置いたままでいる国会議員は、犯罪的とも言える職務怠慢である。
なお、前述した古賀誠氏の言う、「(現行)憲法の堅持」発言で不思議なことは、憲法を含む法律を整備して、「イザとなったら戦いますよ」との姿勢を示すことが、何故、いけないのであろうか? 古賀氏はその邸宅に鍵を掛けているであろう。それは、強盗が来たら困るからであろう。それでも、日本の国内では警察がある。警察が犯人を捕らえて処罰するという抑止力がある。
しかし、国家間では警察に相当するものはない。米国がその役を少しばかり担っていたが、「や~めた」と言うのである。
そうであれば、日本としては、「国家の鍵」を厳重にしなくてはならないのは当然のことである。それに反対するのは、日本侵略を企む勢力の手先か、売国的な利権に絡め取られているのか、あるいは、そんなことも判らないアホとしか言いようがない。
今こそ、国防力を強化するための「法律の整備」を行い、また、物理的な国防力維持のための機材の整備を迅速に行う必要がある。
二度と戦争をしないためには、仮に、日本が世界最強の軍隊を持っていれば、日本を攻めようとする国はなくなる。最強の軍隊があるということだけで、戦争は起きない。しかし、日本が世界最強の軍隊を持つことは不可能である。そうであれば、せめて、日本を攻撃すると、「攻撃側も手痛い損失」を蒙るということを示す必要がある。そうすれば、攻撃は躊躇されるであろう。少なくとも、その程度までの国防力の強化が必要である。古賀氏の言う、平和主義は理想論であり、子供の世界でも通用しないアホ話である。すなわち、虐められっ子は、どんなに大人しくしていても苛められるのと同じである。
「自分の国は自分で守る」この当然なことを、良くないと考える“あなた”は、今日から、自分の家に鍵をかけてはいけない。「鍵を掛けると強盗が来る」と言っているのであるから、鍵は掛けてはいけない。強盗が来たら、「私は平和主義者ですから」と言えば良い。
国家にとっての鍵、すなわち、武力を強化することが、戦争になるとは、変な解釈である。日本の周りの国々は、例えば、日本の敗戦が決定的となり、日本の武力がなくなったとき、ロシア(ソ連)には北方領土を奪取されている。
また、日本が敗戦して武力を失っているときに、韓国には竹島を奪取されていて、そのとき、日本の漁船が拿捕され、射殺された漁民や4000人もの人が、長期の抑留をされて、そして亡くなった人もいる。敗戦後に無抵抗な日本は韓国に国土を奪取されているのである。日韓親善などは、絵空事である。そのときから、韓国は敵国である。
そして、今、チャイナからは尖閣諸島の奪取をされそうになっている。チャイナの尖閣奪取の目的は、沖縄を奪取するための足かがりであろう。このままでは、沖縄も風前の燈火である。
何もしない、できない「丸腰」での「平和主義」は、他国による日本侵略を、自ら招いているに等しいのである。
侵略の危機に備えて、法律的に、また、物理的に国防力を強化しなくてはならない。1964年の東京オリンピックに浮かれているとき、チャイナは、核実験をした。
2020年の東京オリンピックのときには、チャイナが尖閣諸島の奪取を計画していると考えて、それに備えるべきである。備えていてるだけであれば、侵略を企んでいない他国に迷惑は掛けることはない。時間は、そうは残されていないのである。国防があって、国家があり、そして、安定した国民の生活があるのである。国家をなくしては、福祉も何もなくなってしまう。すなわち、究極の福祉は国防にあることを理解すべきである。
了