松下啓一 自治・政策・まちづくり

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☆市民まちづくり集会(新城市)

2018-02-03 | 1.研究活動

 新城市で市民まちづくり集会があった。第6回目になって、次のステージに移ったような気がする。

 まず、今回のテーマは、公共施設のあり方である。難しいテーマである。かつて、公共施設は、その必要性があって作られたが、社会環境の変化やニーズの変化で、その意義が乏しくなったものもある。加えて老朽化で、利用者も、足が遠のくようになった。さらには、その維持管理費がかさみ、建て替えとなると、さらに費用が掛かる。そこに人口減少が追い打ちをかける。

 誰でも、これまでのままではだめだと感じ、統廃合が必要だと理解できる。ところが、僅かであっても、その施設を今でも活用している人がいるし、愛着といった気持ちの問題もからむ。そこで総論賛成、各論反対となって、誰も統廃合を言い出せず、言い出せば、なぜ、俺たちなのだという強い反対論に出合うことになるから、先延ばしにし、ますます、負の遺産をため込むことになる。

 実行委員会のメンバーも、このまちづくり集会が、総論賛成、各論反対の、いわば不穏な空気になることを心配したようだった。しかし、実行委員会の心配は杞憂となった。それどころか可能性を切り開く集まりとなった。気が付いたことを書いておこう。

1.みんなで話すと、自分のところは別だといった、自己中心的な議論にはならないということである。誰だって、このままではいけないことはわかっているので、自分の都合ばかりを言い立てた議論にはならず、全体を踏まえた議論になる。

2.穂積市長さんが、このまま先延ばしすることの不安を率直に語っていたことが印象的だった。これまで、変に強がったり、弱みを見せないのが行政だったからである。それができた理由の一つは、今回の市長選挙が、公開政策討論会を経てきたということもあると思う。

 もし、公開政策討論会がないと、選挙の公約は、バラ色計画のオンパレードになり、候補者は、みな対抗上、強気で景気のいいことを言うことになる。それに縛られて、市長になっても、結局、公共施設問題のような痛みを伴うことは、言えなくなってしまう。ところが、公開政策討論会では、バラ色だけの話は、論破され、あるいは逆に無責任と思われることになるから、地に足が付いた議論になる。現状を踏まえてできることは何かという議論を経てくれば、その延長線上に公共施設問題の議論の方向性は自然にでてくることになる。

 市長が率直に厳しい現状を語れるようになると、行政職員も、率直に語れるようになる。行政も、心配していること、まちの将来にとって不安であることを、市民のなかで、自分の声で、率直に語っていくことが大事だと、改めて感じたところである。思いはきっと伝わって行く。

3.今回は議員さんが、さらに角が取れて、グループのなかで闊達に話している姿が印象的だった。議員は自治の共同経営者であるが、経営者ならば、公共施設のような問題にどのように対処していくのは,一人ひとりの見識が問われることになる。そのなかで、傍観者や単なる批判者として、対案やヒントも出さず、単に行政を批判しているような議員は、議員としてふさわしくないという空気が生まれてくると思う。
 公共施設の問題は、難しい問題ではあるが、市民まちづくり集会を重ねてくる中で、議員さんの間でも、市民と議論する自信のようなものが、湧いてきたのではないか。

4、次は、それぞれの地域で実践することで、まずは、この問題を議論する仕組みづくりである。行政、議員、地域自治区、まちの人たち、それぞれの役割が与えられ、誠実で着実な議論ができる仕組みづくりを考えていってほしいと思う。

 繰り返しになるが、今回の市民まちづくり集会では、熟議の政策決定をするには、①率直に思いや不安を語ることの重要性、②この集会のようなやり方が、ひとつのヒントになること、③一部の人だけでなくみんなで集まって、議論をすると、バランスの取れた議論になることなど、熟議をするためのいくつかのヒントが見えたように思う。とても良い、市民まちづくり集会だった。

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