松下啓一 自治・政策・まちづくり

【連絡先】seisakumatsu@gmail.com 又は seisaku_matsu@hotmail.com

☆「法律による行政」の今日的意味(相模大野)

2013-05-07 | 1.研究活動
 地方自治論の講義で「住所」を考えた。
 住所は、私たちの社会経済生活のおおもとになる。住所がなければ、就職もできないし、ローンも組めない。年金の生存証明もとることができない。空気や水のように、普段は意識しないが、住所の果たしている役割は大きい。
 この住所の認定は、居住の事実という客観的要素と本人の意思という主観的要素を組み合わせて決めるのが判例、実務である。

 公園にテントを張って寝泊まりしているホームレスから、公園を住所とする転居届があり、これを受理すべきかどうかで、裁判になった。
 大阪地裁第一審判決は、公園に実際に暮らしているという実態を尊重して「住所」と認定した。
 これに対して、大阪高裁、最高裁とも、公園が住所というのは社会通念に反するとして、転居届の不受理を有効とした。

 常識的に考えれば、公園が住所というのはまともなことではなく、大阪高裁のほうが市民の常識に合致しているだろう。学生たちにも聞いたが、大半は、「公園が住所ではおかしい」というものだった。これが常識だろう。私もそう思う。
 住んでいる客観的事実に注目すれば、公園が住所とも言えなくはないが、裁判所は、それを認めることはできない。だから、これまでにない「社会通念」という要件を持ち出してまで否定した。なぜか。それは正義に反するからである。こんなことを許したら、法が、公園の不法占拠を容認し、さらには、それを呼び込むことを許したことになると考えるからである。法は不正義を認めることはできない。

 しかし、法律論で、公園は住所でないと否定しても、それだけでは、何の問題も解決しない。ここが法律論の限界であり、政治・行政の出番がある。

 この事件の背景は、次のような事情である。
 公園や河川にビニールシートを張って暮らしている人たちがたくさんいる。実は、この人たちも、公園や河川が住所になるというのは常軌を逸すると考えて、実際に、人が住めるところに住民票を置くという慣行が行われていた。西成の支援団体の事務所には、5000件の住民票が置かれていたという。ホームレスたちは、ここを「住所」にして、さまざまな届けや申請を行い、役所からのサービスを受けていた。

 むろん、住んでもいないのに、便宜的に住民票を置くのは、違法である。住所は選挙の基準になり、選挙人の資格もないのに、選挙権が与えられることになってしまうからである。だから、区役所が、実態調査をして、職権消除するというのは当然のことである。

 そこで、困ってしまったのがホームレスである。住民票がなければ、就職もできないし、アパートも借りることもできない、役所からの通知も来ない。やや誇張して言えば、住所がなければ、ホームレスから這い上がることができないのである。行き場がなくなったホームレスは、実際に住んでいる公園を住所とするように、申請したのである。それが今回の事件である。
 大阪地裁だって、公園が住所というのはまともでないことは分かっているが、両者を天秤にかけて、あえて住所とする認定をしたのだろう。ずいぶんと悩んだのではないか。

 しかし、法律論と政策論は峻別すべきだろう。法律論に過度に政策論を期待すると、お隣の韓国のように、対馬から仏像を盗んでも、返さなくてもよいという決定になってしまう。これは法の自殺である。だから、法律論は、正義を貫いて、公園は住所にならない、便宜的に住所を置くのは違法であるというべきだろう。
 しかし、それでは、何の解決にならないのはいうまでもない。今回のケースでも、公園は住所でないという正義は貫けたが、結果的には、ホームレスは、住所なしの宙ぶらりんに置いてしまい、結局、ホームレスが、ホームレスから、這い上がることがますます難しい状況をつくっただけである。正義は貫いたが、ホームレスにとっては、ますます状況を悪化させただけである。そこで、地方自治(政治、行政)の出番がある。

 これは、今日の行政においては自明である「法律による行政」とは何かを考える契機になるだろう。
 この原則は、今から300年以上前、横暴きわまる王様をコントロールするために、人民の代表者が決めたルールに従うことを求めたのが発端である。今日でも、ともすると暴走する行政をコントロールするために、法律による行政は重要であるが、これ一点張りでは、無理が生じてくる。法律は常に後追いであり、判断の基準が正義の追求だからである。

 法律による行政が広く浸透した今日、法律による行政は、法律に従って行政を行うという消極的側面だけでなく、積極的に、法律の不備を政治や行政が補っていきながら、法律をつくっていくというフィードバック機能が求められている。それが政策法務の役割でもある。

 私の授業は、地方自治法ではなく、地方自治論であるから、ここから、ホームレスが宙ぶらりんになることを防ぐ道を探ることになったが、ここまで来て、やや息切れしてしまったのは年のせいだろうか。
 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ◇ゴールデンウィーク後半(青... | トップ | ★地方自治法研修(横浜市) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

1.研究活動」カテゴリの最新記事