朝の詩(ウタ)9月15日 産経新聞
東京都 世田谷 服部 純枝 作
「手のひら」
小さな子と
手をつなぐと
ふうわりと
無防備で
もっと自然に
生きられないの?
と
たしなめられて
いるような
気がする
(選者 新川 和江)
私は産経新聞を読むときは、先ず「朝の詩」を読み、次に「産経抄」を読む、その後、やおら一面に目を通し、気を引かれた記事のみを読む。
この詩を見たときは、少なからぬショックを受けた。
3/4世紀生きてきた私ですが、この詩にさりげなく語られている気持ちは何時の間にか忘れたのか?失ったのか?
孔子の
われ15にして学に志す
30にして立つ
40にして惑わず
50にして天命を知る
60にして耳順(したが)う
70にして心の欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず
どうも70歳半ばに達しても俗人は俗人から逃れることは不可能のようです。
朝の詩の諭す処に強く心を引かれた次第です。
この、詩に フンワカした自然な温かみを感じた。
以前、読んだ森田正馬先生の「ありのままに生きよう」の言葉が改めて思い起こされた。
東京都 世田谷 服部 純枝 作
「手のひら」
小さな子と
手をつなぐと
ふうわりと
無防備で
もっと自然に
生きられないの?
と
たしなめられて
いるような
気がする
(選者 新川 和江)
私は産経新聞を読むときは、先ず「朝の詩」を読み、次に「産経抄」を読む、その後、やおら一面に目を通し、気を引かれた記事のみを読む。
この詩を見たときは、少なからぬショックを受けた。
3/4世紀生きてきた私ですが、この詩にさりげなく語られている気持ちは何時の間にか忘れたのか?失ったのか?
孔子の
われ15にして学に志す
30にして立つ
40にして惑わず
50にして天命を知る
60にして耳順(したが)う
70にして心の欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず
どうも70歳半ばに達しても俗人は俗人から逃れることは不可能のようです。
朝の詩の諭す処に強く心を引かれた次第です。
この、詩に フンワカした自然な温かみを感じた。
以前、読んだ森田正馬先生の「ありのままに生きよう」の言葉が改めて思い起こされた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます