「せい!」
「はっ!」
爪によるするどい一閃、しかし鋭い音を立てて弾かれる。
けど、そんなことは既に想定済み、直ぐに横合いからアルクェイドさんが殴りかかってきた。
「死になさい」
地面を削り、肉が裂けて骨が砕ける。
血吹雪と轟音を立ててロアが消滅した。
しかし、時計の針が逆行するようにたちまち蘇った。
「つまらん、アルクェイド・ブリュンスタッド。
真祖の姫とはしょせんこの程度のものだったのか?
あの慈悲も寛容もなく死徒どもを震え上がらせた恐怖はどこに行った?」
「……っ!!」
強い、というかチートと言っていいくらいだ。
こっちがいくら攻撃して死なせてもこうして何度も蘇ってくる。
【原作知識】として知ってはいたが、改めて見ると残機無限が如何に理不尽かがわかる。
「くくく、まあ、もしも私を殺すつもりならば、
物理攻撃ではなく教会の概念武装、それこそ1000年単位のものを用意すべきだがな」
ボク達を嘲笑するロア、
その言葉にアルクェイドさんの殺意が一層深まる。
概念武装とは、
物理的な衝撃ではなく概念、つまり魂魄の重みによって対象に打撃を与える物。
例えば黒鍵、一見投剣の類だがあれは死徒に対してもとの人間の肉体に洗礼し直した上で滅ぼす。
例えば、シエル先輩の第七聖典に至っては唯のバイルバンカーではなく転生とい事象を否定する。
などと、端的にいえば物理効果ではなく特殊効果がこの相手には求めれる。
が、残念ながらアルクェイドさん共々ボク達は物理脳なせいでそんな大層な代物はない。
あるいは本気の、というより姫アルク状態なら瞬殺可能だろうが姫アルクになった瞬間地球が終わる。
なにせメルブラの姫アルクルートでは、地球の回転を止めて人類を滅亡させようとしたくらいだ。
なお、乱入してきたアルクェイドさん本人?に止めれるが、
「笑って許せ、暴走していると分っているが、自分で自分を止められぬ」
などと見事なアーパーぶりを見せつけて、
シエル先輩を色んな意味で絶望の淵に追い込んだよなぁ……。
「さて、おしゃべりが過ぎたな――――これはお返しだ」
腕を振り下げた刹那、まばゆい閃光と衝撃が走った。
「あ、……ぐ……」
朦朧とする意識と視界。
土の香りが鼻を刺激し、自分がようやく倒れていることに気付く。
首を動かして周囲を観察するとやや離れた場所でアルクェイドさんがうつぶせの状態で倒れていた。
「ぐ……」
身体に力を入れて起き上がろうとするが、生まれたての小鹿のごとく震えるばかりだ。
息は荒く、聞こえる音は不明確で意識も朦朧とするばかりである。
「ふん、所詮劣化した姫ではこの程度か。
なんという醜態、ならば我が手で消すのがせめての慈悲というものだ」
そうロアは言うと手から魔法陣を展開し、アルクェイドさんに狙いを定める。
くそ、ここままだとやられると言うよりも自分は完全無視かそうですか、くそくそ、何でもいい動け、動けええええ!!
そうして、必死に動かすことを体に念じたお陰か、動いた。
腕を伸ばし咄嗟に転がっていた石を拾いあげ吸血鬼の渾身の力でロアに投擲した。
風切音を立ててそれは、当たる前にロアが気付いたが時すでに遅し、石は頭に直撃し周囲に脳漿をまき散らした。
この手で確かに人を殺した瞬間だった。
しかし、相手は幾百年もの時を過ごした吸血鬼。
たちまち時間を戻す様に割れたスイカのようだった頭が元に戻った。
そして、アルクェイドさんに向けられるはずだった攻撃がボクに向かった。
「無駄な足掻きを」
「あ、ぐ……」
痛みを通り越して動くことがままならない。
足蹴りされて地面を転がるが、感触が感じられない。
「ふん、まあいい。
まずは小娘、貴様から始末しよう」
自分を見下すロアは魔術を展開し、今まさに殺さんとしている。
ああ、ここで弓塚さつきの人生は終わる、そう考えるのに十分すぎる状況だったが、
「ロア――――!!」
はは、おそいじゃないか、志貴。
※ ※ ※
「ロア――――!!」
俺が駆けつけて来た時
アルクェイドは立とうとしているのか、地面に膝をつき苦しげに息を吐いていた。
一方、弓塚はシキ――――ロアの前で倒れており、明らかにボロボロで弱弱しくこちらを見ていた。
「おお、志貴。来てくれたのか、
てっきり逃げたのかと思って心配したぞ」
「御託はどうでもいい――――お前の相手は俺がしてやる」
そして、俺を見るなり嬉しげな態度を隠さないロアのふざけた態度に頭に血が昇る。
だがら俺は怒りを隠さずロアに宣戦を布告してやった。
「はぁ、つれねえなぁ。そんなに真祖、いや―――――」
ロアは言葉を切ると倒れている弓塚の頭を足で踏みつける。
僅かに苦しげな声が漏れるが、ロアはそれを完全に無視していた。
「それとも、こっちの女か?」
「て……めぇ――――!!」
激情に赴くまま一息でロアの懐に飛び込む。
前頭部に斜めに走っている線を切り裂くべくナイフを振るったが、ナイフは届かなかった。
ナイフはロアに届くよりも先に俺自身が吹き飛んでいた。
「がっ!!」
実にあっさりと、俺は派手に吹き飛ばされ公園の木に背中を強打して一瞬意識が飛んだ。
それだけでなく胃の中身が口から漏れそうだ、強打したから体中が痛い。
でもそれよりも、弓塚とアルクェウドの今のボロボロの姿を見ると心が裂けそうだ。
秋葉との約束もある、だから俺はこんな所で倒れるわけにはいかない。
「く、くは、ははは、あは、はっはっはははは……!!」
痛む体に耐えていたら、ロアの笑い声が聞こえてきた。
「どうだ?
大切な物を傷つけられた気持はよぉ、にしてもおまえ最高だ!!
その顔!その傷つきそれでもなお悪あがきをする必死な顔が俺は見たかったんだ!!!」
あひゃひゃひゃ、とロア、いやこれは多分シキは笑い続ける。
不愉快だ、今すぐその騒音を消してしまいたい――――今すぐ『敵』をばらばらに解体してしまいたい。
今夜もこんなに月が綺麗だというのに、その声も存在も何もかもが俺にとって邪魔だ。
「なあ、志貴。
そんなにこの小娘が好きなら仲間になれ。
おまえが持っている直視の魔眼をここで絶やすのは惜しいし
貴様と私の根本は同じだからこれほどいいパートナーなないだろうな。
おっと……どうやらシキとの人格の交差が激し…いや消えつつある、か」
そうか、シキがいなくなるのか。
『敵』が言っていることをボンヤリと聞く。
これからか『敵』を解体するのに不思議と心は穏やかだ。
「まあ、もっとも貴様の意思なんて知らないがな。
安心しろ、この小娘と同様にそんな邪魔なものは奇麗に排除してあげよう」
――――ぶつり
そんな音が頭から聞こえた気がした。
意識もその一言で何もかもが透き通ったものになる、息をつきロアに問う。
「シキ、いや、ロア。
一つだけ聞くけどおまえが視ているものは線か?
あるいは点か?いや、おまえが見えているのは生き物だけか?」
「はん!命乞いかと思いきや何を馬鹿なことを、モノに『死』の概念なんてあるはずがないだろ」
小馬鹿にするように、今さら何を当たり前のことを問うのか?そんな感じだ、
少なくとも、ロアの性格的にこの状況で嘘を言うとは思えない。
まあ、しかたがない、俺の『眼』は視ているチャンネルが違うの特別仕様なのだから。
ならばロアとオレは、
「違う……」
「ああん?」
ロアが何か言ったけど聞こえない。
視線はすでに『モノ』に注がれているから頭痛がする。
これまでにない頭痛だが、それでも注視続け『敵』を仕留める支度をする。
「まったく、生きているうちの遺言すらないのか?
だが、ここでお喋りおしまいだ。あの教会の犬とそこの真祖の始末もあるしな」
かつ、かつ、と音を立ててロアが俺に寄って来る。
好都合な事に一切の警戒もない、余裕な態度を保ったままだ。
「シキ、いや、ロアなのか今は?」
「……さあね、
無限転生者と呼ばれる私は宿主の魂に浸食するが
ロア、という人格を形成した本来の肉体でないから『私』という精神に少なからず影響を与える。
私はシキでありオレはロアでもある、これが正しいのかもしれない」
そっか、じゃあオレはロアでもシキを殺すことになるんだ。
「――――シキ、オレとおまえは違うよ。おまえは死を理解していない」
かちん、とチャンネルが完全に入れ代わる。
『理解できないはず』のモノの死が鮮明に網膜に写し出される。
俺の豹変を察したロアは眼を見開き驚愕する。
「――――な、何を」
「死は虚無、何もない。
けど生き物だけじゃない、死なんてそこらのモノにずっと存在している。
死なんてものは万事に繋がっているからそれこそ世界の何もかもが崩れてしまいそうだ」
「き、さま――――何を、まさか、そんな馬鹿な」
ロアの動揺した声が響く。
そういえば昔誰かが言っていたな、
人は理解できないから嫌悪する、恐怖を抱く、と。
「く、くるな!!こっちに来るな!!
この小娘がどうなってもいいのか!!志貴ィ!!」
さつきを踏みつける足に力を入れて俺を脅す。
けど、俺は流れるような手際で地面にナイフを唯一刺した。
硝子が一斉に砕けるような音が鳴り響き、ロアが仕掛けた魔術陣は消滅した。
「なん、だと……公園に仕掛けた魔術陣が解けた、だと。
魔術そのものを殺すなど、そんな、ありえぬ――――ありえぬ、ありえぬ!!」
理解できない、か。
いいだろう、俺が教えてやる。
「――――――教えてやる。これが、モノを殺すっていうことだ。」
短く告げてジャッ!と地面にナイフを走らせる。
刹那、ロアがいる場所に張り巡らされた線が蠢き地面が陥没した。
「な――――!!」
恐怖が混じった叫び、ロアが立っていた地点が地面ごと崩れ落ちる。
自由になった弓塚は脱兎のごとく跳躍してロアから逃げて、叫んだ。
「――――志貴!!」
ああ、分っている。終わらせようこの因果を。
何よりも足りない、殺し足りない、簡単に殺すことなんてできない。
生き汚く魔術を放ったが、
それを殺すと手始めに右腕を切断、対象の抵抗力を奪う。
「がぁああああ!!」
俺に接近されて魔術は不利と悟ったのか肉体戦に移行。
人間なら簡単に潰れたトマトのごとく破壊するであろう蹴りも俺からすれば随分と遅い。
避けるため這うように低い体勢をしたが、一瞬でロアと真正面から向き合う。
突然眼の前に俺が現れた事に動揺したロアだが、俺は躊躇なくナイフを横一文字に走らせて両目を殺した。
絶叫、だが口は健在で対象は距離を取り魔術と思しき詠唱を口にする。
閃光が迫るが、さっきの蹴りよりも更に遅く殺すのも億劫なので横に跳躍して避ける。
そして、接近してロアの細い顎を切り裂いてしまう。
ここで対象は何やらわめく、
どうも吸血鬼の回復能力が発動しないことで極端に恐怖を感じているらしい。
もうすでに冷静な判断はつけないと思われるが――――つまらない、退屈だ。
もっと踊ってくれると思ったのに期待外れだ。
幾百年もの時を過ごし弓塚とアルクェイドを食い物にした吸血鬼割には弱い。
これはいけない、できそこないな玩具は壊さなくては。
左手を殺す
手首切断、出血多量。
右足を殺す
右アキレス腱切断、対象の歩行は困難に。
片肺を潰す
対象の口から血の泡が吹き出る。
もはや呼吸すること自体が苦行であろう。
左足を殺す。
ふとももが血吹雪と共に派手に飛ぶ。
内臓を殺す。
対象が宙に浮いた所で腹にナイフを突き刺し、内臓機能を完全に停止させる。
殺す
殺す殺す
コロスコロスコロスコロスコロス
殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス
「――――――化け物」
血まみれのダルマかあるいは、
肉の塊に成った対象は短く的確に今のオレを表現する言葉を送ってきた。
「――――ああ、バケモノさバケモノ。
だが限界を知れ吸血鬼、カタチがある以上消え去るのが最低限の決まり事だ」
間違ってはいない、だが少なくても俺は誰よりも死に近いから、
その命の尊さとありがたさ、何もない日常の温かみはお前と違い知っている。
そして――――。
「じゃあな、ロア」
トス、と
ロアの心臓の右よりにある点を突き刺した。