タワー・ブリッジ。
1894年に完成した跳開式の可動橋で、
仕組みは東京の隅田川にある勝どき橋と同じである。
ただ、外観はタワー・ブリッジの方が見栄えがよく現実でもロンドンの名所として知られている。
巨大な橋が持ち上がる光景はなかなか壮観で、周囲の観光客からおお、と声が挙がる。
「わ、わわ、動いてる、動いてるよエリーさん!」
「はい、私も間近で動いているのを見るのは初めてです」
宮藤、そしてエリーも2人で楽しそうにはしゃいでいる。
そんな2人を案内するのがわたしの役割だが、何だが家族サービスをする父親の気分だ。
「む、宮藤は兎も角エリーは始めてなのか?」
「ええ、普段はあまり、その、こうして遊ぶ機会がないので…」
遊ぶ機会がない、ねぇ。
やっぱりこの子は良家の子女なんだろうな。
この時代はそういう層はごく当たり前にいるし。
「そうか、わたしは籠の中から救い出す騎士様でないけど、
魔女として、今日1日を楽しむ魔法ぐらいは使おうと思う」
「ふふ、素敵な魔法。
ありがとうございます、魔法使いさん」
エリーはくるりと此方に向きなおすと、
慣れた手つきでスカート(ベルト)の端を両手で掴んで感謝の意を示した。
スカート、あ、いやこの世界ではベルトを掴んでお辞儀をするなんて本当に貴族の娘っぽいなこの子は。
「あ、バルクホルンさん見てください。
あそこでニュース映画の撮影をしてますよ!」
なんて考えていたけど、
宮藤の言葉に釣られて彼女が指差す方向を見る。
そこには確かにカメラが数台、レフ版、棒マイク。
などなど各種機材を持ったスタッフ達がごそごそと準備をしている。
プロパガンダ映画の撮影だな、あれは。
この時代はネットどころかテレビすらなくて映像で見るニュースといえばニュース映画だしな。
わたし自身、何度か戦意高揚のためのプロパガンダ映画には参加したし懐かしい。
しかしどこか違和感を感じる。
こう、なんて言えばいいのか…そうだ、妙にこっちを見ている気がする。
改めて、周囲を見渡してみた。
前方に老夫婦のペア、老婆が時折こちらに視線を寄越す。
老人が喉元に手を当てて何かを呟いている…たぶん、喉頭式マイクを使っている。
手鏡を取り出して、身づくろいをするふりで後ろの様子を見る。
ベンチで新聞を読んでいる紳士、一見ごく普通の光景である。
だが、ウィッチの強化された視力では紳士の耳元にイヤホンがあるのがわかった。
……試すか。
「失礼」
「きゃ?」
「わっ!?」
2人の手を引っ張り、
左にエリー右に宮藤を抱え魔法力を発現。
そのまま、全速力で駆け抜けた。
周囲はいきなり街中で魔法力を発現させたことに驚き、
両脇に少女を2人を抱えた自分に好奇の視線を送っている。
そして、視線を先の老夫婦の方へ再度見たが…当たりだ。
慌てて立ち上がって、どこかと連絡する素振りを見せていた。
っと、おまけに前方にいかにも、という黒スーツの男がこっちに寄ってきている。
「悪いが2人ともしばらくじってしていてくれ」
「えっ、バルクホルンさん?」
宮藤の疑問に答えるより前に問答無用に纏めて2人を両脇で抱えて駆ける。
このまま車に戻って逃走すべきだが―――ちっ、先回りされている。
ついでに、後ろからも追いかけられているようだ。
だとすれば逃げ道は唯一つ、川だ。
「うぁ!」
「ひゃ!?」
橋の手すりに足を掛けて、魔法力で強化された筋力で一気に川に飛び込んだ。
脇に抱えている2人が悲鳴を上げるがまあ、仕方がない。
いくら下が水とはいえ高さは相応にあるから。
そして、このまま3人で水泳ということには―――ならなかった。
狙い通り橋を通過していた川船に着地。
高所から飛び降りての着地なんて格好が良いものだが、
普通ならば膝を痛める上に、人を2人も抱えてなんて膝を完全に壊す蛮行であるが、
ウィッチとして強化された肉体は何ともなかった。
だが見ていた側には衝撃的なシーンだったらしく、降りた先の船員たちはわたしをガン見している。
まあ、空から両脇に少女2人を抱えたウィッチが降ってくればそうなるか。
「訳があって逃げている、手伝ってくれないか?」
意味ありげに片目をつぶり、
脇に抱えた2人を持ち上げると船員たちが笑いながら口笛吹いて挨拶を返してくれた。
…あー勘違いしているが、細かい所は気にしないで置こう。
見ず知らずの自分に協力してくれるのだし。
「まあ、これはもしかして愛の逃亡というものでしょうか?」
「へ?」
続けて殿方でないのが残念と呟くがまったくそうだ。
愛の逃亡かロマンだけど今のわたしは女なんだよなぁ…。
改めて頬を赤らめるエリーと頭に?を浮かべる宮藤。
そして再度10代の少女を両脇に抱える自分を見る。
うん、愛の逃亡よりも誘拐という単語の方が強く連想できる。
ぐきゅう。
なんて考えていたら唐突に腹の虫が鳴る音が聞こえた。
思わず、宮藤の方を見るが顔を横に振っている。
もしやと思いエリーを見れば顔を背けた。あ……。
「…お昼にするか」
「はい……」
彼女の名誉のために深く突っ込んではいけない。
その後、船を市内に進めてもらい、ロンドン名物の2階建てバスで適当に移動。
適当な料理屋に入って昼食を頂くことになる…鰻があると聞いて宮藤が頼んだ鰻がアレだったが。
※ ※ ※
「な、なんで鰻をあんな風に料理しちゃうんですか!!!」
昼食を終えて店を出てから鬱憤を晴らすように宮藤が叫んだ。
骨ごと鰻をぶつ切りにして煮込んだ鰻と煮る檀家で煮こごりとともに食べさせる代物だが、
煮込む際に醤油のような濃い味付けをしないせいで淡白すぎる味となってしまう。
鰻の蒲焼に慣れた人間にはカルチャーショックが強いようで、
始めはちょっと贅沢しちゃおう、なんて顔を輝かせて宮藤の表情が出された料理に戸惑い。
食べ初めてからは徐々に瞳からハイライトが消えていったのは、ああ同情するよ。
「あの…すみません巻き込んでしまって。それにお昼まで奢ってもらって」
「何、この程度は大丈夫さ」
エリーが頭を下げるがこの程度はたいしたことはない。
何せ普段基地で生活している間はお金を消費しないものだから貯まる一方だし。
「バルクホルンさん、この後どうしますか?」
「ああ、そうなぁ……」
宮藤の言葉にチラリとエリーを見る。
彼女は次はどこに行くか顔を輝かせスカートを握り締めている。
そんな表情をされたらすることなんて決まっている。
「よし、このままロンドン物見遊山を続行しよう」
「はい!ありがとうございます!!」
エリーがわたしの手を握り感激の感情を握った手を振ることで示した。
「けど、私達といられるのは夕方まで。
それからはエリーは1人になるが、それでいいのか?」
人から感謝されるのは嬉しいものだ。
だけど、これだけはハッキリしなくてはならない。
まさか基地までエリーを連れて行くわけには行けないのだから。
「分かっています。
元々私が家を飛び出したのだから私が悪いのです。
けど、バルクホルンさん安心してください。父とは今晩もう一度話し合ってみます」
こっちの杞憂を他所にエリーは決意を表明した。
よし、だったら決まりだ。
「ではロンドン観光第2弾と行こう」
「はい!」
「はーい」
世界的に有名な探偵小説「シャーロック・ホームズ」
主人公が下宿していたベーカー・ストリート221b番地のアパートを見学。
持ってきたカメラでアパート正面で宮藤、エリーの2人の記念撮影。
「学校のみんなに自慢できちゃうなー」
「ふふ、私も父に自慢できてしまいます」
「それはよかったな」
近所の土産物屋でホームズ関係のが販売されていたので、
宮藤がホームズのマント、エリーが父親への土産にパイプを、
わたしは暇つぶし用に英語版シャーロック・ホームズを購入する。
今度は時間短縮もかねて贅沢にタクシーを使ってロンドン塔へ。
約1000年に渡って増改築を繰り返した歴史的建造物と同時に、
かつては数々の王族を処刑、幽閉した曰くつきの観光名所である。
「いい眺めだ、それに人があまりいないのも幸いだ」
塔の頂上は前世で登ったスカイツリーよりもウンと低いが、
高層マンション事態あまりないこの時代では意外と良い眺めに嘆息する。
「でもこの場にいるのは私達だけではありませんよ、だってほら後ろにもう一組いますよ」
エリーに従い後ろを振り向くが誰もいないが、はて?
「え、いるじゃないですか。
なんか古風な服装をした男女ですよ。
恋人なのかな、いいなあー私なんて出会い事態ないし」
続けて宮藤が言葉を綴る。
再度後ろを見るがだれも見当たらない。
「あ、宮藤さん、あの2人…きゃー!」
「わ、わー!いいなーいいなー」
それでも2人がまるで見えているように騒ぎ出す。
わたしを騙したり辛かったりする演技なんてことはないし、
ロンドン塔は「出る」という噂は聞いているがまさか、まさかな…。
「あ、記念撮影お願いします、バルクホルンさん!」
写真に変な物が写らなければいいけど…。
大英帝国博物館は見所が多すぎて時間が足りないので、
目玉であるエジプトのミイラにロゼッタストーン、古代ギリシャのパルテノン神殿を飾った彫刻を主に見学する。
「ブリタニアの物が少ないなあ、上野の博物館みたい」
「宮藤、そうなのか?」
宮藤が言うのは上野の博物館も展示物が海外のものばかりだそうだ。
まあ第六天魔王もといノブノブが本能寺を生き残って海外進出ヒャッハー!
な世界なのでここと同じくかつて略奪した物の展示物があっても不思議でないか。
それはさて置き。
「猫耳なギリシャ彫刻の女神像とは…」
人類とウィッチ関わりは人類史と密接に結びつき、
歴史の騒乱点でウィッチが関わることで前世の歴史とは違う歴史を歩んできてのは知っているが、
頭から突き出た猫耳のギリシャ彫刻を見ていると等身大フィギアという単語がどうも浮かんでしまう。
そして昼食を終えてからここで3箇所目の観光地。
なかなかの強行軍であったが久々に戦争を忘れ楽しめた。
だが、何事も終わりがあるように太陽は沈み始め、時刻は夕方の時間を示すようになった。
「今日は本当にありがとうございます。
素敵な魔法の時間を頂いて本当に感謝していますバルクホルンさん、宮藤さん」
約束の時間に至りわたし達は分かれることになった。
結局黒服の男達による尾行は見受けられれず1日が終わった。
正直拍子抜けしたが済んだことを気にしても仕方がない。
「家の近くといったが本当にここらなのか?」
「はい、そうです」
正面に見えるバッキンガム宮殿を筆頭に官庁と高級住宅が集中する地区だ。
なんだが妙なひっかかりを覚えるが、なんだろう?
「それではまた何時か会う日まで、御機嫌よう」
「ああ、じゃあな、エリー」
「エリーさん、またねー!!」
手を振り別れを告げる。
そしてエリーの姿が夕焼けのロンドンの街中へ消えていった。
「別れは意外とあっさりとしたものだな」
思わずそんな感想が口から漏れる。
「でも、バルクホルンさん。私なんだがエリーさんとはまた会える気がするのです」
「ほうその根拠は?」
わたしの感想に宮藤が反論する。
「魔女の勘です!!」
対して宮藤はこれ以上ないドヤ顔で答えた。
そんな表情が微笑ましくてこっちの口元からも笑みがこぼれるのがわかった。
「ふ、魔女の勘か。たしかに我々に相応しいな。
ああ、きっとエリーとはまた会えるだろうな宮藤が言うとおり」
これはわたしだけが知っている事実だが何せ世界を救う主人公の勘だ。
なら間違いなく彼女とはまた出会えるはずだ。
「さて、わたし達も帰ろう。
今のわたし達の家である501の基地に」
「はい!」
彼女に家があるようにわたし達も帰る。
今日の出会い、特にエリーの正体に気づくのはもう少し先の話である。
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