夏もまじかのあくる日、ウェイバー・ベルベットはライダーを連れず冬木の街を散策していた。
誰かと一緒でないのが彼にとって珍しい事だと思う・・・いや。
「それが当たり前になったのか・・・」
思えばイギリスに居た時は自分はずっと一人だった。
無論、学生同士の付き合いという物はあったが、ライダーのように何時も一緒にいる関係はなかった。
「冬木大橋・・・」
気がつけば随分と遠くまで歩いたようだ。
そしてすぐそばにある図書館、ここは自分とアイツにとって関係深い場所だ。
図書館から地図帳を盗み出した挙句、地図を見て馬鹿みたいに嬉しそうに世界の大きさに喜んでいた。
しかし、それが僕にとって運命の夜の始まりであった。
「さてと、感傷はいいけどそろそろ休むか。ここら辺に喫茶店でも―――む、あれは」
視界の脇に見かけた喫茶店に視線を向ける。
それは洋風の落ち着いた外観で「アーネンエルベ」という名の店だった。
どこかで聞いたことがことがあるような店の名前だったのでウェイバーはふと首を傾げたが、特に気にせずその店に入った。
「悪くない、ここで半日ぐらい時間をつぶそう」
内装は外観の予想通り落ち着いた雰囲気を保っていた。
あまり強くない照明に、経済性を優先せずあえてテーブルを詰め込んでいない配置。
客がゆっくりと時間を過ごせるように設定された構造は彼にとって好意的に感じた。
「いらっしゃませ。
すみません、少し遅れていますが間もなく準備ができます」
「む、エミヤシロウか。お前はここでも店員をしているのか?」
カウンターから現れた知人にやや驚きながらも衛宮士郎に聞く。
話では新都の方の居酒屋でアルバイトをしていたと聞いていたが、とウェイバーは思い出す。
・・・しかし、なんというかこの少年はエプロンが妙に似合う。
「ええ、まあ。家は大飯ぐらいがたくさんいますから」
苦笑まじりの答案に呆れ納得する。
いや、大飯ぐらいなのはあの騎士王だけであろう、と。
考えてみればあの時代の人間、特に高位の者は大食いするのが一種のステータスと見られおり。
セイバーの暴食ぶりは衛宮士郎のおいしいご飯のせいもあるが、むしろそれがデフォルトであった。
余談ながら、暴食と言ってもセイバーが生存したと思われる中世初期の食事内容といえば嘔吐ミール(オートミール)や串に刺して焼いただけの肉等といった貧相極まりない食事内容だったが。
「まあ、今日は半日ばかりのんびり過ごそうと思ってね。テーブルの貸し切り料金はたしか××☓円だったか?」
「わかりました、では貸し切りとしておきます。
注文の方はもうすぐオーダーができるようになると思いますので少し待たせてもよろしいでしょうか?」
「かまわない、ゆっくり準備してくれ」
「かしこまりました、ではどうぞごゆっくりとお過ごしください」
居酒屋のバイトをしていたおかげか接客も様になっており。
一礼をした後で衛宮士郎は当たり前のように、奥の厨房へと足を運んだ。
「とりあえず一通りメニューは準備できたな、
後であの人に何かいるか確認しておこう・・・なあ、カレン。
おまえは知らないと思うけどこういうのは資格が必要だったりするんだぞ」
厨房ではサンドウィッチ用の野菜は刻み終え、カレーも店にあったレシピ通り完成していた。
食欲をそそる香りが充満し、文句の付けようもない状態であったが。
彼、衛宮士郎は大きな、それも巨悪な問題に対面していた。
「あら、人殺しの分際でよく吼えるわね駄犬。
それとも何かしら?私が警察に突き出すよりも自首してハラキリする覚悟ができたと?」
背後からパイプオルガンのBGMでも流れてきそうな知人の銀髪シスターが淡々と彼を犯罪者として処分しようとしていた。
「なんでさ!!!というか自首してなぜに自殺しなきゃいけないのさ!?
というか、言ったよな。厨房に入ったら巻き込まれただけで俺は無実だと!!」
冷や汗をかきながら必死に弁解する。
どうして俺はいつもこんなのばっかりなんだと内心で嘆きつつ手は調理器具の片づけをしている所を見ると。
やはりこの少年の末は正義の味方ではなくブラウニーに相応しいかもしれない。
「衛宮士郎、残念です。
私が目撃したのは自称正義の味方が哀れな一般市民をその手で殺人を犯す現場だけです。
ああ、哀れな店長さんどうしましょう。店員として、この落とし前・・・どうしてくれましょうか?」
「待て待て待て!?!?
なんか割烹着を改造した女の子から攻撃を受けたから防衛して。
たまたま、はじいた流れ弾が当たっただけで俺は何もしてないぞ、カレン!!!!」
カレンがポケットから携帯電話を取り出したことで動揺が深まる。
身振り手振りであれこれ言い訳を述べようとしている姿は隙だらけで、腹黒シスターにとってそれは待ちにまった機会であった。
「いまです、マジカルアンバー」
「はぁい、呼ばれてきちゃいましたー」
「げぇ!!割烹着の悪魔!!!」
ジャーン、ジャーンと銅鑼の音声と共に、突然あらわれた元凶に驚きを隠さない衛宮士郎。
「イェイ、時代は今まさに魔法少女。
リリカル☆マジカル、奇跡も魔法(物理)もあるんだよ。
さすがウロブチッチー、まさに外道の必ず殺すと書いて必殺!!母の日スティンガー!!!」
マジカルアンバーは誰もついてゆけないノリで、
何処からか取り出したスティンガーを(そもそも収納する場所はどこだか?)
哀れな標的に定め一切の躊躇もなく発射した。
「な、なんでさ――――!!!!」
お約束の言葉の後に厨房に響く轟音と煙。
普通ならば外の人間に気付かれて当たり前な程の影響を及ぼすであろうが。
ここは何が起こっても不思議でないアーネンエルベ、ゆえに外の人間には気づかれないほど防音設備が行き届いている厨房などあって不思議でない。
さらに言えば衝撃で用意してあった料理の数々が汚れたり散乱することもない、というご都合主義もまかり通っていた。
「いててて、おいおい。
いくらこのオレを起こすためとはいえ、少しやりすなんじゃないか?」
煙が晴れた先から現れたのは被害者衛宮士郎ではなく、全身に刺青を入れた少年であった。
より正確に記すと彼の殻をかぶった悪魔、アヴェンジャーが表に現れた。
そしてくそ、という前置きが着くほど真面目な衛宮士郎と違い、悪魔は砕けた口調でわざわざ自分を起こした理由を問うた。
「駄犬、この私の、
いえ、私たちのエンターテイメントのために
この程度の労力など惜しむわけにはいかないわ。」
「エンターテイメントのためだけにオレを起こしたのかよ!!相変わらずアンタは無茶苦茶だな!!?」
愉悦に満ちた笑顔で即答したシスターの言に突っ込みを入れるアヴェンジャー。
せめてもっともっともらしい理由で呼んでほしかったと悪魔は内心で落ち込んだ。
「というわけで、貴方にはアーネンエルベの店員をしてもらいます」
「おい、待て。待て待て待て。
話の展開が見えないしそれならこの正義厨に任せておけばいいだろうが」
そもそもそれなら衛宮士郎に任せておくべきだろうとアヴェンジャーは疑問を投げかけるが。
「言ったでしょ、エンターテイメントのためだと。
貴方を皮切りにFateキャラは今日1日カオスと混乱、ご都合主義に色モノの安売りセールを始める予定ですから。
そして彼らの弱みを握ることで私の冬木支配もまった一歩前進するでしょうし、私の趣味もまた・・・ふふふ、楽しみです」
「・・・・・・・・・・・・・・うわぁ」
おっかしいなぁ。
ホロウではこれおど饒舌じゃなかったし、もっと聖者のイメージが前面に打ち出されていたはずなのに。
などと、アヴェンジャーはすでに遥かかなとの思い出となってしまった在りし日のカレンとのギャップに感傷に浸る。
「言っておきますが、拒否権はありませんよ」
守りたくなるような笑顔でカレンは命令を発する。
だが、実態は命令な上にもはや脅迫の域に達する最低の言葉を最高の笑顔で述べていた。
「・・・それでもあえて一応聞くけど、もし拒絶したら?」
「その時は、まずこの謎の白い液体で流行の男の娘になった上で魔法小・・・」
「貴方にしたがいます。イェッサー!」
瓶に入った謎の白い液体を手に不穏極まりない単語をスラスラとのたまうカレンに、男としての尊厳を死守することを優先したアヴェンジャーは反抗を放棄した。
そう、誰にだって、色モノはあってもおかしくないが尊厳を捨てるレベルには彼といえども負けを認める他はなかった・・・。
「では、期待してますよ。アヴェンジャー」
計画通り、とばかりに満面の笑みを浮かべるカレン。
対して悪魔はこれから起こるであろう悲劇と喜劇に絶望に似た感情を抱いた。
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