1945年 東京 東京湾
伊丹達に案内される形でピニャ、ボーゼスが平成の日本に来ている時。
ピニャの代行として無理やり任命されたハミルトン、そしてお付としてシャンディーが1945年の日本に来ていた。
彼女らが与えられた役目は日本をこの眼で見て、
ひいては講和への仲介役としての役割が皇女であるピニャから期待されており、
日本側も今後の講和と情報収集についてこれを機にコネクションを作ることを期待していた。
「そんなに緊張しなくても良いですよ」
嶋田の言葉を船坂軍曹が通訳するが、
ハミルトン、シャンディーの表情は相変わらず強張ったままである。
(まるで、会社に入りたての新社会人みたいだな)
そんな様子に嶋田は今では遥か昔の記憶となった前世の記憶を思い出し、内心こっそり苦笑を零す。
(とはいえ、無理も無いか。
何せよくて中世レベルの文明から来た人間が鉄の船。
それもビック7と誉れ高いこの長門なんて文字通り浮かべる城だからな)
嶋田が言うように異世界の客人との会談場所は東京湾に浮かぶ戦艦「長門」の艦内であった。
要人との会談場所に政府施設やホテルなどを利用せず態々軍艦を利用したのには深い理由がある。
現在銀座の門についてドイツ第三帝国を始めとする列強が血眼となって探り回っており、
そこでもしも門の向こうから要人が来る、という情報が漏れればどうなるか?
【原作】の平成日本政府のように防諜がザルな体制ではないとはいえ、
露見すれば面倒な事になるのは分かりきっているので情報統制が求められていた。
可能なら周囲から隔絶し、秘匿性が高い場所。
そんな場所はどこか…政府機関の施設も可能だがどうしても人目が付く。
だがらこそ、洋上で孤立し、軍艦のため軍機を理由に情報統制が容易な戦艦「長門」が選ばれた。
『ええっと…失礼ながら宰相閣下。
ダイニホンテイコクにはこのような戦船を何隻も所有しているのですか?』
貴族の娘に過ぎないのに行き成り帝国の外交役を押し付けられ、
さらに敵国の宰相と会談ということで色々イッパイイッパイなハミルトンの変わり、
シャンディーがぎこちなく質問を発し船坂の通訳に嶋田が内心苦笑を零す。
(ついでに異世界からの来賓客に対する砲艦外交も兼ねて長門が選ばれたが…まあ、予想通りの問いだな)
さらには日本の実力を誇示することが目的として分かり易い物。
という理由も兼ねて戦艦「長門」が選ばれたが正に打ってつけであった。
「ええ、そうですよ。
これと同じ軍艦を我が国は10隻程運用しています。
それと空母…お宅で言うところの龍騎士を運ぶ専用の軍艦をそれ以上所有しています」
『なっ…こんな鉄で出来た軍艦を10隻も…!?」
『り、陸軍は?陸軍はどれ程!!』
嶋田の説明を聞いて驚愕するシャンディーにさらに問い詰めるハミルトン。
「我が国は25個師団、常備50万の陸軍を保有しています。
予備兵力を動員すれば最大400万~500万の陸軍を運用することができます」
現実問題として25個師団で50万というのは鯖を読んでいるし、
400、500万もの陸軍の動員は可能と言えば可能だがやれば財政的に大打撃間違いなしで、
嶋田の言葉は極めて誇張を含んだものであったが、これは砲艦外交なのであえで誇張して言った。
『て、帝国の常備兵力は10万だというのに、
しかもアルヌスの丘やイタリカで戦った軍、それが常備50万!?』
『な、なんという事を、こんなのって……』
自分達の祖国が売った喧嘩の相手について分かったシャンディー、ハミルトンの顔が青くなる。
(脅しすぎたか?いやそんな事はないか。
今頃欧州一危険な男と腹の探りあいをしている辻ならもっと脅していたかもな。
それに今後の事を考えると下手な陰謀を考えない程度に脅せるだけ脅すのがいいしな)
嶋田がこう考えたのには、
【原作】におけるゾルザルの暴発、
さらには閉門後のモルト皇帝最後の足掻き、
などなどのイベントが発生する可能性をを少しでも下げる事を考慮していた。
「さて、必要な費用や細かい内容の詰め合わせは、
後に担当者と共に話し合っていただきたいと考える。
今回議会と陛下から信任を受けた私が来たのは、今後の顔合わせのためです」
通常交渉の仲介役との会談で態々内閣総理大臣である嶋田が出張った理由はそれにあった。
今後交渉を継続していく中で顔を覚えてもらう、というのは極めて重要なことだ。
さらには相互理解を促進し、こちらから踏み込むことで講和の早期妥結を狙っていた。
…ついでに自分自身の目で【原作】キャラを確認したかった、という個人的な理由が嶋田にあったが秘密である。
『…つまりは殿下には早期にダイニホンテイコクに来て頂きたい、と?』
「ええ、そうです。
お互い早い段階で終わらせた方が何かと楽でしょう」
当初から帝国で言う所の宰相が会談して来た意図を読んだハミルトンの確認に嶋田が頷く。
『楽、ですか?いっそ帝国を滅ぼした方が楽なのでは?
それとも、滅ぼすことが出来ない事情でもできたのですか?』
『ちょーー!ハミルトンの姉さまーーーっ!!?』
ハミルトンの予想外の皮肉にシャンディーが白目を剥く。
(若いなぁ……)
だが嶋田は彼女の表情や目つきから余裕の無さを読み取り、
そして経験の浅さ見て自分が歳を食ったことをつくづく実感する。
しかし同時に怖気のしない発言に流石殿下の秘書となる人材だと内心高い評価を下す。
「ああ、その通り。
我々には貴方方を滅ぼす理由が無い、
何せ滅ぼした所で苦労を強いられる上に金にならないゆえに」
『金にならない…?』
『……?』
嶋田の「儲からないから滅ぼさない」という発言に首を傾げる2人。
彼女達の常識からすれば国を滅ぼせば、その国が有していた富を戦利品として略奪し、
その国の人民を奴隷として使えるため儲からない、という言葉に首を傾げた。
(ああ、これが略奪で富を築く中世的国家と、
戦争が割に合わなくなりつつある近代国家との世界観の違いだな。
今時古のイギリスみたいに国営の海賊行為で富を築き上げることなんてできないし)
特地の人間が考える戦争について辻と議論を交わした際に出た経済談話を思い出す嶋田。
「とはいえ、賠償金や領土の割譲については覚悟して頂きたい。
もしも交渉の最中に不誠実な行いをすれば…我々にも考えがある、と言っておこう」
『うっ……』
嶋田の威圧を込めた言葉に予想されていたし、
覚悟していたとはいえ改めて突きつけられた言葉に萎縮するシャンディー。
『しかし現段階ではダイニホンテイコクを知ろうとしている人間はピニャ殿下のみ。
殿下が責任を負わざるを得ない真似をすれば貴方方にとっても不利益であると表明します』
しかしハミルトンはこれは嶋田の牽制である事を見抜き、
講和への窓口はピニャ殿下しかおらず、もしもピニャが責任を負わざるを得ない状況を作れば交渉がどうなるか?
そうすれば日本が望む講和の早期妥結は遠のくであろう、と逆に牽制の言葉を投げかけた。
(わざと威圧したが…ふむ、これは一本取られたな
まだ荒いが俺の独裁者な威圧モードにも屈せず切り返すとは…やはり原作キャラは原作キャラか)
嶋田がそう言葉にせず呟く。
もしもここで萎縮すればさらに畳む込むつもりであったが、
講和が遠のくことを示唆したハミルトンの切り返しに賞賛を送った。
(何にせよ、もう少しだけ会話をしてみるか。
原作では読みきれなかった事情やらを聞きたいところだし)
辻も頑張っているし、
そう決意すると嶋田はハミルトン、シャンディーとの会話を続けた。
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