栄光の代償・元艦娘たちが語る対深海棲艦戦争(GHK出版新書)
深海棲艦との戦争を終えて戦後22年。
元「長波」がかつての仲間の元を訪ね歩く。
そして語り合う当時の思い出ですが・・・。
ハッキリ言って全体的に暗い、重い、グロイ、エロいの4拍子が揃っています。
明日をも知れぬ命ゆえの男娼の存在について語ったSSなど他にはありません。
またノミ、シラミ、ウジに集られ生きるために虫をも食らう地獄の地上戦。
犠牲になる民間人、そして長引く戦争で疲れ切る艦娘達・・・。
容赦ない描写と設定もさることならば、
作者自身の持ちネタの多さで「艦〇れ」という曖昧な世界観を補強し、読み応えのある作品に仕上がっています。
ぜひ見てください。
「空き缶やら飯盒の蓋やら、液体を入れられるもんなら片っ端からかき集めて、重傷艦娘の枕元に置いてった。
わたしも手伝った。で、軍医がヤカンでミルクを注いでいく。傷の痛みでうめくのに精一杯で気にも留めない奴、
“これが人間のすることですか”って泣き叫ぶ奴、悲運に咽び泣く奴。いろいろいたよ。
くだんの手足がない長波にも入れ物を配った。その長波は、裏切り者をみるような顔をして、わたしにいった。
“日本のためにって煽られて、こんなくそみたいな島で捨て駒にされて、それでも一所懸命に戦ってきたあたしたちに、こんな仕打ちをするのか。
なにが日本だ、なにが日本海軍だ”。それから顔をくしゃくしゃにして、懇願した。
“なあ、おまえも長波だろ、一緒に連れていってくれよぉ”。
わたしは気がついたら壕から逃げ出してた。あいつにない足を使ってね」
この頃からジャムは雨季に入った。例年より遅れたぶんを取り戻すように篠突く豪雨が続いた。
突風も吹いて雨はしばしば横殴りになる。砲撃で荒れ果てた山は保水力を失っていて泥の流れを生み、
道路は泥河と化した。ずぶ濡れになりながら、あるいは泥まみれになりながら、五万の兵が撤退をはじめた。
さながら都落ちのような光景だった。
野戦病院の撤退は輪をかけて悲惨だった。泥の海に足をとられる。
開いた傷に泥が入る。足もないのに這って随ついてくるものがいる。
五体満足だが体力が尽きて泥に沈んでいるものがいる。
「だれか、助けてください。この艦娘さんはまだ戦えます」。
従軍看護婦が半死半生の艦娘に肩を貸しながら叫ぶが、だれも耳を貸さない。
看護婦は重さに耐えきれず艦娘ともども倒れてしまう。そのそばを元長波は歩いていく。
何度も振り向く。手足のない長波が撤退の列にいないかどうかを確かめるために。
荒天によりさしもの敵も偵察機を飛ばせない。それを狙っての雨中撤退作戦だったが、裏目に出た。
深海棲艦は石油精製の過程で脱硫のために水素を必要とする。海でなら海水というかたちで無限に水素を補給できるが、
陸上では水源を確保するか体内に貯蔵した水に頼るしかない。
陸上の深海棲艦が無補給で活動できる限界はおよそ九十六時間とされている。
そろそろ第一線の深海棲艦は水が枯渇しはじめる頃合いだった。
そこへ一週間以上ものあいだどしゃ降りの雨が続いたのである。
深海棲艦の追撃に拍車がかかることになった。
「もしかしたら、深海棲艦はジャムが雨季に突入する時期を見計らって上陸したのかもしれません」
元朝潮が呟く。元長波は「かもな」と同意する。32軍は賭けに負けたのだった。
「六〇〇〇人。この数字がなんだかわかるか?」
「自決した重傷艦娘の数、でしょうか」
「そうだ。わたしたちが、いや、わたしが見捨てた艦娘の数だ。
いまからタイムスリップでもすれば、みんな助けてやれるんだろうけどな」
益体もないことを二十数年も考え続けている。
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