イスラーム勉強会ブログ

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預言者伝83

2015年02月06日 | 預言者伝関連
247.列を成して立つ信徒たちへの最後のまなざし:
  アブーバクルは人々を引率して月曜日まで礼拝していました。その日、信徒たちは列をなして黎明の礼拝を捧げていた時。アッラー使徒(アッラーの祝福と平安あれ)がお部屋のカーテンを上げて、信徒たちを眺めました。信徒たちが主の御前に集団で立っている姿を。そしてご自分が植えた宣教と聖戦で成った果実、預言者がいる、いないに関わらず礼拝を遵守する共同体の誕生を。彼の目は確実にこの素晴らしい光景と彼以前の預言者や宣教者に与えられなかった成功に喜びを得ました。またこの宗教と至高なるアッラーへの崇拝がいつもつながっていて預言者が死んでも切れることがないことに安堵しました。喜びで心がいっぱいになっていることはアッラーのみが御存知です。その顔からは光が発せられていました。教友たち(彼らにアッラーの御満悦あれ)は言いました:
「預言者様(アッラーの祝福と平安あれ)がアーイシャの部屋のカーテンをめくられて、立っていた彼はわれわれを見ていらっしゃいました。お顔は清らかでした。そして微笑まれてから、笑われました。そんな彼を見たわれわれは喜びのあまりどうかしてしまうのではと思ったほどでした。また預言者様(アッラーの祝福と平安あれ)が礼拝にお出になると思ったのですが、お前たちの礼拝を終わらせなさい、とわれわれに合図なさってから、カーテンを戻されて、その日のうちにお亡くなりになりました。」(アル=ブハーリー)

248.墓崇拝と墓をマスジドにすることの警告:
  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)が最後に話された言葉:
「アッラーがユダヤ教徒とキリスト教徒に死を与え給いますように。彼らは彼らの預言者たちの墓をマスジドにした。アラブの地に2つの宗教を残したままにしてはならない。」(アル=イマーム・マーリク)

  アーイシャとイブン・アッバース(アッラーの御満悦あれ)は言いました:
アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)に病のしるしがあらわれると、小さい布を顔面に投げかけました。苦しくなるとそれを顔からよけて、「アッラーがユダヤ教徒とキリスト教徒に死を与え給いますように。彼らは彼らの預言者たちの墓をマスジドにした。」と言われて、彼らの所業を警告されました。(アル=ブハーリー)

249.最後の遺言:
  アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)に死が訪れたときの全般的な遺言は、「礼拝を。そしておまえたちの右手が所有するものを。」でした。この遺言で胸からがらがらと音がするほどでしたし、舌が溢れ出そうになるほどでした。(アル=バイハキー、アハマド)

  アリー(アッラーの御満悦あれ)は言いました:アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)は礼拝と喜捨と右手の所有するものについて遺言しました。

  アーイシャ(アッラーの御満悦あれ)は言いました:私が彼を見舞いに行くと、彼は目を空に向けて、「上方におわす親しき御方のもとに、上方におわす親しき御方のもとに。」とおっしゃいました。

  またアブドゥッラハマーン・イブン・アビーバクルが入室しました。その手には柔らかなナツメヤシの葉があり、アッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はそれを見ておられたので、私は彼がほしがっているのだと思い、それを取り、振って、彼(アッラーの祝福と平安あれ)に手渡しました。彼(アッラーの祝福と平安あれ)はそれを使って丁寧に口内を清掃されてから、私に手渡そうとしたのですが、彼(アッラーの祝福と平安あれ)の手から葉は落ちてしまいました。

  彼女は次のようにも言いました:彼(アッラーの祝福と平安あれ)は水の入った桶をお持ちで、手を水の中に入れて、顔を拭いて、言われました:「アッラーのほかに神はなし。まことに死には苦しみがある。」そして左手の指を拡げて:「上方におわす親しき御方のもとに。上方におわす親しき御方のもとに。」と亡くなって水の中で手が傾くまで言い続けました。

  アーイシャは次のようにも言いました:病に苦しんでおられたアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)はその頭を私の膝の上に置いていました。しばらくの眠りから覚めると、部屋の上部に視線を向けて、「おっしゃいました:上方におわす親しき御方のもとに。」とおっしゃいました。これがアッラーの使徒(アッラーの祝福と平安あれ)が最後に口にした言葉です。

(参考文献:「預言者伝」、アブー・アルハサン・アリー・アルハサニー・アンナダウィー著、ダール・イブン・カスィール出版、P401~402)