古今亭志ん生の噺、「夕立勘五郎」(ゆうだちかんごろう)によると。
「今夜は何だい?浪花節?ふーん。侠客語りの名人だ?名前は何てんだ?赤沢熊造?あんまり聞かねぇな。まあ、いいか」 。
兄貴と連れだって、横町の寄席へ二人連れ。
「今出てきたのは上手かったね。今度、出て来るのが、赤沢熊造先生かい?
誉めてやろう、おお、出て来たよ、あれかい、顔は上手そうだなぁ」。
出てきた先生「(咳払い)え、あーあー、あーあー」、
「まるでカラスが子を取られたようだね」 、
「黙っておいでよ」 。
「♪あー、一席(うっせぇき)うかぎゃーますで、
夕立勘五郎(ううだちきゃんごろう)の一席」、
「なんだこれは」、
「黙ってお聞きよ」。
「♪明日(あし)有りと思う(おめう)心(こけろ)の仇桜(あだざきぃら~)、
夜半に(ぬ)嵐(あらす)の吹かぬもの。
人(すと)死(つ) んで名を残(おこ)し、虎死(つ)んで皮残すぅ。
こけぇ伺う一席(うっせき)はぁー、夕立勘五郎(ううだつきゃんごろう)、
えかがなります時間(ずかん)までぇ~。
侠客(こうかく)むずかすぅ商売(しょうびゃぁい)はねえ。
どぉーむずかし~かというと、度胸(どけぇ)てえものが良くなければなんねぇし、
人(すと)の為には身命(ちんめい)を投げ打たなければなんねぇー。
上州(ぞうしゅう)国定(くぬさだ)村の忠治(つーず)、
大前田英五郎(おおみゃーだやーごろ)、
清水湊(つむじゅみなと)の次郎長(ずろちょー)
なんどはいい侠客(こうかく)だが、
こけぇ伺いまする夕立勘五郎(ううだつきゃんごろう)、
一人(へとり)でどうすてその運命(ぬんめー)の
名前(なみゃー)を取ったかってぇとぉ、
ある日の事に、勘五郎ぉ~、ぶんらり、ぶんらりこぇとぉ、歩いているとぉ、
はるか向より馬ぁ~駆けて来た。
皆、あぶにゃーからと逃げ込んだ。
なんであらんかと勘五郎が小手をかざして眺めると、
飛んでめえったこの馬は、松平(まつでぇら)公がえかく可愛がっていた
”夕立(うーだつ)”と言う馬。そけー、勘五郎抱え(かけー)こまんとしたから、
やられてはてえへん~~と、体(てい)を右や左にかわしていたけんど、
馬の股ぁ潜っといて、ゲンコ(ぎんこ)を固め、
馬の横っ面ぁ、はっくりかえしたら、ころりと死(ち)んだ。
なんてえらい力だんべぃ、この人(すと)が夕立(うーだつ)
というアダナをもらった初めであります。
この先やっておりますとお長くなるで、明晩まで、お預かりぃ~」。
「おい、驚いたね、これはひでぇ。先生!」 、
「なんだねぇ」 、
「この侠客は、どこの侠客だ」 、
「この侠客(こうかく)は、江戸(いど)の侠客、
夕立勘五郎(ううだつきゃんごろう)の生い立ち」 、
「江戸には、ううだつきゃんごろう、なんて居ない。
江戸の侠客は夕立勘五郎と言うんだよ。
『ぎんこ』ではなく拳固だ。ひでぇ訛りだなぁ。
こんな浪花節は聴いたことがない。もう聴きに来ない」 、
「アンタみたいな聞き分けない人は聴きに来なくてええわ」、
「『ええわ』だって。あんな夕立は有るもんか。さっき、
聞いているときに”ゾーッ”としちゃったぞ」、
「あれは聞いているときにゾーッとするもんだ」、
「なんで」、
「名前(なめー)が夕立(ううだつ)じゃねーか」。