三遊亭円生の噺、「安産」(あんざん)
女房が、子供が出来たと、亭主に耳打ち。
「そりゃありがてぇ、男か、女か」 、「生んでみなきゃ分からないやね」。
「いつ生まれるんだ、二、三日うちにか」、「そんなに早く行かないやね。来月が五月(いつつき)だから、おばあさんに頼んで、帯を締めてもらおうと思って」。
五月の戌(いぬ)の日を選んで、腹帯を締める。犬のお産は軽いから、それにあやかって、戌の日を選ぶんだそうで。足を達者にしたければ午の日締めても、家にとぐろを巻かせておきたければ巳の日に締めてもかまいませんが、月が経つに従い、お腹がふくれて来て、反対にお尻が後ろにせり出すと言う、横から見ると英語の「S」ってぇ字みたいになっちまう。
臨月になって、虫がかぶってくると、「ええ、生まれそうなのかい?すぐ、取り上げ婆さんの所に行って来るから」。と、急いで迎えに行った。
「・・・お~い、婆さん、いるかい?!」
「はい。どなたでございますか」 、「うちのカカァが生まれそうなんだ、すぐ来ておくれ」 、「これは、八っつぁんでございますか。まあ、それはそれは、おめでとうございます。こう言う事は、急いては事をし損じると申しますから、潮時を見て」。
”初産に亭主まごつく釜の前”とは良く言ったもんで、湯を湧かそうとして、薪と間違えて、ゴボウを火にくべたり、大騒ぎ。お婆さんの方は、潮時を心得てますから、落ち着いたもので、一町歩いては腰を伸ばしながら、休み休みやって来る。
「はい、ごめんなさい。もう、私が来たからには、親船に乗った気で」、「あぶねぇ親船だな。なに、何か持って来た?」 、「これは、今を去ること六十三年前、私が十八の年、奥州塩釜様安産のお札。これは水天宮様、戌の年戌の月戌の日のお札。梅の宮さまのお砂。成田山は身代わりの木札。これは能勢の黒札。これは寄席の木戸札」、「変なもの、持って来ちゃいけねえ」。
苦しい時の神頼みと言うやつで、亭主は一生懸命拝んでおります。
「南無塩釜様、粂野平内濡仏様、金刀比羅様、天神様、道陸神様、お稲荷様、何でもかまわねぇ良い神様、どうぞかかぁが安産をいたしますように、安産いたしましたら、お礼として、金無垢の鳥居を一対差し上げます」。
ビックリした女房は「ちょいとお婆さん、止めてくださいよ。金無垢の鳥居なんて・・・」、「よけいな心配をしなくても良いんだよ。こういう時は、いくらかはったりをかまさなきゃぇいけねぇ。金無垢の鳥居がもらえるとなれば、向こうだってご利益を授けらぁ、上手く生んで、後はしらばっくれる」。
ひどいヤツがあるもので、
そのうちに「おぎゃ~!」と言う産声で、生まれたのは男の子。
「ええ、男かい、ありがてぇなぁ。ちょいと歩かせろい!」 って、歩くわけはございません。
安産と言う、おめでたいお噺でございます。
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