【関西の議論】
地元で飛び交った「性的サービス」噂の真偽地元で飛び交った「性的サービス」噂の真偽
全国有数の日雇い労働者の町・大阪市西成区の「あいりん地区」で、若い中国人女性が接客する「カラオケ居酒屋」が増えている。3年ほど前から出店攻勢が続き、今や100軒近く。中国人女性の人懐こさや比較的安価で楽しめる手軽さが人気を呼び、〝あいりんのガールズバー〟として定着した。あまりに急激に増えただけに地元で不安が高まったのか、金遣いのいい太っ腹な客に対しては個室で「スペシャルサービス」が行われている-という真偽不明の噂も流れた。一方、生活習慣の違いなどから地元住民とのトラブルも目立ち、必ずしも歓迎されているとは言いがたく、関係者は街の行く末を懸念する。「日本一のスラム街」とまで揶揄(やゆ)される町に、中国人が進出する意図は何なのか。(矢田幸己)
流暢な日本語で接客
「いらっしゃいませ、どうぞー」
9月下旬の週末夜。大阪市西成区の萩之茶屋本通商店街の一角に並ぶ居酒屋ののれんをくぐると、4人の中国人女性が流暢(りゅうちょう)な日本語で迎えてくれた。奥行きがある店内はカウンター約10席に、4人掛けのテーブル席が一つ。なじみの客らしき男性たちがジョッキを傾けていた。
Yシャツにスラックス姿の記者を一瞥(いちべつ)した店のママという女性(26)から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「初めてですか」「どこから来たんですか」「仕事は何ですか」
普段、見慣れない客が来れば、警察当局や行政機関の出入りかと勘ぐってしまうらしい。やましいことがなかったとしても、だ。そう明かしてくれた。
一つ席を空けた左隣で、キャップ帽をかぶった小柄な男性(53)がカウンター越しに、アルバイトの中国人女性(23)の手をくすぐった。
「ダメ、ダ~メだってば」
自分のお気に入りという女性に注意されても、ほろ酔いの男性は何度か繰り返し、2人のやり取りを楽しんだ。
あいりんで長年暮らすという男性は、1年半前の開店当初から通い詰めているという。理由は「女の子のラベル(レベル)が高いから」。にやりと笑い、冗談めかしてこうも続けた。
「けどな、あいりんはもう中国人に乗っ取られてるようなもんや」
女性は阪大の留学生
店で働く女性は一体、どこからやって来たのか。
さきほど男性に手をくすぐられていたアルバイトの女性は、中国のとある省から大学留学を機に来日した。本人によれば、現在は大阪大大学院で環境学を専攻している。店で働き始めたきっかけなど、多くを語らなかったが、知り合いから、あいりんの居酒屋を紹介してもらったらしい。
ママは来日5年目。1年半ほど前から店を切り盛りしている。出身は「ウーロン茶で有名なところ(福建省)」。西成区内には住んでおらず、近隣区から店まで通っている。接客役の女性はいずれも日本の歌がうまいが、たいていは本国でも流れている曲でよく知っているのだという。
中国国内では、国民世論の不満をそらすために、中国共産党が「反日」を喧伝することもあるが、彼女らには日本人に対する偏見・侮蔑意識は感じられない。ママは言う。
「ここに来てくれるお客さんはみんな、いい人だよ」
かつてはぼったくり店も
萩之茶屋商店街や動物園前1番街・2番街(飛田本通商店街)、今池本通商店会などを歩けば、似たデザイン、文言の店看板が目につく。
「呑(の)んで、歌って、楽しんで-」。中国人女性の居酒屋では、客の多くは実は生活保護受給者か日雇い労働者だ。
西成区商店会連盟会長の村井康夫さん(64)によると、店は約3年前から増え出した。中国人が経営するあいりんの不動産会社が商店街の空き店舗を次々と買い取り、中国人コミュニティーの人脈で店の経営者を募ったのだという。
「店舗跡地の買い手が見つかれば、後継者不足に悩む商店街のにぎわいにつながる」と、村井さんのように歓迎する向きは少なくない。
ただ、中国人女性の居酒屋をめぐる〝悩みの種〟も尽きない。
色気をちらつかせての客引き行為、大音量のカラオケ、ごみの不始末…。今池本通商店会協同組合理事長の岸本人志さん(66)は「中国人女性の居酒屋は規範意識が乏しい。やりたい放題だ」と嘆く。かつては酔客相手に堂々と料金をぼったくろうとする悪質な店もあった。
カラオケから漏れる音に関しては、費用面での問題からか、ほとんどの店は防音ドアでなく、単なるガラス戸。客さえいれば、明け方近くまで営業を続けるらしく、とりわけ騒音は頭の痛い問題だという。
岸本さんは「注意しても都合が悪くなると、『ニホンゴ、ワカリマセン』。月々の商店街会費(約5千円)を払わないぞ、といわれたこともあった」と明かす。
性的サービスは確認されず
そんな状況でも地元関係者は「最悪のケースはなかった」と胸をなで下ろす。一部では「中国人女性の居酒屋が性的サービスを提供する『個室』として使われているのではないか」とする根強い懸念が当初からあった。とはいえ、現時点では、そうしたサービスは確認されていない。
「きれいで若い女性も多し、閉店後、常連客だけに…ということもあるのかと思った」(動物園前2番街で商店を営む男性)。わずかな期間で急激に増えただけに、地元住人がうがった見方をするのも無理はないのかもしれない。
ただ、中国人女性の居酒屋によって街並みが激変したことを懸念視する向きは少なくない。今後については「コミュニケーションを取りながら、地道に信頼関係を築いていくしかない」(岸本さん)のが実情だ。
生活保護受給者狙い?
行政や警察も見過ごしているわけではない。
9月には、大阪市環境管理課や市保健所が、管轄の大阪府警西成署と合同で87軒への立ち入り検査を実施した。店員の在留資格を含め明らかな法律違反はなかったが、騒音・衛生面から指導を継続するという。
あいりんでなぜ、中国人女性の居酒屋が爆発的に増えたのか。
府警としては今ひとつ理由をつかみきれていないが、「(生活保護)受給者相手の営業なら、食いっぱぐれることはなく、一定の売り上げが見込めるからではないか」との見方が浮上している。
西成区によると、あいりんの生活保護受給者は約8800人(平成26年度)。多くは日雇い労働者としてあいりんを拠点に汗を流しながら、高齢で今は働けなくなった人たちだ。
彼らからすれば、酒が飲めて若い女性が接客してくれる場所は、「オアシスのような存在かもしれない」(同署幹部)。
中国人の「先行投資説」
あいりん事情に詳しい男性は別の見方を提示する。それは、将来を見据えた中国人による「先行投資」なのだという。
大阪市による観光戦略構想の中で、あいりん区域は外国人観光客の誘客に向けた「国際ゲストハウスエリア」に位置付けられる。
大阪・ミナミやキタの中心部へのアクセスも良く、宿も低料金なため、近年は海外から訪れるバックパッカーの姿も目立つ。男性は「天王寺・阿倍野の『動物園エリア』を核とした再開発へ進む可能性も十分考えられる。従来の利便性の良さに加え、地価上昇もあり得る」と説明する。
上昇の機会を中国人がたんたんとうかがい、ある時期を狙って一気に売り払うのではないか-。これが男性の見立てだ。
もはや、あいりんにとって良くも悪くも存在感を飛躍的に増した中国人。西成区商店会連盟会長の村井さんは期待を込めて言う。
「一緒に地域を良くしてくれるような、そんな存在であってほしい」