貧乏父さん奮戦記

早く「金持ち父さん」へ改名したいのですが・・・。

ヤジキタ珍道中

2008年05月02日 | 日記・エッセイ・コラム

夢に見たアメリカを体感した私は、帰国後すぐに次の行動を開始する計画を胸に秘めていた。2度目のアメリカを実感する為に、ひたすら貯金することに専念するという信念が既に出来上がっていたのである。一度訪れた人でそのままアメリカに居ついた人がたくさんいると言う話を聞いて、まさに私もその気持ちが痛いほど分るのであった・・・・。まさかそんな展開?になろうとは誰も予想しなかったのである・・・・・。

ロスの空港でお別れの時「今度来るときはクリスマスに来なさい」という恩人の言葉に「11ヵ月後には又来ますので宜しくお願いします」と挨拶し、意気揚々とカウンターで登場手続きをする私でした。「ハ~イ!」と笑顔でチケットを受付の美人に手渡した私は、キーボードを叩いて、モニター画面を見る姿を見つめていた。「OK」と言われて搭乗手続きが簡単に済むと思った私は、こちらを見て英語で話しかけてくる美人に一瞬のうちに固まってしまったのです。「・・・・・・・・・・・」何を言っているのか分らないどうしよう?急いで廻りを見渡し、見送りに来てくれた恩人を探すのでした・・・・・。その時は完全にパニックに落ちていた私は、「ちょっと待ってください。日本語分りますか?」と言うのがやっとでした・・・・。ようやく恩人の顔を見つけ「すみませ~ん!助けてください!」と大きな声で手を振り助けを呼ぶ私・・・・・・。

トラブルの原因は、飛行機の搭乗者リストに私の名前が載っていないので、乗せられないと言っているということでした。私はその事を聞いた時、頭の中が真っ白になりました。気を取り戻した私は美人の目をしっかりと見て「5日前に電話をして、リコンファーメーションをやったのに、私の名前がないのはおかしい。この飛行機に私は乗らないといけないのだ!乗せてくれ!」と日本語でまくし立てるのであリました。美人は隣にいる恩人に英語で何か話しかけ、幾つかのやり取りの後、飛行機に乗ることが出来たのですが「まだまだ英語の勉強が足りない」と痛感した私でありました。私の頭の中には「このままアメリカにいるのも悪くはない」という考えがよぎったのは言うまでもありません。

実はロスにたどり着く前、ホノルル空港で乗り継ぎ手続きをしている時にも私は、税関を通り抜けて荷物を受け取ってしまいました。誰も来ないのはへンだなと思っていると飛行機で隣に座った外人さんが乗ったバスが通りすぎるのを見て立ち止まってしまう私でした。走り去ったバスに視線を釘付けにしたまま、頭の中で今の状況を理解するように脳みそがフル回転で動き出す。導き出された結論は、このままだとロスにたどり着けないと言うことだった・・・。暑いホノルルの気温の中で、海外1人旅の寂しさに身も凍る思いでした・・・。

スーツケースを持ち急いで搭乗手続きカウンターに行き、チケットを見せてとにかく思いつくだけの英語の単語を並べ、「私は、ロスに行きたいのだが間違ってここにいる」と話す。なんとか意味が通じて搭乗手続きを済まし、出発ゲートを教えてもらい安堵の表情を浮かべる。急に喉が渇き、ホノルルの暑さをじかに肌で感じることが出来ました。スーツケースに付けられた、ハワイ税関を通過した証明の鮮やかなオレンジのタグは、やけに眩しかったことを覚えています・・・・。

スヌーピーは、そんな21年前の記憶を鮮やかに蘇らせてくれたのです・・・。きっかけは大切にしないといけないと気がつかせてくれました。私の奮戦まだまだ続くのであります・・・・・。

今朝も5時50分起床、早起き5時台自己記録更新中!!

コメント
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