Yacht BrisaⅡ 日記

北海道の田舎暮らしで家庭菜園とヨット「BrisaⅡ(Catalina28 Mk2)」を楽しむ爺のぐうたら日記

うらかわ・産業まつり&トロッコまつり

2024年09月30日 | ご近所おさんぽ

9/29(日)、「うらかわ産業まつり」と「うらかわトロッコまつり」が開催されたので、家内と二人で出かけてきました。

「うらかわ産業まつり」は浦河町役場正面駐車場を会場として開催され、「秋サケつかみ獲り」や「いちごアイス早食い競争」等のイベントの他「野菜の袋つめ放題(参加料300円)」や「いちごパックつめ放題(200円)」等、沢山の売店が出て大勢の客で賑わっていました。

地元の定置網で獲られた生きた「秋サケ」のつかみ獲りには抽選で選ばれた30名の人がプールで泳ぐ鮭を捕らえようと盛り上がっていました。

近くでは「サケ稚魚すくい」、いや「メダカすくい」が子供達で賑わっていました。

最初は大人が「サケのつかみ獲り」で子供は「サケの稚魚すくい」かと思い「流石、漁業が盛んな町だと」感心しましたが、係の人が「メダカですよ!」と教えてくれました。

此処ではお昼用に「和牛串焼き」や「栗のおこわ」等を買って、近くの旧浦河駅で開催されている「うらかわトロッコまつり」会場に移動です。

昭和44年3月に大学進学のため、チッキで布団などの荷物を送って故郷を旅立った駅です。

確か浦河-東京都区内までの運賃は特急料金・青函連絡船2等乗船券・常磐線経由寝台特急料金等併せて片道6千円だったと思います。

中央線武蔵境で借りたアパート4.5畳の家賃が5、500円、電車の最低区間が20円、学食で一番高かった「特別ランチ」が110円と云う時代で仕送りは当初ひと月3.5万円でした。

既に廃線になって列車は走っては居ませんが、駅舎や跨線橋が残っています。

跨線橋に書かれていた「浦河駅」の表示は消され「駅」と云う文字だけが残っています。

この跨線橋は太平洋戦争のときにアメリカ戦闘機の機銃射撃を受けた跡が残っていますが、現在は渡る事が出来ません。

中学を卒業したときには「集団就職」で東京に向かう同級生を見送った「2番ホーム」の跡地と台風の時など波が打ち寄せていた「防波堤」の跡などが残っています。

僅かに残った650m程の線路を軌道エンジン付トロッコの体験乗車には大勢の人が列を作っていました。

わたしの子供の頃は「エンジン付」ではなく自転車のように「人力」で走るトロッコが保線区の作業移動に使われていました。

駅前にあった売店や食堂、旅館は既に無く駅舎隣にあった「日本通運」の黄色い建物も取り壊されて跡はありません。

子供達の賑やかな歓声の中で少しだけ郷愁に浸ってしまいました。

此処ではお昼用に追加で「十勝清水のローストビーフ丼」を買ってきました。

帰宅してから「和牛の串焼き」と「十勝清水のローストビーフ丼」を美味しく戴きました。

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