第五場 その3
酩酊の五郎を他所に美樹と隆文の争いは続いていた。
純子 「ねえ美樹ちゃん・・・」<o:p></o:p>
美樹 「ママ、誰を連れて来てもわたしは会いませんから」<o:p></o:p>
純子 「そんな意地をはるもんじゃないわよ」<o:p></o:p>
栄治 「そうだよ。お前だって言ってたじゃないか、訳を知りたいって」<o:p></o:p>
美樹 「ええ、お陰で知ったわ、自分の父親がホモだったって」<o:p></o:p>
栄治 「だからさ、それが離婚の原因だったんだよ。それはオヤジさんの性的な趣味の話で、お前が恐れている心の問題じゃなかたって事だよ。あいまいな事じゃなくてちゃんと理由があったってことさ」<o:p></o:p>
美樹 「そんな事で片付く問題じゃもうなくなったのよ。ママの話を聞いて一番先に何を思い出したと思う。母の背中。真夜中に誰にも見られないように台所の隅で声を殺して泣いていた母の背中よ。わたし、今までどこかで母にも落ち度があったんじゃないかって疑っていたの。バカよね。・・・・隆文、あんただってわかるでしょう、お母さんの気持ちが」<o:p></o:p>
隆文 「・・・ああ、分かる」<o:p></o:p>
美樹 「悔しかったのよ、情けなかったにちがいないわ。だから父は死んだ事にしていた。そんな母の気持ちを考えると・・父は実は生きていて最近亡くなりました、ついては遺品がありますので受け取って下さいと言われて、ハイそうですかってそれを受け入れる事ができると思うの」<o:p></o:p>
隆文 「でも、俺は知りたいんだよ」<o:p></o:p>
美樹 「結婚生活を自分の趣味を表立てて壊せる人だもの、子供の事なんか考える筈がないでしょう」<o:p></o:p>
栄治 「そこんとこは同感だな」
突然五郎が話に割り込んでくる。
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五郎 「僕の若い時の話だけど。
大町に『虎の穴』っていうその道の店があってさ、ドクさんって名物のマスターがいたんだよ。
その頃は僕もちょいと綺麗な顔をしていたから、その道の連中をソワソワさせてたりなんかしてね、面白かった。
でさ、そのドクさんが妻子持ちだったんだ。彼、完璧にそっち側の人間だったから僕も疑問に思ったから聞いてみたんだ、どんな結婚生活をしてるのってね。
そしたら、内緒にしてるんだって、仕事も何もかも奥さんは知らないんだって。
一応会社員って触れ込みで結婚したから、毎朝七時には家を背広姿で出掛けて、店の近くのサウナで一眠りする生活なんだってさ。
なんでそんな事までして結婚しなけりゃいけなかったのって聞いたら、親の為だって。世間体」
五郎の話を酔っ払いの戯言と相手にしない美樹。
五郎は照れ隠しの酔っ払いのマネをかなぐり捨て、真摯に説得する。
五郎 「あの当時、その道の世界は特別に特殊な世界でね。今みたいに大手を振って歩ける様なもんじゃなかったもんさ。だから小さい時から其の気があったとしても、それが当たり前なんて思わなかった。もしかしたら自分はおかしいんじゃないか、病気なんじゃないかって考えたもんさ。だから自分の内側から湧き出てくる欲望を殺して普通に生きようとしていた」<o:p></o:p>
純子 「そうだったね、男も女もあの頃はそうだった」<o:p></o:p>
五郎 「ドクさんも其の口さ。結婚して子供まで作ったけど、どうもいけない。奥さんは気立てが良くてやさしくて申し分ないし子供は可愛いんだが、どうも違うという気持ちがどんどん大きく膨らんでとうとう我慢できずに、なに、カミングアウト?それしたら、奥さんショック受けて、たちまち離婚騒ぎさ。ところがドクさん、離婚されるなんて爪の先ほども考えてなかったんだな。子供も居るんだし自分たちは愛し合ってる、変則的かもしれないがどうにか結婚生活は続けられると踏んでたんだ、ところがあっさり三行半だ。その上、親権まで取られた上に子供にも二度と近づかないって誓約書まで書かされて・・・可哀想な話さ」<o:p></o:p>
美樹 「・・・それでその人、子供の事は諦めたんですか」<o:p></o:p>
五郎 「そりゃしょうがないよね。三行半を突きつけられた時の勢いを見たら、当然子供にもホモの自分のことは話されている。そう思ったら、どの顔下げて子供の前に顔出せる?<o:p></o:p>
泣く泣く諦めたってさ。その後も僕の顔見りゃ子供の写真を出してその話になるんだ、一番楽しかったのは子供と一緒に『お母さんと一緒』を見ている時だったなあなんてね。そんなのが続いたもんだから僕も面倒臭くなってね、足が遠のいちゃってそれっきり・・・何のこっちゃって思ってるね・・・」
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五郎 「僕が言いたいのはね、美樹ちゃん」<o:p></o:p>
美樹 「(不承不承)ハイ」<o:p></o:p>
五郎 「情報、情報の事なのよ。情報を手に入れることなのよ。
その四谷の彼の件だってさ、別れてしまった子供達には彼の本当の気持ちは判らず仕舞いな訳よ、そうでしょう?」<o:p></o:p>
美樹 「ええ、そうですね」<o:p></o:p>
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