太郎 「なあ、光子」
光子 「!・・・・なにヨ」
太郎 「俺、お前と付き合うときに約束したよな、絶対に一
人前の絵描きになるって」
光子 「・・・ええ、そうね」
太郎 「俺はそれ以来ずっと前しか見てこなかった。脇目も
振らず自分の画業の事しか考えてこなかった。それは絵描き
の世界で一人前になる事が皆を幸せに出来る事だと信じてい
たんだ。・・・でも、お前は別れを切り出してきた。何で
だって思ったよ、せっかく一緒に暮らせるめどがついたの
にって。俺はお前に捨てられた、そう思った途端に俺は開き
直ったんだ。上等だ、もっとすごいが画家になってお前を見
返してやるってな」
光子 「そんな恨み言を言うためにここに来たの」
太郎 「・・・いや、そうじゃない。・・・ただ、あの時の
俺はそう思っていた事をわかって欲しいと思って・・」
光子 「分かってたわよ」
太郎 「・・・そうか」
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太郎 「最近俺も若い時と違って結構ガタが来てな、ああ、
俺もこういう歳になったのかって思い始めてたら、今度の病
気だ。初めて終わりというものがチラついたよ。うん、俺は
初めて立ち止まったんだ・・・」
光子 「・・で、どうだったの」
太郎 「うん、初めて自分の過去と対面していろんな事考え
たな」
光子 「どんな事を?」
太郎 「まあ、過去に関わった人の事とか・・・まあ、大部
分はお前との事だ。それと自分という人間」
光子 「どんな人間だった自分は?」
太郎 「ひどいもんだ。人を人とも思わない傲慢で、尊大
で、我儘で・・・俺の目の前にいたらぶっ飛ばしたくなるよ
うな嫌な奴だった。・・・そうだっただろう」
光子 「ええ、そんな所は確かにあったわね」
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光子 「あたしに赦して欲しいんだね」
太郎 「そうだ」
光子 「あたしを傷つけたから?」
太郎 「そうだ」
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光子 「結局、お互い望んでいたものが違ったの。あたしの
望みはあたしの力であんたを一丁前の絵描きさんにすること
だった。その為には何でもしようと思ってた。だからあんた
がようやく日展に入選した時、何だか一仕事終えた感じに
なったわ。でも、あんたはそこからもっと先の望みが生まれ
てたのね」
太郎 「まあ口にこそ出さなかったが、そうだった」
光子 「正直言うとね、あたしその先の事なんか考えてな
かったんだ。このままあんたが画家として生活できればあた
しには十分だったんだ。だからいきなりフランスに行くなん
て言い出すあんたの事が理解できなかった」
太郎 「まあ、そうだったろうな」
光子 「あんたがいきなりフランスへ行ってしまった時、つ
いていけないと思ったね、の人にはついていけないって」
太郎 「それで離婚を切り出したのか」
光子 「それだけじゃないわよ、母の事もあったし、いろん
な事が重なって・・・何よりあんたの目があたし達親子を見
てなかったことが大きかったね」
太郎 「そんな事は・・」
光子 「ないっていうの」
太郎 「・・・ないことは・・・ない」
光子 「まあ、どっちが良いの悪いのって話じゃないの。あ
たしにはあんたの我儘を包めるだけの度量がなかったの。今
考えりゃお互いに向く方向が違っちゃったんだから、歩きだ
したら離れるのは自然なことだった」
太郎 「・・・だけど俺は迎えに行ったぞ」
光子 「そう、迎えに来てくれたわね、あたしの都合なんか
お構いなしに。でもね、あんたに男の意地がある様にあたし
にも女の意地ってものがあるの。あたしにはだってプライ
ドってものがあるのよ。多分分からなかったでしょうけど
ね」
太郎 「・・そうか、俺は何も見えていなかったんだな」
光子 「だからってあたしに赦しを乞うのはお門違いよ。結
婚生活なんて二人で作り上げるものなんだから、別れちまっ
たらどっちが良いとか悪いとかはないよ。責任は五分五分」
太郎 「だけど俺は自分が悪かったんだって気付いたんだ。
だから・・・」
光子 「だから赦してほしいんだ」
太郎 「うん、そうだ」
光子 「赦しを得て、軽くなりたいんだね」
太郎 「そうかもしれない」
光子 「でも、してしまった過去は消えないんだよ」
太郎 「・・・まあ、そうだな」
光子 「それを分かって赦して欲しいんだね」
太郎 「そういう事だ」
光子 「だったらあたしはあなたを赦すことはできないわ」
太郎 「!!・・・そうか、そうだろうな」
悄然とする太郎。
光子 「(笑顔)その代わり、きれいさっぱり忘れてあげ
る」
驚く太郎、やがて笑みうかぶ。
微笑み合う二人。
太郎 「・・・すまん」
光子 「身体直して、バリバリ描きなさいヨ」
太郎 「うん、そうする:
第三場ー2に続く。
撮影鏡田伸幸
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