さて、第五場 土曜日・夕方 その三
大吉が友美に食って掛かったまではよかったが、友美の顔をまじまじと見た大吉の様子がおかしくなってきた。
友美の顔からも女だてらに大吉の恫喝に対抗しようとする闘志は徐々に消え失せ、その口から出た言葉は「村岡さん?」。
途端、詰め寄った大吉が一転しどろもどろになり逃げだしたのを友美が追うという意外な展開になるだね、これが。
そりゃ範子達は戸惑うよ、なんの事なのか判らないんだから。
少し落ち着き大吉と友美は近状を話し合う。
それとなく聞いてみると、友美と大吉は十年前、同じ建設会社の営業で同僚として働いていたらしいんだね。
それが十年前の会社の忘年会の事だ。
友美がチンピラ風の男三人に絡まれただんだ、その時見て見ぬふりを決め込む同僚たちを押しのけ助けたのが大吉だったんだそうだ。
そこまでは良かったんだが、チョイと行き過ぎてそのチンピラ達を傷つけて、つまり過剰防衛って奴だ。
その上その事で警察と揉めてしまった。
でも事情が事情だ。
本来ならよくやったと褒められるべき所だが、会社の対応は逆だったんだね。
警察沙汰になった人間が居たなんて言われると世間的に体裁が悪いって事ですぐに首になり、寮も追い出されたんだそうだ。
十年前と云えばまだ二十代だった大吉はすっかり人間不信の様な状態になり、友美の前から姿を消した。
友美は友美で、大吉を懸命になって庇ったが、会社のその後の大吉への対応をみて、すっかりいやになり会社を辞めたというんだ。
そして十年後、二人はソフィアの友美とスマイルマミーの大吉として再会したって訳さ。
実は友美はソフィアの社長と夫婦関係にあったんだそうだ。
大吉の件で、体裁だけを気にして社員を守ろうとしない大きな会社組織に疑問を感じて辞めた友美は、便利屋を立ち上げたばかりの現在のソフィアの社長と出会い一緒に始めたんだそうだ。
そして自分の営業のキャリアを生かし、ソフィアを株式会社にしていろんな便利屋と提携して大きく成長して来たんだそうだ。
興奮が鎮まり、それぞれの事情を呑み込んだ一同を前に、大吉は友美に言うんだね、「スマイルマミーをどうにかしようとするんだったら、俺は滝川さんと闘う事になる」ってね。
友美の答えは「ソフィア」はこの地区から手を引くというものだった。
友美にとって大吉は二つの意味で恩人なんだそうだ。
一つはチンピラから救ってくれた事、もう一つはあの事件が切っ掛けで会社を辞めた事で、今の旦那と会う事ができた事なんだそうだ。
大吉にしてみればただの切っ掛けだけで何もしてないんだから戸惑うのは仕方がない事なんだが、とにかく友美はそう思っているんだからね。
そんな訳で大吉のいるスマイルマミーの役に立ちたいと言い出すんだ。
戸惑っている恭子に、友美はスマイルマミーを株式会社にする為の手伝いをしてもいいと申し出るんだね。
躊躇している範子達に助け船をだしたのが一部始終を外野で見ていた明だった。
友美の気持ちが本心からの仲直りを望んでいる事を確かめた明は、手打ち式を提案し、こういう事は一気呵成しなければいけないと強引にその会場も設定しまう。
あれよあれよという間に明のペースに乗り会場に向かう一同だった。
六場に続く。
撮影 鏡田伸幸
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