1.はじめに
森林による地球温暖化を防ぐ力がにわかに脚光を浴びてきた。日本では、2010年前後に温室効果ガスの排出量を1990年比で6%(二酸化炭素換算)削減することを国際的に約束しているが、削減量の半分以上を森林による吸収に期待している。
しかし、森林の地球温暖化を防ぐ力は、光合成によって二酸化炭素を吸収するといった単純なことだけではない。森林に持つ本当の力を解き明かしてみる。
2.京都議定書における森林の位置づけ
1997年に、京都会議(第3回気候変動枠組み条約締約国会議)が開催された。京都会議では、森林(及び林業活動)を二酸化炭素の吸収源として位置づけ、削減目標に組み込むこととした。その後、2001年のマラケシュ合意で、各国の森林による二酸化炭素吸収量の上限値が定められた。日本の上限値は、1,300万炭素トンである。これは、基準年である1990年の排出量の3.9%に相当する(日本の削減目標は、基準年比6%である)。
主な他国の吸収量適用上限値は、ロシア3,300万炭素トン(基準年排出量比4.0%)、カナダ1,200万炭素トン(同7.3%)、ドイツ124万炭素トン(同0.4%)、フランス88万炭素トン(同0.6%)、スウェーデン58万炭素トン(同3.0%)である。日本は、他国と比べて、森林による吸収量を多く認められている。
さて、京都議定書における二酸化炭素吸収量の定義が難しい。全ての森林の吸収量を意味するものではなく、また新規に植林して増やした森林による吸収量を算定するものでもない。算定の対象となるのは、「1990年以降に人為活動が行なわれた森林で、①新規植林、②再植林、③森林経営の行なわれている森林」である。日本の場合、新たに森林にすること(新規植林及び再植林)ができる土地は少なく、実際には森林経営の行なわれている森林が算定の対象となる。森林経営とは、①(人工林の場合)整備・保全が行なわれていること、②(天然林の場合)保護・保全のための法的規制が成されていることである。
この吸収量の定義は、戦後の植林された伐採適期を迎えている人工林の間伐(あるいは伐採・再植林)を促すものである。つまり、低価格の輸入材に押され、停滞する国内林業に、地球温暖化防止という大義でのインセンティブを与える。
3.二酸化炭素収支からみた森林の力
本当のところ、森林の地球温暖化を防ぐ力はどれだけものであろうか。まず、地球上の二酸化炭素収支から森林の力を整理してみる。
IPCC吸収源特別報告書に示される地球全体での二酸化炭素収支(図1参照)では、化石燃料の燃焼とセメント製造により二酸化炭素排出量を年間63億炭素トンと算定している。これに熱帯雨林の破壊等の土地利用変化により排出16億炭素トンをあわせた79億炭素トンが、人為活動による二酸化炭素の排出である。大気中の濃度から計算される大気中の増加量は33億炭素トンである。この差46億炭素トンが、陸上や海洋の生態系による二酸化炭素吸収量である。陸上と海上の生態系による二酸化炭素吸収量は凡そ同程度である。
日本全体ではどうか。森林総合研究所では、1990年と2000年の林業センサスの森林面積から、森林の炭素蓄積量を算定している。この結果、日本全体の森林による炭素蓄積量は1990年で9億8千万炭素トン、2000年で11億8千万炭素トンである。この差の2億トンが、10年間で大気中から吸収した二酸化炭素の量である。日本全体の排出量は、約3億6,000万炭素トン(2000年度)であるから、国内森林の吸収量は排出量の5%強程度である。
また、筆者は、長野県飯田市及び周辺圏域で、二酸化炭素の収支を概算した。この結果、二酸化炭素の年間排出量は約40万炭素トンであった。これに対して、地域内の森林による炭素固定量は、10万炭素トン強である。この地域の森林面積率は85%(総人口は約18万人)であるにもかかわらず、人為活動による排出量は森林による吸収量を大きく上回るのである。
このように、二酸化炭素収支において、陸上の生態系(主に森林)による二酸化炭素吸収量は小さい訳ではない。しかし、化石燃料の燃焼等による二酸化炭素排出量を上回るほどのものではない。
4.伐採・更新による吸収量の増加
森林は、成長途上にある若い森と、林齢を重ね熟した森がある。厳密に言えば、森林による二酸化炭素の吸収量は、森林に蓄積された二酸化炭素の量の増分(=純生産量=現存量の増加量)であり、二酸化炭素の固定量とも表記すべきである。二酸化炭素の固定量は、光合成による二酸化炭素の吸収量から呼吸による放出量を引いた値である。
さて、植栽後の森林による純生産量(二酸化炭素の固定量)は、だんだんと増加し、一定期間後の最大になるが、林齢を重ねるとだんだんと減少し、やがて一定とな)。つまり、一定の林齢を過ぎると、森林による二酸化炭素の吸収量(固定-量)は低下するため、伐採・再植林を一定の周期で繰り返した方がよいことになる。
しかし、保護・保全の対象となっている天然林をむやみに伐採し、若返らせることはできない。そこで、伐採・再植林の繰り返しは人工林に留めて置くことが必要となる。
次に、樹種による二酸化炭素の吸収量の違いである。森林総合研究所によれば、1ha当たりの二酸化炭素の吸収量は、スギが最も多く、ヒノキの4倍、マツやカラマツ等の8倍程度の値となっている。広葉樹については、ヒノキよりやや多い程度。スギは成長が速いが、それだけ二酸化炭素の吸収量も多い。しかし、日本の森林を全てスギにすればいいというのは早計である。植栽される土地の条件(地質、気候等)によって、森林の成長量は異なり、どこでもスギが育つ訳でもなく、適所適材の樹種がある。
5.森林資源のライフサイクルの二酸化炭素収支
京都議定書における二酸化吸収量の定義では、伐採・再造林をした森林は二酸化炭素の吸収源と見なされる。では、伐採した後の木材は地球温暖化防止上、どのような意味を持つのだろうか。つまり、木材の伐採→製材等の加工→木製品としての利用→廃棄・リサイクル等といったライフサイクル全体において、二酸化炭素の収支はどのようになっているのであろうか(これをLCA(Life Cycle Analysis)という)。
1つの例として、「1m3の木材を炭化し、製造した炭を焼き鳥用に使用すること」を考える。まず、木炭の製造過程では、木材中の全ての炭素が木炭となるのではなく、一部は二酸化炭素等となり、大気中に逸散する。1m3の木材が0.25炭素トンであるとすると、そのうち約0.11炭素トンが逸散する。また、木炭を工業的に生産する場合、補助燃料として灯油を使用する。1m3の木材を製造するのに、約15Lの灯油を使用するとすると、0.01炭素トン分の二酸化炭素が排出されることになる。
さて、製造された木炭を焼き鳥用に使用すると、燃焼により全ての炭素が二酸化炭素等として排出される。つまり、木材中にあった炭素が全て排出されることになる。これに加えて、製造過程で灯油を使うことで、0.01炭素トン分を余分に排出してしまったことになる。これでは、せっかく木炭を製造しても、二酸化炭素を増やしてしまうことになる。
木材のライフサイクルの評価には話の続きがある。まず、木炭の製造、消費によって排出される二酸化炭素は、もともと木材が大気中から吸収したものを、大気中に返しているだけである。つまり、木材由来の二酸化炭素は、排出と見なさなくともよい(これをカーボンニュートラルという)。これを加味すると、木炭のライフサイクル全体で排出される化石資源由来の二酸化炭素は、灯油由来の0.01炭素トンのみである。
次に、焼き鳥用に木炭を使うことで、その分だけプロパンガスの使用量を減らしている。木炭によって代替されるプロパンガス由来の二酸化炭素排出量は0.05炭素トンである。これが、木炭による化石資源由来の二酸化炭素の削減効果である。
このように、木材のライフサイクルは、木材がカーボンニュートラルであるうえに、化石資源由来の燃料を代替する効果(代替エネルギー効果)が期待できる。また、木材由来の製品製造における燃料消費は、化石資源由来の製品製造の場合より少ないとされる。例えば、木造住宅は、鉄骨、鉄筋コンクリート住宅より、単位床面積当たりの製造段階に二酸化炭素排出量が少ない。これを木材による「省エネルギー効果」という。
6.森林の地球温暖化を防ぐ力の活かし方
これまでいくつかの切り口から記述した。これらの知見を踏まえ、森林と地球温暖化防止の関係、森林の活かし方を、次のように整理することができる。
① 京都議定書において森林が吸収源として位置づけられたが、日本の削減目標を達成するためには国内森林の整備・保全により、森林の吸収量を削減分として確保することが不可欠になっている。
② しかし、実際の二酸化炭素収支においては森林による吸収量は小さい訳ではないが、化石資源の消費による二酸化炭素排出を打ち消すほどのものではない。化石燃料の消費量を抑制することが最優先の課題となる。
③ 化石資源の消費を抑制する手段として、森林資源由来の製品による化石資源由来の製品の代替が効果的である。森林資源由来の製品は、持続可能な森林経営のもとでは、”カーボン・ニュートラル”であり、”代替による二酸化炭素排出削減効果”を発揮することができる。地球温暖化を防ぐ森の力の多くは、この代替効果にある。
④ 化石資源の消費量を抑制した状態において、地球温暖化の原因とならない物質やエネルギーを供給する源として、森林の役割がある。つまり、持続可能な社会経済システムは森林を基軸とした循環系が柱となって構築される。
補足1)
換言して強調するが、森林の新規整備、間伐等の手入れによる成長力の増大は二酸化炭素の吸収量を増大させるが、化石資源の燃焼による二酸化炭素排出量と吸収量のフロー収支をバランスさせればよいというものではない。既に大気中に多くの二酸化炭素が排出されており、それを木材の形で固定し直すこと、つまり森林における二酸化炭素ストック量を増やす手段として、森林の整備等を捉えることが必要である。
補足2)
大量生産・大量消費・大量廃棄型のライフスタイルとそれを支えるシステムの是正を行なわないと、森林の生産力を超えた循環量となり、森林減少を招くため、注意が必要である。森林は無尽蔵に再生しない。つまり、森林資源を活用して化石資源を代替していくとともに、森林における二酸化炭素ストッック量を増大させていくことが必要であり、そのためには既存スタイルの是正も考えなければならない。
7.おわりに
本稿のページ数の制約上、記述しきれなかった3点を記しておく。1つは、森林の持つ環境学習の機会提供機能である。特にかつて人の手の入った里山は、地球温暖化を防ぎ、持続可能な社会を考える体験学習の場として、重要な意味を持つ。
2つめは、森林の機能は地球温暖化防止の側面だけはないという点である。つまり、生物多様性の維持、健全な水循環の形成、景観形成、生活環境保全等といった多面的な機能を持つことが森林をはじめとする自然資源の特性である。人間勝手な都合により、森林の特定の単一機能のみを強調し、多面的な機能を損なうようなことがあってはならない。
3つめに、森林のライフサイクルにおける二酸化炭素収支を改善・向上していくためには、木材の調達、利用の仕方に配慮する必要がある。例えば、国産材の優先的利用、木材製品の長寿命化、廃材等のマテリアル・リサイクル、エネルギー回収等が、地球温暖化防止のために望まれる。この点については、当方で事務局を務めさせていただいた研究会「杜の会」(トヨタ自動車(株)の社会貢献活動)が取りまとめた報告書に詳しいので、参照をいただけると幸いである
(URL:http://research.mki.co.jp/eco/morinokai/index.htm)
(「大阪ガスエネルギー・文化研究所「CEL」Vol.67に掲載した原稿をほぼ原文のまま掲載)
(白井信雄:2004年2月)
森林による地球温暖化を防ぐ力がにわかに脚光を浴びてきた。日本では、2010年前後に温室効果ガスの排出量を1990年比で6%(二酸化炭素換算)削減することを国際的に約束しているが、削減量の半分以上を森林による吸収に期待している。
しかし、森林の地球温暖化を防ぐ力は、光合成によって二酸化炭素を吸収するといった単純なことだけではない。森林に持つ本当の力を解き明かしてみる。
2.京都議定書における森林の位置づけ
1997年に、京都会議(第3回気候変動枠組み条約締約国会議)が開催された。京都会議では、森林(及び林業活動)を二酸化炭素の吸収源として位置づけ、削減目標に組み込むこととした。その後、2001年のマラケシュ合意で、各国の森林による二酸化炭素吸収量の上限値が定められた。日本の上限値は、1,300万炭素トンである。これは、基準年である1990年の排出量の3.9%に相当する(日本の削減目標は、基準年比6%である)。
主な他国の吸収量適用上限値は、ロシア3,300万炭素トン(基準年排出量比4.0%)、カナダ1,200万炭素トン(同7.3%)、ドイツ124万炭素トン(同0.4%)、フランス88万炭素トン(同0.6%)、スウェーデン58万炭素トン(同3.0%)である。日本は、他国と比べて、森林による吸収量を多く認められている。
さて、京都議定書における二酸化炭素吸収量の定義が難しい。全ての森林の吸収量を意味するものではなく、また新規に植林して増やした森林による吸収量を算定するものでもない。算定の対象となるのは、「1990年以降に人為活動が行なわれた森林で、①新規植林、②再植林、③森林経営の行なわれている森林」である。日本の場合、新たに森林にすること(新規植林及び再植林)ができる土地は少なく、実際には森林経営の行なわれている森林が算定の対象となる。森林経営とは、①(人工林の場合)整備・保全が行なわれていること、②(天然林の場合)保護・保全のための法的規制が成されていることである。
この吸収量の定義は、戦後の植林された伐採適期を迎えている人工林の間伐(あるいは伐採・再植林)を促すものである。つまり、低価格の輸入材に押され、停滞する国内林業に、地球温暖化防止という大義でのインセンティブを与える。
3.二酸化炭素収支からみた森林の力
本当のところ、森林の地球温暖化を防ぐ力はどれだけものであろうか。まず、地球上の二酸化炭素収支から森林の力を整理してみる。
IPCC吸収源特別報告書に示される地球全体での二酸化炭素収支(図1参照)では、化石燃料の燃焼とセメント製造により二酸化炭素排出量を年間63億炭素トンと算定している。これに熱帯雨林の破壊等の土地利用変化により排出16億炭素トンをあわせた79億炭素トンが、人為活動による二酸化炭素の排出である。大気中の濃度から計算される大気中の増加量は33億炭素トンである。この差46億炭素トンが、陸上や海洋の生態系による二酸化炭素吸収量である。陸上と海上の生態系による二酸化炭素吸収量は凡そ同程度である。
日本全体ではどうか。森林総合研究所では、1990年と2000年の林業センサスの森林面積から、森林の炭素蓄積量を算定している。この結果、日本全体の森林による炭素蓄積量は1990年で9億8千万炭素トン、2000年で11億8千万炭素トンである。この差の2億トンが、10年間で大気中から吸収した二酸化炭素の量である。日本全体の排出量は、約3億6,000万炭素トン(2000年度)であるから、国内森林の吸収量は排出量の5%強程度である。
また、筆者は、長野県飯田市及び周辺圏域で、二酸化炭素の収支を概算した。この結果、二酸化炭素の年間排出量は約40万炭素トンであった。これに対して、地域内の森林による炭素固定量は、10万炭素トン強である。この地域の森林面積率は85%(総人口は約18万人)であるにもかかわらず、人為活動による排出量は森林による吸収量を大きく上回るのである。
このように、二酸化炭素収支において、陸上の生態系(主に森林)による二酸化炭素吸収量は小さい訳ではない。しかし、化石燃料の燃焼等による二酸化炭素排出量を上回るほどのものではない。
4.伐採・更新による吸収量の増加
森林は、成長途上にある若い森と、林齢を重ね熟した森がある。厳密に言えば、森林による二酸化炭素の吸収量は、森林に蓄積された二酸化炭素の量の増分(=純生産量=現存量の増加量)であり、二酸化炭素の固定量とも表記すべきである。二酸化炭素の固定量は、光合成による二酸化炭素の吸収量から呼吸による放出量を引いた値である。
さて、植栽後の森林による純生産量(二酸化炭素の固定量)は、だんだんと増加し、一定期間後の最大になるが、林齢を重ねるとだんだんと減少し、やがて一定とな)。つまり、一定の林齢を過ぎると、森林による二酸化炭素の吸収量(固定-量)は低下するため、伐採・再植林を一定の周期で繰り返した方がよいことになる。
しかし、保護・保全の対象となっている天然林をむやみに伐採し、若返らせることはできない。そこで、伐採・再植林の繰り返しは人工林に留めて置くことが必要となる。
次に、樹種による二酸化炭素の吸収量の違いである。森林総合研究所によれば、1ha当たりの二酸化炭素の吸収量は、スギが最も多く、ヒノキの4倍、マツやカラマツ等の8倍程度の値となっている。広葉樹については、ヒノキよりやや多い程度。スギは成長が速いが、それだけ二酸化炭素の吸収量も多い。しかし、日本の森林を全てスギにすればいいというのは早計である。植栽される土地の条件(地質、気候等)によって、森林の成長量は異なり、どこでもスギが育つ訳でもなく、適所適材の樹種がある。
5.森林資源のライフサイクルの二酸化炭素収支
京都議定書における二酸化吸収量の定義では、伐採・再造林をした森林は二酸化炭素の吸収源と見なされる。では、伐採した後の木材は地球温暖化防止上、どのような意味を持つのだろうか。つまり、木材の伐採→製材等の加工→木製品としての利用→廃棄・リサイクル等といったライフサイクル全体において、二酸化炭素の収支はどのようになっているのであろうか(これをLCA(Life Cycle Analysis)という)。
1つの例として、「1m3の木材を炭化し、製造した炭を焼き鳥用に使用すること」を考える。まず、木炭の製造過程では、木材中の全ての炭素が木炭となるのではなく、一部は二酸化炭素等となり、大気中に逸散する。1m3の木材が0.25炭素トンであるとすると、そのうち約0.11炭素トンが逸散する。また、木炭を工業的に生産する場合、補助燃料として灯油を使用する。1m3の木材を製造するのに、約15Lの灯油を使用するとすると、0.01炭素トン分の二酸化炭素が排出されることになる。
さて、製造された木炭を焼き鳥用に使用すると、燃焼により全ての炭素が二酸化炭素等として排出される。つまり、木材中にあった炭素が全て排出されることになる。これに加えて、製造過程で灯油を使うことで、0.01炭素トン分を余分に排出してしまったことになる。これでは、せっかく木炭を製造しても、二酸化炭素を増やしてしまうことになる。
木材のライフサイクルの評価には話の続きがある。まず、木炭の製造、消費によって排出される二酸化炭素は、もともと木材が大気中から吸収したものを、大気中に返しているだけである。つまり、木材由来の二酸化炭素は、排出と見なさなくともよい(これをカーボンニュートラルという)。これを加味すると、木炭のライフサイクル全体で排出される化石資源由来の二酸化炭素は、灯油由来の0.01炭素トンのみである。
次に、焼き鳥用に木炭を使うことで、その分だけプロパンガスの使用量を減らしている。木炭によって代替されるプロパンガス由来の二酸化炭素排出量は0.05炭素トンである。これが、木炭による化石資源由来の二酸化炭素の削減効果である。
このように、木材のライフサイクルは、木材がカーボンニュートラルであるうえに、化石資源由来の燃料を代替する効果(代替エネルギー効果)が期待できる。また、木材由来の製品製造における燃料消費は、化石資源由来の製品製造の場合より少ないとされる。例えば、木造住宅は、鉄骨、鉄筋コンクリート住宅より、単位床面積当たりの製造段階に二酸化炭素排出量が少ない。これを木材による「省エネルギー効果」という。
6.森林の地球温暖化を防ぐ力の活かし方
これまでいくつかの切り口から記述した。これらの知見を踏まえ、森林と地球温暖化防止の関係、森林の活かし方を、次のように整理することができる。
① 京都議定書において森林が吸収源として位置づけられたが、日本の削減目標を達成するためには国内森林の整備・保全により、森林の吸収量を削減分として確保することが不可欠になっている。
② しかし、実際の二酸化炭素収支においては森林による吸収量は小さい訳ではないが、化石資源の消費による二酸化炭素排出を打ち消すほどのものではない。化石燃料の消費量を抑制することが最優先の課題となる。
③ 化石資源の消費を抑制する手段として、森林資源由来の製品による化石資源由来の製品の代替が効果的である。森林資源由来の製品は、持続可能な森林経営のもとでは、”カーボン・ニュートラル”であり、”代替による二酸化炭素排出削減効果”を発揮することができる。地球温暖化を防ぐ森の力の多くは、この代替効果にある。
④ 化石資源の消費量を抑制した状態において、地球温暖化の原因とならない物質やエネルギーを供給する源として、森林の役割がある。つまり、持続可能な社会経済システムは森林を基軸とした循環系が柱となって構築される。
補足1)
換言して強調するが、森林の新規整備、間伐等の手入れによる成長力の増大は二酸化炭素の吸収量を増大させるが、化石資源の燃焼による二酸化炭素排出量と吸収量のフロー収支をバランスさせればよいというものではない。既に大気中に多くの二酸化炭素が排出されており、それを木材の形で固定し直すこと、つまり森林における二酸化炭素ストック量を増やす手段として、森林の整備等を捉えることが必要である。
補足2)
大量生産・大量消費・大量廃棄型のライフスタイルとそれを支えるシステムの是正を行なわないと、森林の生産力を超えた循環量となり、森林減少を招くため、注意が必要である。森林は無尽蔵に再生しない。つまり、森林資源を活用して化石資源を代替していくとともに、森林における二酸化炭素ストッック量を増大させていくことが必要であり、そのためには既存スタイルの是正も考えなければならない。
7.おわりに
本稿のページ数の制約上、記述しきれなかった3点を記しておく。1つは、森林の持つ環境学習の機会提供機能である。特にかつて人の手の入った里山は、地球温暖化を防ぎ、持続可能な社会を考える体験学習の場として、重要な意味を持つ。
2つめは、森林の機能は地球温暖化防止の側面だけはないという点である。つまり、生物多様性の維持、健全な水循環の形成、景観形成、生活環境保全等といった多面的な機能を持つことが森林をはじめとする自然資源の特性である。人間勝手な都合により、森林の特定の単一機能のみを強調し、多面的な機能を損なうようなことがあってはならない。
3つめに、森林のライフサイクルにおける二酸化炭素収支を改善・向上していくためには、木材の調達、利用の仕方に配慮する必要がある。例えば、国産材の優先的利用、木材製品の長寿命化、廃材等のマテリアル・リサイクル、エネルギー回収等が、地球温暖化防止のために望まれる。この点については、当方で事務局を務めさせていただいた研究会「杜の会」(トヨタ自動車(株)の社会貢献活動)が取りまとめた報告書に詳しいので、参照をいただけると幸いである
(URL:http://research.mki.co.jp/eco/morinokai/index.htm)
(「大阪ガスエネルギー・文化研究所「CEL」Vol.67に掲載した原稿をほぼ原文のまま掲載)
(白井信雄:2004年2月)