サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

気候変動適応策の検討に資する社会科学的アプローチ

2021年02月04日 | 気候変動適応

 気候変動(地球温暖化)が進行する中、温室効果ガスの排出削減を図る緩和策の最大限の実施ととともに、適応策の検討が活発化してきた。国内においては、環境省の「第四次環境基本計画」(2012年)に適応策が記述され、2015年11月には「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定、2018年12日には「気候変動適応法」が施行され、地方公共団体における地域の気候変動適応計画の策定が進められてきた。

 地域の適応策は、気候変動の地域への影響を評価し、適応策に相当する既存施策(潜在的適応策)と対照させたうえで、新たに実施すべき施策(追加的適応策)を立案するという手順で検討される。この適応策の検討においては、気候変動の地域への影響評価と将来予測において、自然科学の成果である専門知を起点とする。気候変動緩和策、廃棄物処理計画、大気汚染の防止等の検討においてもデータを用いるが、適応策のように自然科学的な研究に依存しない。

 このため、2018年12月に施行された気候変動適応法では、専門的な情報を収集し、地方自治体に技術的助言を提供する機関として、国レベルで国立研究法人国立環境研究所、地域レベルで地域適応センターを位置づけ、その役割を定めている。

 しかし、筆者は、政策の現場で適応策を具体化・実践していくうえで自然科学的アプローチだけでは不十分であり、それに社会科学的なアプローチを加えて、より文理融合・学際的に適応策を検討することが必要だと考えている。表に適応策の検討に必要となる両アプローチの特徴と内容を整理した。

 社会科学的アプローチは、自然科学的アプローチだけでは不十分な4点、すなわち、①社会経済面も含めた影響の全体解明、②とりわけ弱者の視点での影響評価、③構造的適応策(感受性の改善)の検討、③住民や事業者の参加の参加と学習(適応能力の向上)を補完し、強化する上で重要である。

 1つめの「社会経済面も含めた影響の全体解明」について、例えば、白井(2018)は、高温化による農産物の影響を捉える際、農産物の高温障害という自然科学的に捉える部分は断片に過ぎず、農家の経営への影響、農業者への心理的なダメージ・営農意欲の減退、農業の後継者不足の加速・離農の促進といった社会科学的な現象として全体像を捉える必要があることを指摘している。社会学、経営学、経済学、心理学等のアプローチも含めて影響を把握し、問題の全体像を踏まえた適応策の検討が必要である。

 2つめの「とりわけ弱者の視点での影響評価」については、IPCC第5次評価報告書WGII(2014)のFig SPM.1が関連する。同図は気候変動の影響が気候外力だけでなく、社会経済的な要因(すなわち脆弱性)に規定されることを示している。すなわち、気候変動の地域への影響は、あらゆる主体に公平に生じるのではなく、弱者に強く発生するために、弱者へのインタビュー調査やアンケートの属性別分析等により、弱者の視点から影響評価を行なうことが必要となる。例えば、高齢者の熱中症の多さ、経営基盤が弱い農家での気候災害の被害の深刻さ、医療基盤が弱い地域での熱中症患者対応の遅れ等のように、弱者の視点にたち、とりわけ弱者を支援するための適応策を検討することが必要である。

 3つめの「構造的適応策(感受性の改善)の検討」について、白井ら(2012)は気候変動の影響を規定する脆弱性を感受性と適応能力の2つの側面に分け、感受性の根本改善には、①土地利用・地域構造の再構築、②多様性や柔軟性のある経済システムへの転換、③弱者に配慮するコミュニティの再創造等の方法があることを指摘した。長期的な視点から適応社会を構想し、実現していくためには、気候変動影響に対する感受性の根本改善の視点を適応策の検討プロセスに持ち込む、社会科学的アプローチが必要となる。

 4つめの「住民や事業者の参加の参加と学習(適応能力の向上)」は、適応策立案の気候変動適応計画の立案において、利害関係者の適応能力を向上させる参加と学習のプロセスにより促される(Mcleod et al.、2015)。地域における気候変動適応計画の検討の場は行政内部での担当部署間の調整に留まっている場合が多い。このため、地域の住民や事業者が地域の気候変動適応計画の策定に主体的に関与し、それを通じた学習により知識と意欲等の適応能力を高め、行政による公助に過度に依存しない、自助・互助による適応策の自走を促すような社会科学的アプローチの実践、成果の共有が必要である。

 

参考文献:

白井信雄・中村洋・田中充(2018)「気候変動の市田柿への影響と適応策:長野県高森町の農家アンケートの分析」地域活性研究Vol.9

白井信雄・田中充・小野田真二・木村浩巳・馬場健司・梶井公美子(2012)「脆弱性の概念と気候変動適応における脆弱性の構造に関する分析」土木学会第40 回環境システム研究論文発表会,309-317.

Elizabeth Mcleod, Shawn W.Margles weis, Supin Wongbusarakum, Meghan Gombos, Angie Dazé, Agnes Otzelberger, Anne Hammill, Vera Agostini, Daniel Urena Cot & Mike Wiggins, 2015, Community-Based Climate Vulnerability and Adaptation Tools: A Review of Tools and Their Applications,Coastal Management Vol.43 Issue 4,439-458.

 


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