醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  517号  白井一道

2017-09-16 12:00:42 | 日記

 氷苦く偃鼠(えんそ)が喉をうるほせり

侘輔 「氷苦く偃鼠(えんそ)が喉をうるほせり」。この句には「茅舎レ買水」という前詞がある。岩波文庫『芭蕉俳句集』には天和二年、芭蕉39歳の時の句として載せてある。
呑助 「偃鼠」とは、なんですか。
侘助 ドブネズミのことだと思う。
呑助 芭蕉は自分をドブネズミと思っていたんでしようかね。
侘助 他人様のおこぼれにすがって生きていると実感していたんじゃないのかな。
呑助 芭蕉庵のあった深川では、井戸が無かったんですか。
侘助 井戸を掘ると塩水が出て来たんじゃないのかな。だから水は買うものだったみたいだ。
呑助 日本は水が豊かな国だと言われているが、江戸の海沿いの村では水を買って生活していたんですね。
侘助 「氷苦く偃鼠(えんそ)が喉をうるほせり」。この句を私は高校三年生の時に覚えたんだ。
呑助 国語の授業で教わったんですか。
侘助 そうなんだ。国語の教師が言った言葉を今でも覚えている。
呑助 何と言ったんですか。
侘助 芭蕉も二日酔いをしたんだろう。早朝、喉が渇いて氷をぶっかき水を飲んだだろう。酒が好きだったんだなぁー。こんなことを言ったのを覚えている。
呑助 深酒をした翌朝のことを詠んだ句なんですかね。
侘助 芭蕉にもこんなつまらない句もあるともその国語教師は言っていたかな。でも私はそれほどつまらない句だとも思っていないんだけどね。きっと悪酔いした酒を飲んだのではないかと考えているんだけどね。
呑助 どうしてそんなことが分かるんですか。
侘助 当時も今も安い酒をたくさん飲むと悪酔いすると思うよ。芭蕉が飲んだ酒は低アルコールの濁り酒だと思うんだ。少し飲んだだけでは、全然酔わないからどうしてもたくさん飲んでしまうと、悪酔いをするんだ。今だって三倍醸造酒を四合も飲めば二日酔いで頭が痛くなると思うよ。
呑助 そうですね。酸味料に甘味料、アルコールで薄めてあるんだから日本酒風味の酒が三倍醸造酒ですか。
侘助 氷が苦いというのは実感だったんじゃないのかな。悪酔いした後の水は口の中が苦いような気がするよね。
呑助 そうかもしれませんね。私はあまり経験がありませんから。
侘助 よく言うね。芭蕉は真冬の早朝、外の便所に行き、その帰りに水甕に張ってあった水が氷りついていた。その氷を柄杓で割り、水を汲んで飲んだんだろう。この水の苦さは実感であると同時に貧しさの中に生きる苦さのようなものをも表現していると思うんだ。
呑助 清貧に生きる道を自ら受け入れたんですよね。
侘助 そうなんだろうけれどね。でも山登りをしていて辛くなるとどうしてこんな山登りをしちゃったのかなと思っちゃうことってあるでしょ。やめとけば良かった。そんな気持ちを持つことあるでしょ。芭蕉も深川に隠棲することを肯定的に受け入れたんだろうと思うけれど、それでも前のように日本橋での豊かな生活をなぜ止めたのかとね。