かたつぶり角振り分けよ須磨明石 芭蕉
句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「かたつぶり角振り分けよ須磨明石」。「この境、[這ひわたるほど]といへるも、ここの事にや」と前詞がある。『猿蓑』に載せている。芭蕉45歳の時の句。
華女 「這ひわたるほど」とは、須磨から明石まではかたつむりが這って行けるくらい近いということでいいのよね。
句郎 その位近いということなんだろう。その近い所が遠い遠い思いをした源氏物語の一場面を芭蕉は思い出していたのではないかと注釈している人がいるんだ。
華女 『源氏物語・須磨の巻』ね。
句郎 そうなんだ。「明石の浦は、ただはひ渡るほどなれば、良清の朝臣、かの入道の娘を思ひ出でて、文など遣りけれど、返り事もせず、父入道ぞ、
[聞こゆべきことなむ。あからさまに対面もが]
と言ひけれど、[うけひかざらむものゆゑ、行きかかりて、むなしく帰らむ後手もをこなるべし]と、屈じいたうて行かず」とね。
華女 恋した娘が近くにいるのに受け入れてくれないのではないかと足が動かないということね。
句郎 近くて遠い須磨明石ということなんじゃないのかな。
華女 芭蕉はじっとかたつむりを見ているのよね。意を決して訪ねるのか、止めるのか、逡巡する気持、分かるわと言ってるということなのね。
句郎 そんな解釈はどうかなと思っているんだけど。
華女 「角振り分けよ」とは、どっちにするのと、いうことなのよね。
句郎 華女さんだったらどうするの。
華女 私ね、昔、好きになった人がいたのよ。その時、私どうしようかなと思ったの。私、意を決して彼の靴を黙って毎日磨いてやったの。彼には彼女がいたのを知ってはいたけど、我慢して毎日靴を磨いてやったら、彼の気持ちが私に向いてきたのよ。そうして彼をゲットしたことがあったわ。
句郎 へぇー、いろいろ男をゲットする健気なところが昔の若い女にはあっんだね。
華女 そうよ。昔の女は頼りになる男を得るには命を張るぐらいの気持ちがあったのよ。
句郎 「かたつぶり角振り分けよ須磨明石」。この句はいろいろな読み方ができる句のようだ。そのような句は名句というか、秀句なのかもしれないな。
華女 「須磨明石」という言葉からは夏の浜辺というイメージが浮かんでくるわ。今、気付いたわ。逡巡しているのではなく、意思をはっきりしろと励ましているということなんじゃないかしら。
句郎 私もそう思うな。芭蕉はウジウジした人間じゃないよ。意を決して決行するタイプの人だったんじゃないのかな。
華女 私もそんな気がするわ。
句郎 芭蕉のこの句は名句だと思うんだ。「かたつむり甲斐も信濃も雨の中」飯田龍太の句だ。飯田龍太は芭蕉の句をしっかり学んでいると思うんだ。
華女 「須磨明石」を「甲斐も信濃も」と言ったところに龍太の手柄があるということね。
句郎 カタツムリは雨の中、甲斐も信濃も雨の中。かたつむりが決まっている。動かない。芭蕉の名句が現代の名句を生んだ。
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