『イングリッシュ・ペイシェント』
人間性ではなく国籍だけで敵味方を区別する、
戦争という行為の愚かしさ
舞台は第二次世界大戦。飛行機を撃墜され、重傷を負った男(レイフ・ファインズ)はそのショックで記憶すら失ってしまう。
身元につながる唯一の手がかりは彼の話す流暢な英語のみ。
こうして彼は“English patient”――《イギリス人の患者》と呼ばれることになる。彼を献身的に介護する従軍看護婦のハナ(ジュリエット・ビノシュ)。
彼女は自分の愛する者、親しい者がみな死んでしまうことで我が身を「呪われた女」と思い込んでいた。
ハナの手厚い看護によって徐々によみがえっていく《イギリス人の患者》の記憶。
《イギリス人の患者》とは何者で、なぜこうした重傷を負わなければならなかったのか。
本作は《イギリス人の患者》のたどった数奇な運命を解き明かす上質のミステリーであり、
また《イギリス人の患者》とひとりの人妻との、出会う時と場所をたがえた悲劇的な男女の背徳的なラブストーリーでもある。
しかし、監督アンソニー・ミンゲラの志はさらに高い。
上質なミステリーと背徳的なラブストーリーという娯楽色豊かな衣装を借りて、きわめて普遍的なメッセージを語ろうとする。
それは、反戦映画という真摯な姿勢。
A・ミンゲラは娯楽性とメッセージ性が必ずしも対立する概念ではないことを本作で実証してみせた。
ネタを割りかねないのでこれ以上ストーリーに触れることは差し控えるが、ただ一点だけ、《イギリス人の患者》の国籍がハンガリーであることに留意したい。
つまり、連合国側の人間ではない。ただそれだけの理由が彼の命運を分けることになる。
人間性ではなく国籍だけで敵味方を区別する、戦争という行為の愚かしさ。
なぜ、人は国籍が違うという理由だけで殺し合わなければならないのか。
本作は僕らに問いかける。国境の無意味さについて。
ハンガリー人である《イギリス人の患者》は事故にあい身元を失うことで、イギリス人として扱われることになる。
国籍などもはや意味をもたない重症患者になることで、連合国側の人間として扱われることになる。この残酷なまでの皮肉。
すなわち『「イギリス人の」患者』という本作のタイトルにこそ、国籍ですべてを区別する戦争への痛烈な批判が込められていると言える。
そして「呪われた女」ハナが最後に愛する相手もまた、国籍とは関係ない。
人が人を愛する理由に国籍など問題ではないのだ。
ハナを演じたJ・ビノシュの母性的な魅力が作品全体を暖色系に染め上げる。
反戦映画でありながら湿り気を感じないのはそのためだろう。
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第27回goodシネマ予告 『イングリッシュ・ペイシェント』