こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ユトレイシア・ユニバーシティ。-【3】-

2021年11月15日 | ユトレイシア・ユニバーシティ。

 

 や、やっと執筆動機(?)について書けます♪(^^)

 

 書くことになったきっかけは、萩尾先生の『マージナル』を読んだことでした

 

 といっても、↓の小説は、ただの架空の大学施設が舞台になってる恋愛小説で、ジャンルとしてはSFでもなんでもありません(笑)。

 

 ただわたし、『マージナル』に出てくるメイヤードが大好きで、まあ読み終わったあと、色々考えておったわけです。彼が様々な遺伝病さえ抱えていなければ、ナースタースと結ばれていたんだろうなあ……とか、何かそんな感じのことなわけですけど。。。

 

 で、メイヤードは火星のクリュセ大出身ということだったので、最初は「メイヤード、どんな大学生活だったんだろう」とか、そんなことを多少妄想しておったわけです。ただ、メイヤード、きっと頭のいい人だったと思うんですけど、この頃にはすでにもう例の遺伝病のなんらかの異常が体に出はじめてたんじゃないかなと思うんですよね。。。

 

 なので、メイヤードがゴー博士に>>「わたしは平凡な一学生」と言ってるのは、そういう意味だったのではないかと……病気のことを気遣って、激しいスポーツなども出来なくなっていったのでしょうし、そんな中で勉強してたら、目立たない学生としてコツコツ単位とって卒業するしかなかったんじゃないかな、なんて

 

 また、ナースタースもクリュセ大出身なのか、それとも彼女は木星など、他の惑星にある大学へ通って卒業したのか……そこらへん、わかんないわけですけど、わたしとしてはせめてもメイヤードにめっちゃ楽しい大学生活送って、青春を謳歌していてもらいたいというのがあって――メイヤードの若い頃の大学生活&青春について考えていたところ生まれたのが、この「ユトレイシア・ユニバーシティ」だったというか

 

 でももちろん、ロイはメイヤードがモデルということではなく、ストーリー自体もまったく関係なく、完璧なオリジナル小説になりました。それでも、もしわたしが『マージナル』を読んでなかったら、この小説を書くことは絶対なかったというのは、ほぼ間違いのないところです(^^;)

 

 第一、いちいちこんな風に書かなかったらわかんないわけですから、どーでもいいっちゃどーでもいいことでもあるんですけどね(笑)。

 

 あ、あと、萩尾先生や竹宮先生のことに関しては、どうせここの前文に書くことそのうちなくなると思うので、自己満足文として、また色々書き綴っていく予定ではいます♪(^^)

 

 それではまた~!!

 

 

     ユトレイシア・ユニバーシティ。-【3】-

 

 ――このあと、枯葉の敷きつめられた、松かさが幾つも落ちている小径を歩く間、セオドア・ライリーは次のようなことを親友に話して聞かせたのである。

 

 微分積の講義を受けたあと、死ぬほど腹のすいていたテディはカフェテリアへ向かった。彼にとって無二の親友のほうは、スニッカーズ一本で昼食を済ませ、これからさらに単位を取る必要すらない文学部の講義を受けるつもりであるという。(しかも例のレズビアン教授による『フェミニスト講座』だって?酔狂にもほどがある)とテディは思ったが、これもまたアンブレラの君のせいらしいとわかっていたため、彼はロイと別れると、ひとりカフェテリアへ向かったのである。

 

 そこには、学生たちが整然と並んだテーブルに、グループごとに別れて雑然と食事する、いつもの光景があった。テディはダブルチーズバーガーとポテトを頼み、コーラをセルフサービスで紙コップに入れた。ハンバーガーのほうはマクドナルド並の速さでトレイの上に置かれている。

 

 テディはいつでも、休みなく自分の研究のことで頭を働かせているため――ひとりで食事をすることもまったく苦にならないタイプだった。けれどこの時は、華やかな女性たちに囲まれ、サンドイッチを食べているマイケル・デバージの姿に気づくと、そちらへ突進していったのである。

 

「ねえ、今ちょっといい?」

 

 かなり強引な形で会話の間に割り込むと、マイケル自身はもちろんのこと、彼の取り巻きらしい女性たちまでもがギョッとしたように驚いている。

 

「……ああ。もちろんいいけど、大事な話かい?」

 

「うん。ぼくにとっては死ぬほど大切な話。だから、ちょっと……」

 

 テディはきょろきょろすると、カフェテリアの隅の空いている席のほうを目で示した。そして言う。

 

「あっちのほうで少し、ふたりきりで話せないかな」

 

「そうか。わかったよ」

 

 女学生の何人かが「ちょっと、マイケル……」と、彼の腕に手をかけてきたが、マイケルのほうでは「またあとでな」と素っ気なく言って、テディが先に陣取った隅の席のほうへ移動したわけである。

 

「君、変わってるなあ。というか、本当に勇気があるんだな。で、話って?」

 

 マイケルはBLTサンドの最後の一口を口の中へ放り込むと、トレイの上にあったナプキンで軽く手を拭いている。

 

「あのキレーな女の人たちが、『何よ、あのガキ』だの、『どこの学部の一年坊よ?』みたいにぶうぶう言ってるのなら聞こえたよ。お兄さんさ、あんなのほんとに楽しいの?ぼくだったらたぶんそのうち、『たまにはゆっくりメシくらいひとりで食わせろっ!』とかって怒鳴っちゃいそう」

 

「はははっ!まあなあ。確かにそんなふうに思うこともあるさ。それに、俺だってあんなのが本当の『モテ』だなんてまるきり思ってない。もし俺がこれから何か小さな事件でも起こしてみろ。たとえば、実は麻薬のディーラーと関わりがあったなんていうその手の類のな。俺がユトレイシア大のクォーターバックっていう身分を剥奪されたら、もうそれきり誰ひとりとして見向きもしなくなるだろうさ。だからあんなのは、ほんとの『モテ』なんてものとは遥かに程遠い」

 

「お兄さんさ、美女は誰でもヨリドリミドリなのはわかるけど……誰かちゃんとした恋人っていないの?」

 

「そうなだなあ。ほんのちょっと前までいたんだがな。けどまあ、練習練習で忙しくて、デートもままならんみたいな生活が続くうち、いつの間にか振られてたよ」

 

「そっかあ。モテる男ってのは大変だね。お兄さんがその誰かと別れた途端、他の女たちが残飯を漁るハイエナみたいに群がってきたんだね……同情しちゃうよ」

 

 ここで、マイケルはぶっとコーヒーを吹きそうになった。さも愉快そうにげらげら笑いだす。

 

「俺はイタリア料理店の裏口横にあるゴミ箱かよ。まあ、いいさ。元々の俺ってのは、そもそもがそんなもんだ。で?俺に話ってのはなんだ?」

 

「お兄さんさ、あの時ラーメン屋さんにいたあのお姉さんたち……リズ・パーカーって人のこと、知らない?」

 

 マイケルはどことなく精神的な顔立ちをした青年だったが、この時だけ一瞬殺意にギラつくような目をして、テディのことを見返していた。テディのほうではダブルチーズバーガーを食べるのに夢中で、気づいてないようではあったが。

 

「リズか。もちろん知ってるさ。まあ、知ってるなんて言っても、変な意味じゃない。簡単にいえば幼馴染みなんだ。小さい頃、家が割と近くて……けどまあ、その後俺んちのほうが引っ越したんだ。兄貴が商売でヘマやらかして、家族全員頭吹っとばすぞ、なんて脅されてたもんでな。同じ場所にはもう住めなかった」

 

「それ、もしかしてマフィアかなんか?ドラマみたいだね」

 

 呑気にあむあむポテトを食べるテディを横目に見て、再びマイケルは笑いがこみ上げてきた。やはり彼もまた、ユトレイシア大の多くの学生を占める<いいところのお坊ちゃん階層>といったところなのだろう。

 

「まあ、俺の話なんかどうでもいいよな。で、数年離れて暮らしてたわけだが、びっくりしたことには去年、ここで再会したわけだ。学内であったハロウィーン・パーティで、俺はアイアンマンの仮装して、リズのほうではティンカー・ベルだった。お互いのことがわかるなり、大笑いしたよ」

 

「へえ。あのお姉さんがティンカー・ベルっていうのはわかるけど、お兄さん、アイアンマンやってたんなら、マスクしてて顔なんてわからなかったんじゃない?」

 

「いやいや、あんまり息苦しいもんで、マスクのほうは時々取ったりしてたのさ。あの時、ラーメン屋で俺の横にいたケネスな。あいつはスパイダーマンだったんだが、もろ変態そのものだったよ」

 

 その時のことを思いだしたのかどうか、マイケルは腹を折り曲げることさえして笑いだしている。彼はもしかしたら笑い上戸なのかもしれない。

 

「ああ、すまんすまん。リズの話だったな。それで、彼女の一体何が聞きたいんだ?」

 

 ここでテディは何故か、もじもじしだした。『親友が傘を返したいって言ってるんだけど、彼女には恋人なんているの?』と聞くというのも、なんとなくおかしい気がする。

 

「あの人、今誰かつきあってる特定の人なんているのかな?」

 

「えっ!?坊や、リズみたいのが好みなのかい?いやまあ、俺もそうしょっちゅう彼女に会うわけじゃないからなんとも言えんが……それでもまあ、今はいないんじゃないか。とはいえ、ボランティア部の連中の中にはリズ目当てで老人ホームだなんだと同行訪問しにいくけしからん輩もいるらしいからな。坊主も決して油断はできんぞ」

 

(まったく、あいつも罪な女だな。またこうして犠牲者が誕生するのか……)

 

 マイケルは内心そう思ったが、口に出してはあえで何も言わず、ただ首を左右に振った。

 

「違うよ。あのお姉さんを好きなのはぼくじゃないよ。それよか、そのボランティア部ってなに?ぼく初耳だな。大学内にそんな部があるの?」

 

「ああ、まあな。そういや、坊主はどこかの部に所属してたりするのかい?」

 

「そうだね。ロボコン部には一応所属してる。日本のマンガやアニメのオタクが多くて、ああいうのに出てくるロボットなんかを造るにはどうしたらいいかとか、ほとんど無益な議論に長い時間を費やしてるところだよ。そっかー、なるほど。リズ・パーカーには今、はっきりとはわかんないけど、たぶん恋人はいない、ボランティア部に所属してて結構モテる、と……よしよし、情報としては十分だぞ」

 

 テディはバーベキューソースでべとべとの口許をナプキンで拭うと、満足そうににっこり笑った。

 

「お兄さん、ありがとう。踏み板の下でサメみたいにお兄さんのことを狙ってる、あのキレーなお姉さんのとこにもう戻っていいよ」

 

「おいおい、そりゃないぜ。情報さえ絞り取ったら、俺はもう用なしってことかよ?」

 

「うん、はっきり言えばそうだけど……でも、ぼくお兄さんに借り作っちゃったってことだから、今後ぼくで何か役立つことがあったらなんでも協力するよ。もっとも、工学部の暗いチビのオタクに、お兄さんみたいなヒエラルキーの頂点にいる人が、なんか用があるとも思えないけど」

 

 ここでもまた、マイケルはいかにも愉快そうに笑った。大学内のスターの地位に押し上げられてからは、こんなことはとんとないことだったからである。

 

「おまえも随分はっきり事実を明らかにするな。が、まあ気に入ったよ。俺はただ、昔の幼馴染みのことを何かのついでにちょいと二、三しゃべったってだけのことだ。何も坊主が恩義に感じる必要もない。しかも、友人のために動いたっていうのであれば尚更だ。だが、ひとつだけ聞かせてくれんかね。そのリズのことを好きだっていう友人とやらは、あの時ラーメン屋にいたどっちの男のことなのかね?」

 

「ヒ・ミ・ツーッ!!秘密だよ。ぼくはこれでも一応、友情に厚い男なんだ。絶対お兄さん、次にどっかでリズ・パーカーに会ったら、工学部のおかしなチビが、おまえに彼氏はおらんのかと聞いてたよ……とかなんとか言うでしょ。だから絶対言わない」

 

「そうか。まあ確かにな。でもその後、もし俺の提供した情報が元でそいつとリズがうまくいったとしたら、その時には教えてくれよ。あと、俺は坊主より年上とはいえ、おまえの兄貴じゃない。マイケルだ」

 

「言われてみたら、ほんとそうだね、マイケル。あと、ぼくは坊主じゃなくてセオドアだよ。みんなテディって呼ぶんだけどさ」

 

 ――といったやりとりののち、マイケル・デバージとテディはカフェテリアで別れた。そして、早くこの情報をロイに伝えたくて仕方なく、文学部の講義が終わる時間を見計らって彼の姿を探し、あとを追ってきたのであった(それまでの間、テディは図書室で時間を潰していた)。

 

「……というわけでね、リズ・パーカーにははっきりとは言えないまでも、彼氏とか特別な恋人ってのはいないんじゃないかって。ロイっ、これはチャンスだよっ!これからすぐにもボランティア部のほうに行って、『ユー、入部しちゃいなよ!』ってやつだって絶対っ!!」

 

「ボランティア部ねえ。一体何するんだろ……学内のゴミ掃除をして歩くとか?」

 

「そんなこと知らないよっ!第一、ボランティアの内容のことなんかこの場合もうどうでもいいじゃんか。大切なのは、そこへ行けばアンブレラの君こと、リズ・パーカーと会えるらしいってことさ。でね、彼女目当てになんか、大してしたくもないボランティアを一緒にしてるとかいうけしからん輩がもうすでに存在してるらしい。だから、ロイもさ、そのけしからん輩のナンバーいくつになるのかわかんないけど、そういうのになって、他のナンバーの若い奴らを全員蹴落としちゃえばいんだって」

 

「簡単に言ってくれるなあ」

 

 テディの行動力に驚きつつ、ロイはコートのポケットから出した両手に、溜息にも似た息を吹きかけた。緩くカーブして続く薄茶色の小道はすっかり枯葉で覆われ、一歩歩くごとに足の裏でしゃりしゃりという音がする。

 

「でも確かに、テディがそこまでのことをしてくれたからには、オレも同じくらいの行動力を示さなきゃな。っていうか、彼女としゃべったりしたわけでもなんでもないけど……例のフェミニスト講座とやらを受けてみて、色々考えさせられることがあったんだ。テディさ、『ジェイン・エア』なんて読んだことある?」

 

「ないよ」と、ロイの隣に並んで歩きながら、テディは言った。「でも、内容のはほうはなんとなく知ってる。昔、夜中にやってた映画かなんかで見たんだっけなあ。ブロンテ姉妹の一番上のお姉さんが書いた小説でしょ?孤独院出身の可哀想な境遇の女教師が、エドワード・ロチェスターとかいう、自分より20も離れた金と身分のあるおっさんとなんやかやあったのち、最後はくっつくみたいな話じゃなかったっけ?」

 

「ええと、そうだっけな?……まあ、細かいことはどうでもいいや。そのロチェスター氏とやらがさ、最後のほうで片腕なくして目も見えなくなるっていうラストらしいんだ。けど、どうも聞いてた講義の内容によると、そのいい年して若い娘のジェイン・エアに手を出したおっさんが目が見えなくなるっていうのは――物語としてそう必然性があるわけじゃないらしい。では、ロチェスター氏は何故最後目が見えなくなるかといえば、それは身分違いのジェイン・エアとそれであればこそようやく吊りあうっていう、そういうことなんじゃないかって話だった」

 

 ロイはこの時も、リズの透き通るような声を思いだし、何故だか体温の上がるものを感じた。

 

「ふうん。普段はSF小説の話しかしないロイが、純文学小説のロマンスについて語るだなんてね!こりゃ明日は雪が降るぞ」

 

 テディは独り言のようにそう言い、遥か上空の曇り空を眺めやった。風は冷たく、空も灰色……だが、彼らの歩く先の大学敷地内にあるブナ林の上のほうを眺めやると、雲の切れ間から黄金の光の束が、秋に特有の趣きでもって輝いているところだった。

 

「そいでさ、うち、父さんが母さんと結婚する前から、車椅子生活だったろ?で、ヘルパーさんに来てもらって、風呂に入るのを介助してもらったりとか、オレはそういうのを小さい頃から横目で見て育ってきて……母さん、女のヘルパーさんのこと、すごい嫌がるんだよな。だから父さんの身の回りの世話をするのは、自分が出来ないことについては男の介護員さんについてもらうことがほとんどで。父さんはそういう母さんの嫉妬じみた態度をいつも笑うんだけどね。『こんな両足と片手の指が三本の男、どんな慈愛に満ちた女性でも、そんな対象として見たりしないよ』って。でも、母さんは真剣なんだ。そんなボディタッチを繰り返してるうちに、なんかの拍子に親密な関係になるかもしれない、わたしは肉体関係云々の汚らわしい話をしてるんじゃない、そういう精神的繋がりを目の前で見せつけられたりしたら、パパとは離婚することになるかもしれない……なんてね」

 

「まあ、ロイのうちのパパとママはいつでもラブラブだもんな。それで?その話と『ジェイン・エア』のことがどう繋がるってわけ?」

 

「う、うん……だからその……男と女が対等でいるには云々って話なんだ、ようするに。オレは父さんのことも母さんのことも、心から尊敬してる。オレは四人兄弟で、上の兄貴のうちふたりは特にやんちゃだったし、母さんは子育てするだけでも大変なのに、車椅子の父さんの世話を甲斐甲斐しく焼いたりしてさ。そのことに、今の今まで疑問とか持ったりしたことすらなかったけど……よく考えたら、父さんが結婚前の若い頃、雪山で遭難なんてしなかったら――怪我と凍傷で両足と右手の指を二本失ってなかったら、父さんと母さんは今みたいにろくすっぽ喧嘩すらしない仲睦まじい夫婦だったのかな、なんて……」

 

 物理学者として高名なロイの父親は、ここユトレイシア大学のワンダーフォーゲル部の部員だった。そして、部のメンバーでグランド・ジョラスへ登山中遭難し、その後ハリー・ルイスは救助され九死に一生を得たが、この時、同じ部の友人二名が滑落し、命を落としたのである。

 

「そんな『もし』なんて話、今したってしょうがないじゃんか。実際現実問題として、ロイはここユトレイシア大に無事入学、ロイんとこの上の兄ちゃん二人とも、他の大学で院にまで進んだり、研究職に就いたりしてるっていう、いわゆる一般でいうエリートだろ?二番目の兄ちゃんのロドニーはここユトレイシア大付属病院で上級レジデントなんてしてるんだしさ。ロイのママの子育ての苦労は十分報われてると思うけどな」

 

「う、うん……オレも父さんによくこう言われてたんだ。ご婦人というやつはデリケートで繊細な生き物だから、大切にしなきゃいかんって。でも、どうなんだろう。ああいうフェミニズム的価値観によって武装した女性たちっていうのは、一体男に何を求めてるんだろうって思ったんだ。授業の最初にテス・アンダーソン教授が「フェミニズムとは何か」なんて言って、女学生たちが「あらゆる性において平等であることです、先生」なんて答えて……ああした講義を進んで受けるってことは、オレも目が見えなくなるとかして、なんらかの不具の身になったとすれば――それで、女性たちのお情けに縋ってようやく生きてるみたいになれば、彼女たちはようやく満足するってことなんだろうか?」

 

「ロイ、いくらなんでもそれ、考えすぎじゃない?」

 

 テディは親友の考えすぎを無邪気に笑った。

 

「それよか早く、ボランティア部にお試しで入部しちゃいなって。なんとなく偽善くさくて合わないなと思ったら、すぐやめちゃってもいいんだしさ。それに、そのリズ・パーカーって人だって、間近でよく知ったら、実はロイが幻滅するような面を備えていて、おつきあいするにも及ばなかった……そんなことになる可能性だってあるんだしさ」

 

(ジェニファー・レイトンみたいに)と、ふと心に浮かんだ言葉については、テディはあえて口にしなかった。ジェニファーはテディの従姉妹であるため、彼女の性格について、テディはよおおく知っているつもりだった。だが、高三の時、ジェニファーのような美人に告白されたと言って舞い上がっていたロイは、その後三か月もせずに振られてしまう。簡単にいえば、彼女にとってもっと利用価値と将来性のある男が他に見つかった……といったような理由によって。

 

「ああ、そういえばジェニファーも、例のフェニスト講座に出席してたっけ。講義が終わったあと、媚びるような態度でアンダーソン教授の後ろにくっついていったのを見たんだ……彼女、やっぱりああいうカリスマ性のある権力者に相変わらず弱いんだろうな」

 

「ロイ……」

 

「あ、違うよ!オレはもうジニーのことなんかなんとも思っちゃいない。ただ、自分でも自分でびっくりしたんだ。ジニーのことが視界に入ってきても、べつにどうとも思わず、それよりもリズのことのほうが気になってばかりいてさ。オレ、あの人はほんと、父さんのいう『真心のある婦人』ってやつなんじゃないかっていう気がしてる。そうかあ。ボランティア部かあ……そりゃなんともあの人らしいや」

 

「…………………」

 

(今度こそ、うまくいくといいけど……)

 

 ジェニファー・レイトンに振られたあと、ロイは学校を休んだのみならず、一週間もの間何も口に出来ず、そんな彼のことを一生懸命自分とギルバート・フォードが慰めたことを、テディは今も忘れられない。

 

(そうなんだよなあ。ろくに女の子とつきあったことないぼくが言うのもなんだけど、ロイはほんと純情なんだ。ジニーの時だって、あんな性悪はやめとけって再三言ったにも関わらず、『そんなことない』、『ジニーは本当に優しいいい子だよ』とかなんとか寝ぼけたこと言ってんだもんな。しまいには、ぼくが軽く妬いてんじゃないかとか言いだすから、危うくぼくらの友情はその時、終わりかけたくらいだったんだ……)

 

「テディ、ありがとうな」

 

「へっ?一体何がさ」

 

 ふたりが欅並木を抜け、両側が石垣で出来た大きい道へ出ると、そこでは市民ボランティアが熊手で枯葉をひとところに集め、最後は袋詰めにし、トラックの荷台に乗せているところだった。

 

「だからさ、リズ・パーカーの話を007並みの情報収集力で集めてくれたことだよ。なんにしてもとにかく、ボランティア部のことについては少し調べてから入部してみることにするよ」

 

「そっかあ。ぼくはボランティアなんてめんどくさいこと、やってみようだなんてこれっぽっちも思やしない賤しい人種であるにしても……まあ、ロイに関していえば、結構合ってんじゃない?せいぜいジニーばりの計算高さで、自分がいかに慈愛に溢れたいい人間かをアピールしまくって、その計算を本物の愛だと勘違いしたリズ・パーカーが、感動して最後にはつきあってくれるといいね」

 

「はははっ!まあ、確かにな。ジェニファーのターゲットをロックオンしてからの行動の迅速さには、舌を巻くものな。そういえば彼女、大学でもチア部に入ったのかな。高校の時もプロムでベストカップルに選ばれるために、色々画策してたみたいだけど……オレ、彼女みたいな美人とつきあえたってだけで舞い上がっちゃって、そこから一直線に墜落することになってショックだったにしても――なんか今は、あれはあれで良かったって思えるのが不思議なんだ。だから、今度は墜落するにしても、うまくパラシュートを装着してからとか、前ほどひどいことにはならないんじゃないかって気がしてる」

 

「まあね。せっかく装着した肝心のパラシュートが開かなかったらどうすんの?なんていちいち心配したってしょうがないものな。それに、ロイが今度は全身打撲で見るも無惨な有様になってたら、ミイラみたいに包帯でぐるぐる巻きにして、失恋の傷はぼくが癒してあげるよ。アレンだって見舞いに花くらい持ってきてくれるだろうし、ギルに知らせればきっと、どういう事情かをあいつだって興味津々で聞きたがるに違いない」

 

「やれやれ。ギルの奴、オレがジェニファーに振られたって聞いた時、オレには金で買った女をあてがおうとし、ジニーに対しては、自分がちょっかい出したあとにこっぴどく振って復讐してやる……なんて言うんだもんな。あいつが将来一体どんな医者になるやら、オレは今から心配だよ」

 

「はははっ!医学部は大学内でも、法科と同じく閉ざされた別棟的雰囲気が強くて、同じ大学の敷地内にいても滅多なことでは会わないものな。あいつ、親父さんのヘルニア工場を継ぐために医者になるんだろ?」

 

<テレンス・フォードヘルニア病院>というのが、ギルバートの父親が理事長をしている個人病院の名前である。テレンス・フォード医師はユトレイシア国内におけるヘルニアの名医であって、彼のところで治らなければ、他の病院へ行く必要はない……とすら言われているようである(ちなみに、『ヘルニア工場』というのはギルバートが父親の病院を揶揄してよく口にする言葉だった)。

 

「うん。ただ……ギルの親父さんのほうではさ、ヘルニア工場のほうは自分の代で閉鎖してもいいと思ってるんだって。そのかわり、もしギルがなんかの専門の外科医なり内科医なりになったとするだろ?そしたら病院の看板をつけかえて、『ギルバート・フォード脳神経外科医院』だの『ギルバート・フォード産婦人科医院』だの、何かそんなふうにすればいいって考えみたいなんだ」

 

「あの女ったらしが産婦人科医院を開業なんかしたら、世も末だな。っていうか、今ロイの言葉を聞いて『おえっ』ときた。よく考えたらさ、あいつこそ『フェミニスト講座』とやらを受けるべきなんじゃないか?『女も愛も金で買える』とか高校時代から豪語してたくらいなんだから……きっとギルの奴、そんな講義をロイが受けたなんて聞いたら、『眉の繋がった、脇毛もすね毛も剃らない女と結婚するつもりなのか、ええ!?』なんて言って、きっと大層な剣幕で怒りだすに違いないよ」

 

「確かにな。『フェミニスト講座』はあいつにこそ必要な講義だ」

 

 ふたりは互いに顔を見合わせると、共通の友人の顔を思いだして笑った。午前中も午後中も、空は雲に閉ざされて、今にも雨が降ってきそうだったにも関わらず――ふたりの歩く道の先は、突然にして雲間から顔を出した太陽の黄金と赤銅色が混ざった光によって照らされだした。その大気を浄化するような光の中、ロイとテディは大学構内を半ば逍遥しつつ、その後それぞれの家へ帰っていったのだった。

 

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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