今年は自分的に、大晦日から元日にかけて、とーっても幸せでした♪
そ、それは何故かというと……(ごきゅり☆)
ようつべに萩尾先生の動画が色々あるのを見て、ヨダレを垂らしていたからです!!フヒヒッ(キモッ^p^)。
では、軽く順に貼ってみたいと思いますm(_ _)m
萩尾先生の麗しいご尊顔♪(^^)
ドボルザーク先生は名曲多いと思いますが……それはさておき、萩尾先生ってかなり初期の頃から<音楽>ということをすごく意識して漫画をお描きになっておられると思うんですよね
そして実はこれ、竹宮先生も同じと思うわけですけど――竹宮先生の場合は増山さんの影響が大きいのかなって思ったりもします(^^;)
いえ、今回もあんまし前文に文字数使えなかったりするんですけど(汗)、HKの里中満智子先生による萩尾先生、竹宮先生双方のインタビューを貼ってみたいと思いますm(_ _)m
レヴィ~♪
こうした大変さを見てしまうと……軽々しく批判とかできなくなってしまいますねえ(^^;)
その~、わたし、この動画の竹宮先生のことは普通に(?)好きだな~♪とか思いました
割と最近の動画の最初のほうを少しだけ見て、「嗚呼」みたいになったのはたぶん、「竹宮先生と対談を」みたいに言われても、「絶対無理っぽそう……」みたいに感じたせいかもしれません。というのも、竹宮先生が萩尾先生と対談した場合、絶対竹宮先生のほうが精神的強者みたいな空気になりそうとしか思えず、その部分で勝手に自分でつらくなったものと思われます。。。
ただ、この動画を見比べてみると、里中満智子先生って、たぶん萩尾先生にとっても竹宮先生にとっても漫画家として先輩に当たると思うのに、里中先生のほうが萩尾先生に何故か若干気を遣っているように見え、竹宮先生と里中先生の会話のほうは、先輩(里中先生)と後輩(竹宮先生)の会話……みたいに感じられるのがなんとなく不思議というか(^^;)
いえ、「それがどーした☆」という話ではあるのですが、わたし、昔古本屋さんで一条ゆかり先生のエッセイっぽい本を見かけて買ったことがあって(萩尾先生や竹宮先生もそうですが、面白い漫画描いてる方は、大抵文章のほうも面白いです)……その時わたし、まだ萩尾先生のファンでもなんでもありませんでしたが、そのエッセイの中で唯一、一条先生が漫画家で萩尾先生のことにだけは言及されてたのがすごく印象的だったんですよ。
漫画家の松苗あけみ先生と仲いいとか、そういうことは別にしても……少女漫画家ということでいえば、一条先生にとってさえ萩尾望都という漫画家は無視することの出来ない存在なのだと感じたというか
なんというか、あくまで短いインタビューというか、そのように編集されたものとは思うわけですけど、竹宮先生は里中先生のことを漫画家の先輩といったような立場でお話されているといった印象なのに、先輩なのかもしれないけれど、里中先生をして萩尾先生には若干気を遣わねばならないと言いますか、少女漫画の革新者としての萩尾望都という漫画家には一目置かねばならない……といった若干の気遣いを微妙に感じてしまいました(^^;)
あと、この動画の元の番組放映のあったのがたぶん、1990年代くらいでしょうか。だから、番組がHKというせいもあってか、竹宮先生の発言も結構控え目な気がします。今のように「犬も歩けばBLに当たる」というくらい、普通……というか、普通以上に読まれるメジャーなジャンルにこの頃成長していたら、『少年の名はジルベール』にも言及があるように、「わたしは少年を描くのが一番好きなんですよ」、「少年さえ描いていられたら幸せ」、「BL最高、BL万歳っ!!」、「BLの始祖になれて良かった~。るるんる~♪」くらいのことは楽々話せていたかもしれないのにな~なんて、ちょっとだけ残念に思います(まあ、この頃はまだ時代がそのように追いついてなかったということですよね^^;)。
いえ、だって「ジルベールとオーギュの近親相姦シーンと、オーギュが他の美少年たちをいたぶるシーンが、描いててもうめっちゃ楽しくて……」とか、絶対言えそうにない雰囲気ですもんね(^^;)
それはさておき、ようつべで萩尾先生のお名前で検索かけると色々出てきたので、そのうちまた関連動画を時間のある時見てみようと思っています♪
それではまた~!!
ユトレイシア・ユニバーシティ。-【23】-
若干時間は前後するが――卒業生たちの在学時遺恨解消ラップバトルが終わり、花火が上がりはじめた頃……ロイとリズはユトレイシア大学をあとにすることにした。卒業パーティの終わりは、グラウンドにいた全員で輪になってキャンプファイヤーを囲み、校歌を歌って締め括られるのだが、もしそこまでつきあったとすれば相当遅くなりそうだったからである。
色々楽しい出し物が多かったせいで、リズもロイも上機嫌だったが、駐車場へ戻ってみると――例の<SEXチンポコカー>がさらなる進化を遂げていた。メルセデスのボンネットには、生卵が軽く十数個は叩きつけられて真っ白だったし、他に頭の後ろで腕を組んだ女性が大股広げている落書きや、その横には吹きだしの中に「早く欲しいの」、「もうヌレヌレ」だのいう言葉があったり……また、最初に描かれたチンポコにはいくつもの赤い矢印が周囲に描かれ、「みんな注目!!」と、その上には書かれていた。
この瞬間、ロイもリズも、最初にリズのアパートメントを出た時のようには少しもがっかりしなかった。むしろここまでやって来ると――笑いがこみ上げてきて、お互い背後で上がっている花火の音にも負けないくらいの大声でお腹を抱えて笑った。
「これはもう、いわゆる割れ窓の理論ってやつだよな。まあ、窓ガラス割られたり、金属バットであちこち車体を叩かれてないだけでも……まあ、めっけものだったと思って諦めるべきなんだろうな」
「だけど、よくこんな暇人もあったものよね。この卵、近くのコンビニででも買ってきたのかしら?1ダース入りの一番安い卵でも2ドルくらいはしたでしょうにね。ねえ、ロイ。ここから歩いて五分くらいのところに交番もあることだし、被害届けとか出しておいたほうがいいんじゃない?」
「いや、いいよ。第一、そんな面倒なことをしたところで犯人なんか見つからないし、賠償金を向こうが支払ってくれるとは限らない。まあ、それこそここから十分くらいのところに洗車場があるから、まずはそこへ行くしかないな」
ロイは車のトランクを開けると、そこに積んであった洗車道具を取り出し――まずはブラシでボンネットの生卵をこすり落とした。あとはウォッシャー液を出してワイパーを動かせば、とりあえず運転に支障はないくらい前のほうは見えるようになる。
「オレさ、こう思うんだ。リズみたいな子がオレとつきあってくれたり、最近いいことばかりがずっと続いてたから……むしろ逆に、こういう嫌なことが少しくらいあったほうが、なんかほっとする。まあ、兄貴には事の経緯を話して素直にあやまるよ。この車を修理工場に持ってくのは明日になるし、数日の間は代車で我慢してもらうしかないと思うからさ」
「良かったわ。ロイがそういう考え方の出来る人で……マイケルだったらね、たぶん『Fuck you!!』って叫んで、あとは自分の知る限りのそれの類義語をしゃべり倒してたと思うもの。あ、誤解しないでね。わたし、小さい頃から父を含めてそっち寄りの人しか周りにいなかったの。だから、ロイみたいな人ってすごく新鮮っていうか……」
「う、うん。なんかオレもちょっと意外だよ。オレのこういう態度が軟弱とか、そういうふうに思われるほうが普通じゃないかなって思うんだけど……」
「そんなことないわ」
ロイは卵の白身や黄身で汚れたブラシをバケツに突っ込むと、トランクを閉め、運転席へ収まった。リズのほうでも続いて助手席に座る。このあと、ふたりは大学のグラウンドで上がる花火を上空に見て――自然とキスを交わした。けれど、二度か三度そうしているうちに、どちらからともなく再び笑いだす。
「まずいな。車の外に書いてあることを、このままじゃそのまま行なうことになっちまう」
「そうね。まずは近くの洗車場のほうへ移動しましょ」
この日の夜は、レストランで食事したあと、ロイはリズをアパートまで送っていって、そのまま帰った。その後も、信号機で止まった時などに隣の車に意味ありげな顔をされたり、ニヤニヤして指差されたりもしたが――ロイはもう何も気にしなかった。むしろ逆に、近ごろ幸福なことばかりが多かったから、ここでそうした良い運気の支払いをしているのだと思い、家に帰ってからもずっとルンルン気分でいたほどである。
そのくらい、卒業パーティのひと時というのは、ロイにとってもリズにとっても楽しいものだったし、兄にもすぐ電話をかけて事の経緯を素直に話し、あやまったところ……『べつにそれはおまえのせいじゃないだろ』と、ロドニーはすぐ許してくれた。『あと、行きつけの工場があるから、車はうちに返しにこいよ』とも。『修理代?そんなもんいらんよ。それより、その笑える車を見せろ。その前で俺とロイと……あとはアリスもいたら、三人で記念撮影でもして終わりってところだ』
こうして、兄の住むマンションまでロイが車を返しにいくと、ちょうど夜勤前だったロドニーは自分の変わり果てたメルセデスを見て大爆笑し――あるゆる角度から記念撮影までしていたほどである。そのあと、修理工場の住所の書かれた名刺を渡されたロイは、「そこの修理工場の親父はなかなか愉快な人物だから、まあ『素晴らしいお車ですね、お客さま』だのなんだの言われるだろうが、頑張って耐えろ」と言われ、その<ジョン・ランダル修理工場>なる場所へくだんのメルセデスを運転していった。
「先生~、どうなさいましたあ~?誤診でもして、誰か患者にでも恨まれてるんじゃないですか?」とか、「こんなに貞操を傷つけられたら、もうこの車も元には戻れませんやね。事は体の問題だけじゃありませんわ。メルセデスちゃんは心が傷ついたのです。ヨヨヨヨ」……こういった調子でジョン・ランダルは話を続け、最後には電卓を叩くと「将来わしや女房がガンで入院した時には、かわりにサービスしてくださいよ~」などと言い、びっくりするような値段で車を元の状態に戻してくれると請け合ってくれた。
言うまでもなく、ロイは心の底からこのやり手の修理工場経営者に感謝し、「将来もしオレも車を持ったら、ここへ持って来ます」と言うと、「是非お待ちしてますよォ」とジョンは揉み手をしながらニヤリとしていたものである。ロイはこの車修理工場社長と握手すると、代車として用意してもらったブルーのホンダ・アコードに乗って兄のマンションまで戻った。アリスが非番で部屋にいたので鍵を渡し、バスに乗って今度は<ユトレイシア敬老園>のほうへ向かう。
だがこの時、まさかアーロンの娘のジョゼフィンと出くわそうとはロイにしても思っていなかった。ジョゼフィンは娘のエマと息子のアーロンのふたりから毎日のように電話をもらい、今日はユトレイシア動物園へ行っただの、水族館へ行っただの、リズお姉ちゃんやロイお兄ちゃんと遊園地へ行って楽しかった……といった話を聞くうち、一度彼らの話に出てくるシャロンおばあちゃんやらリズお姉ちゃん、ロイお兄ちゃんといった人々に挨拶しなくてはならないと思ったのである。唯一、シャロンとは電話でよく話していたが――ジョゼフィンは彼女と会話を重ねるうち、絶縁していた実の父に会ってみても良いのではないかと、だんだんそんなふうに考えが変わっていったのだ。
『まあ、あの人も歳だからね。今は孫にも会えて、すっかり顔色のほうも艶々してるけど、医者の話じゃまた肺炎にでもなればどうなるかわからないってことなんだよ。わたしは実の両親の死に目に会えなくても後悔しなかったような酷い人間だけど……ジョゼフィン、あんたにはあの人に会っておいてもらいたい気がするんだよ』
ジョゼフィンは何故か、初めて電話で話した時から、このシャロン・キャノンという老婦人に心惹かれるところがあった。もちろん、「シャロンおばあちゃんは毎日すっごく美味しいもの作ってくれるの」とか「すっごく優しい人なんだよ。ママやラリスおばあちゃんと違って、全然怒ったりもしないしさあ」……そんなふうに子供たちから聞いていたせいもあったが、最初から気の合いそうな予感がしていたということである。
他に、ジョゼフィンがほんの小さな頃……父のアーロンと彼女がふたりで写っている写真が残っているのを見たことがあり、母のエマに『この人、一体だれ?』と聞いた記憶がジョゼフィンにはあった。『ああ、シャロンね。綺麗な人でしょ?パパの前の奥さんなのよ』と、エマは事もなげに言っていたものの――ジョゼフィンは色々根掘り葉掘り聞かずにはいられなかったものだ。『ええっ!?なんでこんな綺麗な人がパパなんかと?』というのが第一声であり、次に聞いたのが『なんで別れちゃったの?』というものだった。『さあ、どうしてだったのかしらね。ママも詳しくは知らないけど、パパはちょっと几帳面で気難しいところがあるから……性格の不一致ということだったんじゃないかしら』
大人になったジョゼフィンには、母のエマが子供向けに話を差し控えたに違いないだろうこともわかるし、シャロンが『わたしも、あの人と会ったのは、実はほんのつい最近なんだよ』と言った言葉も真実なのだろうことがわかる。『べつに、あの人が死にかかってるからといって、わたしが会ってアーロンの加減がよくなるわけもなかろうと思ってたんだがね、まあ、若い人たちが善意でなんやかやしてるのに……悪いなと思ったのが、あの人と会った最初の動機なんだよ』
その<若い人たち>というのが、ボランティアでやって来ているロイ・ノーラン・ルイスという大学生と、シャロンと同じアパートに住む、彼のガールフレンドだというのもジョゼフィンには驚きだった。簡単に話をまとめて言ったとすれば――誰かがビリヤードの球を突き、一番のボールが二番のボールに当たり、さらには七番や八番あたりのボールが次々穴に落ちた……といったような、何かそうした印象をジョゼフィンは心に受けていたのである。
『夏休みだというのに、あの子たちは毎日熱心に勉強してるよ。それというのもね、ロイやリズがやって来た時に少しばかり勉強を見てくれるんだが、何故かそんなのが嬉しいんだね。「一生懸命勉強して、ぼくも将来は絶対ユトレイシア大学に入るんだ!」なんてね、よくそんなことをアーロンはエマとしゃべってるよ』
ジョゼフィンにとっては、このことも驚きだった。姉のエマに関してはもともと優等生なので、そう驚いたりはしない。けれど、弟のアーロンに関しては「勉強しなさい!」と言っても、「ぼくは将来パン屋になるつもりだから、勉強なんて必要ないんだ」だの、屁理屈をこねてばかりでなかなか机に向かおうとはしないのだ。また、悪戯好きで思ったことをすぐぽんぽん言ってしまう傾向があるため――エマに関してはしっかりしているのであまり心配してなかったが、アーロンに関してはジョゼフィンは毎日気がかりだったと言ってよい。
『ああ、わたしもアーロンに、「シャロンおばあちゃんはおじいちゃんの愛人なの?」なんて言われたし、そのおじいちゃんに対しては初めて会った時「おじいちゃん、死にかかってるって聞いたけど、元気そうだね!」なんて言ってたもんだよ』
そう聞いて、ジョゼフィンも思わず笑ってしまった。そして、エマやアーロンに「あとはお母さんさえここにいてくれたら最高なのに」とか、「ママ、ほんとに夏休みの間一度もここへ来れないの?」と毎日のように言われるため……こうして、ジョゼフィンの最初は硬かった心も少しずつ柔らかくなっていき、市場と夜の工場の仕分け作業をそれぞれ短期間休んで高速バスへ乗り、ユトレイシアにやって来ることにしたわけである。
ジョゼフィンが子供たちだけを行かせて、自分は仕事を理由に行かないことにしたのは――どちらか片方の仕事を休むのは簡単だったが、もう片方の仕事をそれに合わせるのが難しいと考えたためだった。だが、上司に「縁を切ってずっと会ってなかった父親が死にかかってると聞いたもので……」と言った時、自分でも急に涙がこみ上げてきて驚いた。おそらく、理由が理由だったからだろうか。市場のほうでも工場のほうでもそれぞれ、ただの休みではなく有給を取るよう薦めてくれたほどだったのである。
こうして、ジョゼフィン・ディアスはかれこれ三十年ほども会っていない父親の入居している老人福祉施設へやって来た。その前に、シャロンや娘のエマや息子のアーロンと屋敷のほうで会っていたため――父親に会うことに対する緊張感や不安といったものはジョゼフィンの中で随分薄れてはいた。そしてもちろん彼女は知らない。娘であるジョゼフィン以上に、実は娘と会うのを恐れているのは父であるアーロンのほうであるということを……。
「げ、元気だったかね?」
アーロンがぎこちなくそう聞くと、ジョゼフィンのほうではただ両手に顔をうずめ、静かに泣きだしていた。何故なら、彼女が最初に想像していた以上に……父は若かった頃の面影もなく老い、病いによって痩せ細っていたからである。
「お父さん……子供たちのこと呼んでくださって、本当にありがとうございます……」
お互いにわかりあうのに、そう多くの言葉は必要なかった。アーロンがもっとも恐れていたのは、自分が実の娘を家から追いだしたことを彼女が今も恨みに思っているのではないかということだったが……そうした印象はまったくなかった。また、ジョゼフィンのほうはジョぜフィンのほうで、平凡以下の生活を送る娘に対して――父が失望の念を持っているに違いないとばかり思っていたのである。
こうして、最初はポツリポツリと、核心に迫るようなことは何も話さず、アーロンはジョゼフィンの仕事のことを聞いたり、あるいはジョゼフィンのほうでは子供たちが実は何か迷惑をかけてやしないか……そんなことを聞いたりしていた時、ロイがやって来たわけである。
ふたりの間に流れるしんみりとしていつつ、どこか親子の愛情も感じられる優しい空間に触れたロイが(どうやら、タイミングの悪い時にやって来たらしい)と察し――「す、すみませんっ!オレ、出直しますね」と言って、回れ右した時のことだった。
「ああ、べつに構わんよ。ロイ、おまえさんがいてくれても……」
「ええ、そうですわ。むしろいてくださったほうが助かります。なんでも、子供たちが随分お世話になっていると……シャロンからも、エマやアーロンからも色々聞いてるものですから。子供たちのことを遊園地へ連れていってくださったり、勉強を教えてくださったりするそうで、本当にありがとうございます」
「は、はあ……」
(どうしたらいいんだろう)と、ロイにしても迷ったが、とりあえず丸椅子に座っているジョゼフィンの反対側、もう一方のベッドサイドにパイプ椅子を置き、座ることにした。というより、これがいつものロイの定位置である。
「ああ、そうだわ。ねえ、父さん。たぶんわたし……この方がいてくださったほうが話しやすい気がするの。だから、肝心なところを先に言ってしまうわね。わたしね、あの時父さんが家から追いだしてくれて良かったと思ってて……ううん、とりあえず話のほうを最後まで聞いて。まあ、父さんはね、わたしと母さんの間で何がそんなに問題だったのか、今もよくわかってないと思うわ。父さんも母さんも、それぞれ自分の両親から音楽の英才教育みたいのを受けて、うんざりしてたわけよね。だからわたしには、本人がそうと強く望むのでない限り、そうした道を強要はしないっていう教育方針だった……でもね、とりあえず母さんは基礎教養程度にはわたしにピアノや音楽のことを教えるのが自分の義務だと思ってたわけ。で、小さい時は母さんが直接教えてくれてたけど、その後友達が開いてるピアノ教室にわたしのことを通わせるようにしたのよ。ここまではね、『それが一体どうしたというのだ?』くらいのことよ。だけど、子供っていうのはね、家に帰ってそのあとすぐ友達と遊びにいきたいものなの。ううん、わたしはね、自分のこと言ってんじゃないのよ。他の子たちはそんなふうにして放課後に集まってるのに、やがてそこからわたしだけ外されだしたってことが問題だって言ってるの。何分、まったくの赤の他人じゃなくて、母さんのお高くとまってる感じの友人のひとりでしょ?わたしはね、母さんの顔を立てるためにもピアノ教室をさぼれなかった。その後、学校で陰湿ないじめやなんかがはじまって……わたしは母さんにそんなことも言えないし、まあどうにかひとりで耐えようと思ったわけ。はっきり言って、形は多少違えど、こんなのよくある話だとは思うわ。で、その後中学生になったわけよね。わたし、母さんの言う『よくない友達』とその頃からつきあいはじめるようになったの。わたしね、もう母さんの言うことは聞かないことに決めて、ピアノ教室もやめたわ。確かにね、最初はびっくりした。ひとりひとりはすごくいい子たちなんだけど、煙草でも吸うみたいにマリファナを吸うし、『ママと喧嘩した。めっちゃムカつく』って言っただけで、麻薬がでてきて『やったらスッキリするわよ』なんていう、そうした子たちだったから……」
アーロンは、娘の話をただ黙って聞いていた。ロイのほうでも、言葉など当然差し挟められない。ただ、今目の前にいるジョゼフィン・ディアスという女性は――質素ながら身綺麗で、清潔感のある薄化粧をしており、非常に感じのいい女性であるようにしか見えなかった。かつて『麻薬でキメてからヤルのは最高だ』など、数々の暴言を吐き、スリッパで母親の頭を殴っていたなどとは到底思われない。
「だけどね、その時でも頭の隅のほうは冴えきってて、自分でもわかってはいるわけ。この子たちとこういう道に深入りしたら大変なことになるっていうことくらいわね……でも、父さんに『出てけ!』って言われたあと、頼ったのは確かにその子たちよ。とりあえず部屋のほうに泊めてもらって、そこからアルバイトに行ったりしてたっていうね。そのうち、バイト先で親身に相談に乗ってくれる人がいて、その人と一緒に暮らすようになったの。あ、彼とは結局うまくいかなかったんだけど、そのあとね、エマとアーロンの父親と出会って結婚したわけ。で、エリックの元の出身地がノースルイスで、そっちで仕事したいっていうから、わたしもついていったんだけど、エリックの両親がすぐ近くに住んでるから、色々良くしてくれるの。その後エリックが癌で亡くなってからも、子供たちを預かってくれたりとか、すごく協力してくれて助かってるわ」
「そうか。そりゃあ……その人たちにも挨拶せねばならんところだろうな、本当なら……」
アーロンは、石のように微動だにしなかったが、肺の奥から深い溜息を着くようにそう言った。今ジョゼフィンが話してくれたようなことについて、エマは一体どのくらいまで知っていたのだろうかと思う。アーロン自身が聞いていたのは、『どうしてあの子があんなふうになったのかわからない』という、ただそれだけだったから……。
「でね、父さんが追いだしてくれて良かったって件だけど……もしあの時父さんがそうしてなかったら、結局同じことの繰り返しだったわけでしょ?だから、あれはあれで良かったのよ。わたしの頭にも一応、母さんや父さんのことはいつでも少しくらいは必ずあったわ。特に、最初の子供が生まれた時には母さんにも孫の顔を見せたいとか、そういう気持ちだって当然あったし……」
「孫たちに、エマやわしの名前をつけたと知って、わしも驚いたわい。いじめか……そんなこと、わしはなんも知らんかったわな。第一、そうと聞いたところで何が出来たかもわからん。単に、わしや母さんに心配をかけないためだけに、家ではニコニコいい子をやっとったというわけだ。それは気づいてやれんで、すまなかったな……」
この時、ジョゼフィンは少し驚いた。話のその部分については一切触れられず、やり過ごされるものと思っていたからである。
「べつに、もういいのよ。何十年も昔の話ですものね。相談しろなんて言われても、わたしはその頃は十分うまく説明もできなかっただろうし……そんな事実を母さんにも父さんにも知られたくなかったんですもの。ただね、母さんがわたしがグレはじめてから、『なんであんたはこんなふうなの』みたいな感じで、根本理由をやたら知りたがるわけ。だからわたし、『いじめにあってたのに、母さんが気づかなかったからでしょ!』ってとうとう怒鳴ったわけよ。で、母さんは自分に都合の悪い事実がでてきたからかどうか、そのことを無視しようとしたの。『それならそうとどうしてその時言わなかったの』とか、どうにか自分は悪くないみたいな方向に話を持っていこうとするから……まあ、今はわたしも同じ親ってものになったんだからわかるわよ。だけど、その時はカーッと頭に血が上って、気づいたら母さんのこと殴ってたわ」
「なら、わしに相談すれば良かったんだのに……いやな、母さんはいいとこのお嬢さん学校と音楽学校しか出とらんから、そのあたりのことがわからんのも無理はない。だが、わしはな……中学の時から音大付属学校の寮生だったから、少しくらいはわかる。自分はその標的にならないようどうにか逃げ切ったという立場ではあったがな、優等生のいじめのほうがよほど陰湿だの、そういうのは人のを見ててよくわかっておったからな」
「ふうん、そっか。父さんには人間として輝かしい経歴しかないと思ってたけど、ほんとは色々あったってことなのね。でもわたしたち、一緒に暮らしてた頃は必要最低限以外、大して話もしないような関係性だったじゃない。なんていうか、『自分は仕事のことで大変だから、それ以外で煩わせるな』みたいなオーラをいつでも出してたから、母さんも大変だったんじゃない?」
ここでアーロンは、意外にも「ファッハッハッ!!」と愉快そうに笑っていた。図星を突かれすぎたという、そのせいである。
「確かにな。それを言われるともう、ぐうの音も出んわい。シャロンが言うにはな、わしは強迫神経症だってことらしいぞ。ヴァイオリンの演奏やら周囲の人への気配りやら、すべてを完璧にやろうとしすぎて家では疲れきっとるというな……だが、そのように完璧であらねばならぬという強迫観念があって、そこから脱したいと思っても自分ではそうも出来ぬ。まあ、言ってみれば一種の精神的な蟻地獄みたいなもんだわな。ユトレイシア交響楽団を退団後は、そうした症状も少しは和らぐかと思いきや、そんな無理を何十年にも渡って続けてきたのがよくなかったのだろう。今度は脳梗塞で倒れ、ほんの趣味程度にもヴァイオリンを弾けない体になったというわけだ……人生というのはまったく、皮肉なもんだの」
この時、ジョゼフィンは初めて、自分の父親の手を握った。彼が過去について後悔しているらしいのが、痛いほどよく伝わったからである。実際、ジョゼフィンにしても今この瞬間までまったく知りもしなかった。父が家族以上にヴァイオリンを愛しているというくらい、音楽というものに全身全霊で仕えているのは、それが人生で一番大切なことだからだろうとばかり思ってきたのである。
「そういえばわたし、父さんのこと、あまりよく知らない気がするわ。大体のところ『こんな人』っていうイメージ像はあるんだけど、『本当はどういう人なのか』って、実はよく知らなかったのかもしれないわね。家族なのに、なんかおかしな気がするけど……」
「わしも、おまえのことはよくわからん。実の娘だというのに、おかしなことだがな……じゃが、わしのほうではもうそんなこともどうでもええと思える。こんなことを言ったら、ジョゼフィンは怒るかもしれんが――元気なおまえの顔を見たら、なんかもう過去のことはどうでもようなったというかな。近いうちにもし死ぬことになろうと、思い残すことはもうなんにもないわい」
「ダメよ。もう少し父さんは長生きしてくれなきゃ。せっかく孫にも会えたんだし……そうだわ。明日か明後日、晴れてて父さんの調子も良かったら、母さんのお墓参りいかない?わたしも、どうして自分の親だけはいつまでも生きているだなんて今まで思ってたのか、ほんと自分でも馬鹿だと思うわ。お墓の前であやまったって、今さら遅いってわかってるけど……」
ジョゼフィンがベッドに顔をつけて泣き伏すと、そんな娘の頭にアーロンは手を置き、その母親と同じ髪の色を撫でた。ロイはふたりの和解の場面を見て心からほっとした。うまく言えないが、これでこれからはすべての歯車がうまく噛み合って良い方向へ回っていくだろうと、そんな気がしたのである。
「じゃあ、みんなでエマさんのお墓までピクニックしにいくっていうのはどうですか?」
余計なことかもしれないと思いつつ、ロイはそう提案した。
「オレも、自分のおばあちゃんのお墓の前で、家族でやったことあるんですよ。他にも、そういうお墓の前でピクニックしてる人っていうのはいるもんだし……」
「そうね。息子のアーロンは落ち着きないけど、そういう目的でならあの子も嬉しがって一緒に行くっていうでしょうし。でも、ご迷惑じゃないかしら?」
「いえ、オレのほうでは家族水入らずのところ、邪魔にさえならなければ全然構わないですよ。たぶん、シャロンもそんな感じだと思いますし」
――この翌日、天候にも恵まれ、シャロンとジョゼフィンはバスケットにサンドイッチやクッキーなど、色々詰め込んでお墓参りをしに行くということになった。エマとアーロンは自分の大好きな人たちが全員揃うので大喜びだったし、ロイとリズはグリーナウェイ家の人々がひとつところに集まり、家族として和合している場面を見られただけで十分満足だった。
「まさか、いつかこんな日が来るとは……今の今まで、思ってみたこともなかったわい。これもみんな、すべてはおまえさんのお陰だわな、ロイ」
<主はわたしの羊飼い>と、詩篇の23編の聖句が刻まれているエマ・ロヴィン・グリーナウェイの墓を綺麗に磨き、その前に彼女の大好物だった菓子類や飲み物を置くと、一同は暫し祈った。それから、そのお墓の前に敷物を広げて亡き人とともに飲み食いしたのであったが、子供たちが墓所内を探検しはじめた時――アーロンはロイに頼んで車椅子を押してもらい、トイレへ連れていってもらうことにしたのである。
だが、アーロンは実際には用を足したいというよりも、ロイとふたりきりになってあらためてお礼を言いたかったのであった。
「いえ、オレは特に何もしてませんよ。礼を言うとしたら、シャロンのほうでしょう。エマもアーロンもいい子たちですが、毎日面倒を見るとなると、食事やらおやつの用意やら……色々大変でしょうからね」
「そうなんじゃ。わしもな、生活費として金のほうは渡してあるにしても――シャロンはそんな理由で金を受け取るタイプの女ではないわな。で、ロイのほうではあのべっぴんさんに今住んでおるところから引っ越させたいということなんじゃろ?わしはもう間違いなく長くはない……遺言書のほうはまた弁護士を呼んで書き換えねばならんが、ロイよ、おまえさんにも当然、わしはそういうものを残そうと思っておる……」
「ええと、ややこしいので、オレのことはもう抜いてもらっていいですか?まあ、娘のジョゼフィンさんと孫のエマとアーロンと、あとはシャロンと……他にも、アーロンには多少遺産を残したい親戚や友人や知りあいがいたとしても、大きなところでは血縁者と別れた最初の奥さんといったところでしょう。あと、リズのことはオレが幸せにするので勘定に入れなくても大丈夫です」
「まあ、そう言うな」
障害者用の広いトイレでふたりきりになると、アーロンは後ろのロイの腕あたりをぽんぽん叩いた。
「ところで、エマとアーロンがこっち来てずっと住みたいとか言っておるのは本心なのかの。それとも、夏休みの間だけ浮かれてそんなふうに言っておるだけなのか……まあ、ノースルイスの学校にだって友達がおるだろうし、こっちへ転校してきてそれこそいじめにあったということにでもなったら、元も子もないわな。じゃがな、わしは出来ればジョゼフィンたちをこっちへ呼び寄せたいわけだ……どう思うかね、ロイ?わしのような我が儘ジジイは、どうすれば自分の思う通りに出来るもんかの……」
「シャロンに相談するんですね。あとは、娘さんと率直に話しあうことですよ。市場での朝早い仕事と、夜の工場の仕事と……ふたつも仕事を掛け持ちしてるなんて、大変なことですからね。それか、『自分はこうこうこういう配分で遺産を残そうと思っておるが、それをわしが生きてる間に受け取っても死んでから受け取っても同じことだて』とでも言って、まとまったお金を先に渡すとか。何分、シャロンもジョゼフィンも、今はあなたに長生きして欲しいと心から願ってるんですから、『わしが死ぬのを待っとったらいつになるかわからん』とかなんとか言って、うまく説得するのが一番なんじゃないですか?」
「ふむ……難しいもんじゃのう。他に、ノースルイスにいるという、ジョゼフィンの亡くなった旦那の両親の問題もあるしの。まあ、ある意味幸せな悩みとでも思って、もう少し考えてみることにしよう。とはいえ、ジョゼフィンは二日後には帰ってしまうしな……」
ふたりがトイレを終えて外へ出ると、そこにはアーロンがいた。
「ねえ、ロイお兄ちゃん!ぼくにもおじいちゃんの車イス押させて。さっきからずっとやってみたかったの」
「はははっ!こんなじじいの乗った車椅子、押しても大して楽しくもなんともないぞ。それよりロイや、向こうのエマの墓のとこにある敷物にでもわしを下ろしてくれ。それで、アーロンのことを車椅子に乗せてそこらへんを散歩してくるとええ」
「ほんとっ!?おじいちゃん、いいの?やったーっ!!」
こうして、アーロンはおじいちゃんの車椅子を押し、おばあちゃんのお墓の前まで行った。敷物のところでは、ジョゼフィンとシャロンとリズ、それにエマが女同士で何か話しては笑いあっているところだった。ロイはそこに老アーロンのことを下ろすと、クッションを置くなどして色々座り心地よいようにしてやり、その後、若アーロンを車椅子に乗せて出発しようとした。
「アーロンばっかりずるーいっ!わたしも車椅子乗りたーいっ!!」
エマが後ろからついてきてそう言ったため、ロイが「じゃあ、交替でね」と約束すると、彼女はパッと明るく顔を輝かせていた。きつい傾斜のある坂道が多いため、ロイにしてもだんだん汗が滲んできたが、子供たちが自然の多い中、きゃいきゃい騒いで嬉しそうにしているのを見て――ロイにしてもその労働をさして大変とは感じなかったかもしれない。よく考えてみると、自分の足で歩ける健康な子供ふたりを相手に自分は何をしているのだろう……そう思わなくもなかったにせよ。
下の売店にある自販機でジュースやアイスを買ってもらうと、エマもアーロンも上機嫌だった。そこにあるベンチに腰掛けていた時、(一応、子供らの意見も聞いてみるか)と思い、ロイは何気なくこう聞いてみることにした。
「あのね、もし万一だけど……ママがノースルイスからこっちへ引っ越して来るとしたら、どう思う?」
「いいんじゃない?」
アーロンが、サイダー味のアイスをべろりとなめながら言う。
「よくわかんないけど、おじいちゃんお金持ってるんだよね?そしたらさ、ママはもう働かなくていいわけだし、学校から帰ってきても具合悪くて寝てるってこともなくなると思うんだ。ぼく、そうなってくれたら一番嬉しいな」
「だけど、転校するってことは、あんたはサミュエルやルカやウィリアムと別れるってことだし、わたしは親友のエリカやキムやアニーと別れるってことだもの。わたしは嫌だわ。でも、ママのこと考えたらそれが一番いいってことなんだとしたら……まあ、諦めるけど」
「大丈夫だよ。きっとこっちでも友達ならできるさ」
「そうかなあ。首都の子たちはみんな都会っ子だもん。ノースルイスだってあのあたりの北部一帯としては都会だけど、こっちの子たちからしたら田舎者なんじゃない?そんなことが理由でいじめられたりしないかしら。あたしはそんなことが心配だわ」
(そっか。エマとアーロンの感覚としてはそんな感じなんだな……)
エマの墓が坂を登った上のほうにあるため――子供たちは流石に、戻る道すがらでは自分たちの足で歩いた。ロイは五人分の缶ジュースを車椅子に乗せ、大きな菩提樹の葉陰にあるエマのお墓までそれを押していった。
この日はみながみな、雲ひとつない快晴の天気と同じく、とても幸福であった。この翌日、ジョゼフィンは父親から遺産云々といった話を聞かされたが、やはり予定通りその次の日には帰っていった。子供たちはもう少し滞在する予定ではあったが、アーロンは母親が帰るのを嫌がり、最後まで愚図ってばかりいたものである。
そして、高速バス乗り場のところで「おじいちゃんはお金持ちなんだろ?だったら、ママも今の仕事なんかやめちゃって、そのお金で暮らせばいいじゃないか」――アーロンがそんなことを言ったため、ジョゼフィンは息子の頬を引っぱたいていたのである。このせいで、母と子の一時的な別れは多少後味の悪いものとなったが、翌日には電話でアーロンが泣いてあやまり、ふたりは元の関係に戻ったようである。
「さてと、一体どうしたもんだろうね……」
リズとロイがユト河近くにある博物館へエマとアーロンを連れていってくれたので、その間シャロンはアーロンの元を訪ね、今後のことをお互いに相談しあっていた。
「まあ、確かに金のあることばかりがいいとも言えんわな。とはいえ、わしはこう考えた……シャロン、おまえさんもジョゼフィンも、お互い今の自分の生活というのにどうやら固執しておるようじゃ。でな、ジョゼフィンには、おまえが金を受け取るのであれば、シャロンも受け取ることに同意する。そしてシャロン、おまえさんが金を受け取るのであれば、ジョゼフィンも金を受け取ることに同意するだろうと――まあ、わしとしてはその話をおまえさんにしたくて呼びだしたのだよ」
「ははあ。アーロン、あんたも随分知略に長けた男のようだね。わたしがあんたから金を受け取ることを頑として拒めば、ジョゼフィンも金を受け取ることを拒否し続ける、だから、ふたり同時に受け取れば話が丸く収まると……そういった具合に話を持っていきたいわけだね」
「そういうことだ。ジョゼフィンはとりあえず、仕事に穴を空けられないからと言って帰っていったが、シャロン、もしこっちへ引っ越してきた場合、あんたが色々面倒を見てくれるなら……そうしてもいいそうだ。あとは、ロイのあのべっぴんさんな。リズもシャロンが今の場所から引っ越すのなら――まあ、左岸から引っ越すことを考えてもいいそうだからの」
こうして、突然にして色々な歯車が噛み合い、良い方向へ動きだしたことで……ロイもリズもシャロンも急に身辺が慌しくなった。何より、どうせ引っ越すなら夏休み中のほうがリズは都合が良く、ロイと不動産屋巡りをして急遽部屋を探してみたものの――彼女の出している条件が厳しいせいか、なかなか望み通りの物件には出会えないままだったのである。
>>続く。