こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ユトレイシア・ユニバーシティ。-【2】-

2021年11月13日 | ユトレイシア・ユニバーシティ。

 

 今回は執筆動機について書こうと思ってたんですけど……本文読んだら言い訳事項がありました

 

 ↓の中の講義で、『ジェイン・エア』が取り上げられてて、ここ書いてる時、昔読んだブロンテ姉妹関係の本をもう一度読み直そう……とか思ってたものの、今から取り寄せるのもなんかめんどくさいので、最初に書いた時のそのまんまということになりました(^^;)

 

 なので、「なんとも薄っぺらい講義内容だな~」と思ったものの、いつものわたしの悪い癖で「ま、いっか☆」で終わってしまったというか(殴☆

 

 それで、わたしブロンテ姉妹の『ジェイン・エア』と『嵐ヶ丘』大好きなので、書きたいことであればいくらでもあるとはいえ……結局ここの前文では書き切れないということで、何故『ジェイン・エア』だったかについて、少し触れておこうかな~なんて

 

 確か、前に途中まで連載してて、その後全消えした『もはや何を言っているのかわからない』の前文に、『アンという名の少女』の感想を書いたことがあって……わたし、見たのまだ1のみなんですけど、その時に『ジェイン・エア』を下敷きにしたところがある――みたいに書いてあるのを読んで、ちょっとハッ!としたわけです。

 

 そう思って見ると、「なるほど~!」みたいなところが結構あって、ようするに「フェミニズム的見地から見た赤毛のアン」というのでしょうか。そのあたりがすごく興味深かったのです

 

『赤毛のアン』を書いたモンゴメリもそうですが、『ジェイン・エア』の作者であるシャーロット・ブロンテにしても、小説に書いてることと実人生の違いによる葛藤みたいのがあって、それはやっぱり「女である」ことの苦しみに由来しているところが大きいように思うんですよね。もちろんどちらの作品も彼女たちが「女性であったから」、「女性であればこその視点」によって描かれてるからこそ面白いわけですけど、モンゴメリは夫の鬱病が転移したことによって苦しみの極致を味わいつつ自殺した可能性がある……と言われていますし、シャーロット・ブロンテは『ジェイン・エア』によって、作中のエドワード・ロチェスターのモデルとなった(既婚)男性への片想いを理想的に昇華したのではないかと言われています。

 

 また、モンゴメリの夫の牧師だったユーアン・マクドナルドは、妻の作家としての才能を理解しない愚鈍な夫としてファンたちからはすこぶる評判が悪く、シャーロット・ブロンテが作家として成功後結婚した男性は、新婚旅行後彼女に執筆を禁じたと言われていたり(^^;)。

 

 このあたりは、当時の時代的なこともあるでしょうけれども、なんにしても↓に出てくるテス・アンダーソン教授は、フェミニズム的見地から見た純文学と言いますか、そのあたりの著作が多数ある方なのではないかと思われます(たぶん)。

 

 そして、テス・アンダーソン教授の名前はトマス・ハーディの小説『テス』から来てるといえば来てる気がしなくもないものの(どっちやねん!笑)、『テス』って小説としては素晴らしいと思うけれど、あれもフェミ的見地から読み直してみると「なんてひどい小説だろう」という意味で、結構愕然とするものがあるというか(^^;)

 

 ではでは、なんにしても↓の講義内容が薄っぺらいのは、わたしが昔読んだブロンテ姉妹関連の本を読み直すのを怠ったからだ……ということで、よろしくお願いします(何を?)。

 

 そんで、特に言い訳事項さえなければ、次回こそ執筆動機について書きたいと思っていたり(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

 永遠に好き

 

 

 

     ユトレイシア・ユニバーシティ。-【2】-

 

 人の恋心とは不思議なもので、あまりよく知らない相手に一目惚れしたといったような場合――彼なり彼女なりは、その相手の<ほんの一面>だけを見て、残りの部分は「きっとこんな人に違いない」とか、「あんな人に違いない」と、自分の想像力によって補っていることがよくある。

 

 ゆえに、結局のところロイは……地下鉄に乗って憧れのリズ・パーカーのことをストーカーの如く尾行はしたが、彼女が自宅へ戻るのではなく、市郊外にある精神病院へ入っていくのを見届けると……その途端、激しい後悔の念に苛まれはじめたのだった。

 

 何も、実はリズが国内随一の大学の在学生である一方、精神病院にご厄介にならねばならぬ精神異常者であったとは――などと、ショックを受けたわけではない。友人や知り合い、あるいは親戚などが入院しているので見舞いに来た……という可能性もあるし、特段鬱病や神経症といった病名がついてなかったにせよ、こうした病院にカウンセリングへ来るということは誰にでもありうることである。

 

 ただ、ロイは(自分は本当に彼女のことを何も知らない)ということに打ちのめされつつ、その後、九つも地下鉄駅を通りすぎ、自宅のほうへ戻ってきたのだった。帰ってきて携帯をチェックすると、予想通りテディからメールが来ている。それも、栗のいがいがを取り除き、それをその後寮生数名でいかにして調理し食したかという、短い映像付きの。

 

(オレもこっちに行けば良かったな……)

 

 マホガニーの勉強机、ロフトタイプのベッド、その下のフィギュアやおもちゃの類の並ぶ戸棚、科学系の雑誌やアメコミ、日本のマンガ、SF小説がぎっしり詰まった本棚――といった、自分の見慣れた部屋を一渡り見回して、ロイは溜息を着く。

 

(こんなガキっぽい部屋、そのうち改造しなきゃ……彼女はきっとジニーと一緒で、アメフト部のキャプテンとか、サッカー部のゴールキーパーとか、そういう男のほうが好みってタイプなんだ。あの時色々親切にしてくれたってのも、そもそもオレの目が見えなくて気の毒だとか、そんなことが理由だったんだろうし……)

 

 ここで、ロイにはもうひとつ、ふと思い当たることがあった。リズが盲学校の寮へボランティアへ行くことがあるという話である。それでいった場合、もしかしたら――あの精神病院へも、何かのボランティアで行ったという可能性はないだろうか?

 

「そうだよな。入院患者の見舞いかボランティアってとこだったんだろう、きっと……」

 

 正直、ロイは今何故こんなにも自分が落ち込んでいるのか、よくわからなかった。ただ、何かが悲しかった。そして、階段を上がってごろりとベッドに横になると――ふと気づいた。自分はただ単に、<あてが外れた>ことにがっかりしているだけなのだと。

 

『あら、もしやあなたはあの時の……』

 

『そそ、そうなのです。実はあのあと、無事こちらの国内一と言われる大学に、このわたくしめも合格しまして……わっはっはっ!!』

 

『きっとあなたなら、浪人せず必ずストレートで合格すると思ってましたわ。わたしの思っていたとおり……』

 

『そそ、そうでした、そうでした。あの時は、アルパカの握りの可愛らしい傘をお貸しいただき、まっことありがとうございましたっ!!実はわたくし目が一発で本大学に合格いたしましたのも、あのアルパカ・アンブレラのお陰と言って過言でなく。何故なら、何故なら~、何故ならば~……』

 

『何故なら、なんですの?』

 

『あなたの~、あの傘の存在に励まさればこそ~、このぼぉくわ~、お勉強がツライ時にもがんばれたのであります!!つきましては、でで、できましたらぁ~、おつきあいしていただけると……』

 

『まあ、面白い方。もちろんオッケーでしてよ。これもアルパカ・アンブレラの結んだ縁ですわね。うふふふ』

 

(やれやれ。ひどい妄想だな。けどまあ、オレのほうではこれから現実ってヤツをしっかり認識せにゃあな。ようするに、彼女はアレだ。ああいうアメフト部のマッチョな連中が相手でも十分親しくつきあえるってタイプなんだ。いや、もしかしたらあの中の誰かとすでにつきあってたりするのかもしれん……)

 

 ロイはベッドの端にぶら下げた例のアンブレラを取り上げると、ワンタッチでそれを広げ、意味もなくしげしげと傘の内部を眺め、その後ゆっくり閉じた。以前までは、こんなことをしては(この傘を返す時に告白するんだっ!)などと意気込んでいたが、今ではもうすっかりそんな勇気もしなえてしまっている。

 

(じゃあ、どうする?次にもしどこかで奇跡的に出会えたとして……『傘を返させてくださいっ!』と言ったところで、向こうは『傘なんかもういいわ』という感じかもしれない。そうだ!あの時のお礼として何か奢らせてくださいって言うのはどうだろう?たぶん、そのくらいなら軽い気持ちで『じゃあ、学食のサンドイッチかドーナツなんかでいいわ』ってことになるかもしれない……)

 

 だが、ここでもうひとつ、問題が再び浮上した。リズ・パーカーと一緒にいた、残り二名の女学生はどうやら『フェミニスト講座』なるものを受けているらしいが、やはり相変わらず学部のほうがわからなかったのである。

 

「『フェミニスト講座』かあ。そんな名前の講義あったっけな。それとも、教授たちが時々開く、市民向けの講座を聞きにいった帰りだったとか?」

 

 この翌日、ロイは学生共生会館の掲示板にて、テス・アンダーソンが文学部の教授であることを知った。また、アンダーソン教授の講義は学生たちから一般に『フェミニスト講座』と呼ばれているらしいということも、アレンから教えてもらっていたのである。

 

『大学寮には当然、同学年・上級生含め、文学部所属の学生なんかわんさといるだろ?それで、テディがそこらへんのことうまく聞きだしといてくれって言ってたもんだからさ』

 

 まったく、持つべきものは友とは、まさしくこのことである。ロイはこの翌週、自分が受けねばならない授業を2コマ、計180分受けたのち、眠い目をこすりつつ、工学部より南にある、文学部の建物のほうへ向かった。基本的に、ユトレイシア大の在学生は自分の学部外の講義であれ、誰が聴講生になってもいいということになっている。ゆえに、人気のある教授の講義などは、後ろまで学生の姿で埋まっていることもあるほどである。

 

 そしてこの時、ロイはテス・アンダーソン教授がまさか、そうした超のつく人気のある教授であると思ってなかったため、工学部の講義ではいつもそうであるように、この時も教室のほうは人がまばらに違いないと思い込んでいた。そして、その目立たない隅っこのほうにでも潜り込み、リズ・パーカーがもしいたら、彼女の後ろ姿を拝みたい……などと考えていたわけである。

 

 ところが、教室のほうはほぼ満員御礼、座る椅子のスペースすらない状態だったため、ロイは同じように他の学部から来たのだろう、後ろに立っている学生たちに混ざって、ただそこに突っ立っているということになった。階段式の教室を一渡り見回してみただけでも、学生が椅子に詰めて座っている状態で、軽く百名以上はいたろうか(ちなみに、このうちの約8割が女学生である)。

 

(まあ、そりゃ別名『フェミニスト講座』だもんな。男が聞いてて、そんなに楽しい講義でもないってことか……)

 

 なんにしても、ロイは当初の目的に立ち返り、この八十名以上もの女学生の中から、リズの姿を探そうとした。最初は(もしかしたらいないかもな……)と思ったが、モデルのように長身のミランダ・ダルトン、逆に妖精のように小柄なコニー・レイノルズに挟まれていたためだろうか、リズ・パーカーの後ろ姿を見つけるのはそんなに難しくなかったのである。前から四列目の座席、やや中央寄りにいた。

 

(こりゃ、この講義が終わったあと、アルパカの傘の話なんかする雰囲気では全然ねえな……)

 

 何より、ロイにはこの講義がはじまる前から、終わった時の様子が容易に想像できた。きゃぴきゃぴ、ぺちゃくちゃしゃべくりながら、この目の前の女学生たちが我先にとばかり教室の外へ出ていこうとするだろうことが……。

 

 始業の鐘が鳴ると同時、前のほうのドアからレズビアンだという噂のテス・アンダーソン教授が、ハイヒールの音を高らかに響かせつつ登壇した。ロイの脳裏にこの時即座に思い浮かんだのは「威風堂々」という言葉であり、何よりアンダーソン教授はどこか颯爽としていた。ウェーブのかかった長い黒髪、夏休みの間、南のほうの外国で焼いてきたとでもいうような、健康そうなココア色の肌……教授は目鼻立ちがかなりはっきりしたタイプだったが、化粧のほうはしてないように見えた。身を包むスーツもブルーの地味なものだったが、それでいて圧倒的に人の目を惹きつけずにおかなかったのである。すなわち、教授としてのカリスマ性、という意味において。

 

「さーて、みんな。わたしの講義を受けたことのある学生さんならわかってると思うけど、初めて来る学生や一見さんもいるでしょうからね。一応、最初に確認しておきましょうか。みなさん、フェミニズムとは一体どんな意味でしょう?」

 

 もう耳にタコが出来ているのだろう、前列の女学生たちがみな、くすくすと笑って答える。

 

「すべての性が平等であるべきだ、ということです。先生」

 

「そうね。時々、女性の側から男性を攻撃する学問……みたいに勘違いしてる学生もいるし、女性嫌悪の別名だと思っていたり、ひどい場合はヒステリーになって今にも失神せんばかりの女の集団だと思われてることもありますからね。そこの男子学生!」

 

 前から五列目くらいにいた学生が、アンダーソン教授にじっと見つめられ、一瞬ギクッとしている。この瞬間、ロイもまた、リズの後ろ姿を拝みたいがためにそんな場所へ座ってなくて良かったと、心からそう思った。

 

「男と女の性は平等だと思いますか?」

 

「そっ、そうですね。まだ十分とは言えないかもしれませんが……それでも、昔よりは随分よくなってきているとは思います」

 

「昔って、一体いつ!?」

 

「ええと、ほんの何十年か前まではもっとひどかったんじゃないでしょうか。女性には参政権もないし……そのですね、僕一応文学部の学生なんで言わせてもらうと、女流画家とか女流作家とか、そういう言葉が存在すること自体、女性が社会のあらゆる分野において抑圧されてきた証拠と思うわけです。今は女性が絵を描いて自己表現するなんて普通ですし、女性の作者による優れた作品が数えきれないほど多く出版されてもいます。でも、昔はそんなことすら許されていなかった」

 

 彼の説明には結局、「いつ」という正確な説明はなかったが、アンダーソン教授はそのことを特段責めなかった。

 

「そうね。前回に続いて今回取り上げるブロンテ姉妹も、そんな女流作家でした。長女シャーロット、長男パトリック・ブランウェル、次女エミリー、三女アン……このブロンテ家の子供たちは、牧師の家庭に生まれたわけだけど、シャーロットの『ジェイン・エア』が世間に諸手を挙げて迎えられたのとは違い、エミリーの『嵐ヶ丘』は出版当時、牧師の娘らしくない内容というわけで、あまり評価されなかったの。ところで、ブロンテ三姉妹は最初、カラー、エリス、アクトン・ベルという男性の名前を使って詩集を出版してるわ。結局、2部しか売れなかったわけだけど……当時は女性の名前で書いた本が売れるとは思われなかったことから、シャーロットとエミリーとアンの三人は、男性の筆者名ということにして、自費出版したわけよね」

 

 ――このあと、『ジェイン・エア』と『嵐ヶ丘』のどちらの作品が好きかという決が取られたのだが、エミリー・ブロンテの『嵐ヶ丘』のほうが手を挙げる学生の数が多かったようである。

 

「ごめんなさいね、みんな!」と、アンダーソン教授はそうみんなにあやまった。「今日は『ジェイン・エア』について取り上げるけど、『嵐ヶ丘』についても次週以降取り上げるつもりだから、シャーロットよりもエミリーファンのみんなはその時まで待ってて。さてと、文学部の学生らしく、ほんとにみんな読書熱心なのね!でもまあ、一応あらすじのほうを説明しておきましょうか」

 

 ロイはこの時、心底ほっとした。何故といってブロンテ姉妹の作品はどちらも読んだことがなかったからである。ゆえにこののち、ホワイトボードのところに現れたスライドの文字を読めなくても――ロイは視力がそう悪いわけではなかったが、一番後ろからでははっきり文字のほうを判読出来なかった――当てられた学生のひとりが朗読してくれたため、大層助かった。

 

「そうそう、そのとーり!」

 

 アンダーソン教授は、朗読した学生に「サンキュー」と言ったのち、そう続けた。

 

「簡単にいえば、主人公の『ジェイン・エア』っていうのは、何クソど根性精神の持ち主なのね。孤児になったところを親戚の家へ引き取られるわけだけど、不当な扱いを受けることに抗議してばかりいると、実に有難いご慈悲によって引き取ってやったのに……といった感じの伯母さんが、ローウッド学院という孤児院へやってしまうわけ。そこでよるべのない孤児の受ける扱いがどんなひどいものかを味わい、心通じる友、天使のようなヘレン・バーンズの死を通し、人生とは何かを考えつつ、ジェイン・エアは成長してゆきます。この時代はね、女がひとりで身を立てようとしても、出来る職業で比較的聞こえがいいといえば、教師職くらいしかなかったのよ。そこで、ジェインは教師として資格を取り、ガヴァネスとして身を立てるわけだけど……まあ、このガヴァネスという職業が、雇われた屋敷の主人にいかに手を出されやすかったかという話は、また別の機会にするとして、ジェイン・エアもまた自分のこの雇用主に恋をしてしまうのね。もっとも、彼女の場合は彼がすでにもう奥さんを亡くしていると、そう思い込まされていたということがあるわけだけど」

 

 前列二番目の座席にいた女学生が、「狂女、バーサ登場!」と、くすくす笑って言う。

 

「そうよ!実はジェイン・エアが心惹かれて恋仲になったエドワード・ロチェスター氏は、頭のおかしい奥さんを死んだということにして――屋根裏部屋に隠してたのね。ねえ、みんなはどう思う?確かにロチェスター氏は、素敵な紳士であると同時に気の毒でもあり、彼がジェインにウソをついた気持ちっていうのも、ある程度理解は出来るわ。だけどこんな男、今の時代にもいくらでもいると思わない?わたしがねえ、『ジェイン・エア』より『嵐ヶ丘』が好きなのはたぶん……ヒースクリフっていう破天荒な男のせいな気がするのよね。彼は誰より何より、キャサリンを思い続けた、一途な男だったと思うもの。いい?みんなも気をつけるのよ。ほんとは奥さんがいるのに結婚指輪を外して近づいてきて、「自分は結婚してない」なんていう男、この世には腐るほどいるんですからね」

 

 ここで何故か、さざ波のように女学生の間から笑い声が上がった。この時、ロイにもテス・アンダーソン教授の講義が『フェミニスト講座』と呼ばれるのが何故か、少しだけわかるような気がしたものである。彼女はどうやら古今東西の文学作品を取り上げては、そこに自身の恋愛観や性の話などを織り交ぜて、学生たちに教訓として聞かせることがあり――それが彼女の講義が人気のある秘密なのだろう、ということだったからである。

 

「いい、みんな?これは笑いごとじゃないのよ。わたしはほんとに心底心配してる。あなたたちくらいの若くてピチピチした、人生これからっていう可愛い娘たちが……おかしな男に引っかかって人生の貴重な時間を浪費した挙句、何か取り返しのつかない間違いをしてしまうのをね。残念なことかもしれないけど、ここにいる学生の最低でも何人かは不倫を経験するでしょうし、もしかしたら今そうした恋愛をしてる子だっているかもしれない。もちろん不倫だってね、ジェイン・エアみたいに最後は結ばれてハッピー・エンドっていうならまだしも……ねえみんな、『ジェイン・エア』を読んでて、最後の終わり方についてどう思った?何故ロチェスター氏は片腕を失うのみならず、目まで見えなくなってしまったのかしら?」

 

「罰じゃないですか?いくら頭おかしくなってる大変な奥さんとはいえ、まだ彼女が生きてる間に若いジェイン・エアと恋仲になるなんて……当時の道徳観としては許されざることだから」

 

 何人もの学生が手を挙げたうち、アンダーソン教授が当てた女学生がそう答えた。再びサッと数人の手が上がるが、今度は少し数が減っている。そして次の瞬間、ロイは自分が当てられたかのように、心臓が一際高鳴った。何故といって、当てられたのは彼憧れのリズ・パーカーだったから!

 

「これは、『ジェイン・エア』の解説書に書いてあったことなので、正確にはわたしの意見ではないと先にお断りしておきます」と、そう前置きしてからリズは続けた。「『ジェイン・エア』において最後、ロチェスター氏の目が見えなくなり、そんな彼のことをジェインが献身的に支えるというラストは、そうなることでふたりが男と女として対等になる……そう暗示する効果があるのではないかということでした。孤児院出身の身分の低いジェインが、身分が高く元は資産もあるロチェスター氏と対等になるためには、彼が片腕を失い目が見えなくなることでようやく叶うという、当時の社会背景としてはそうしたことだったのではないかと。そんなの、おかしいじゃありませんか?と、作者であるシャーロット・ブロンテが考えたかどうかまではわかりません。けれど、その後約百七十年にもなる時代を生きるわたしたちにはそのように読める、ということです」

 

 アンダーソン教授は、「ふたりともありがとう」と言ってから続けた。

 

「アンバーの意見もリズの意見も、どちらもわたしは正しいと思うわ。そうね。リズの言ったことにひとつだけ付け加えるとすれば、シャーロットが何故ああしたラストにしたかといえば、お父さんの眼疾のこともあっただろうと言われているのね。また、アンバーの指摘したとおり、頭のおかしい奥さんの生存中から若い娘に手をだすだなんて、当時の社会としては道徳的にあってはならないことだし、そこでロチェスター氏にシャーロットは罰を下すことで読者に許しを乞おうとしたのかもしれない。けれど、より現代的な読み方としては、ふたりの関係はそうなることで男と女として対等になる……そういうことよね。みんなもちょっと想像してみてちょうだい。もし片腕がなく、目が見えなかったとしたら――のちに、片目のみ視力を快復したにしても――ロチェスター氏は当然、ジェイン・エアに頼りきりになるわけよね。それこそもう、他の若い娘になんて手を触れることすらしないでしょうよ。そんなにも献身的に仕えてくれる女性がいるのに浮気なんてとんでもないし、そんなことをしてジェインの心が離れていくことをこそ恐れるはずよ。だから、もしこれからあなたたちの恋人か、あるいはこれから恋人になる人が出来たとしたら……向こうがもし強権的な態度で、あなたの女性性を貶めるようなことをしてきたら、こう言ってやるといいわ。『あなたの目が今すぐ、不可思議な方法で見えなくなればいいのに』って。そしたら相手は言うわ。『ええっ!?なんだって』ってね。『ジェイン・エアでも読みなさい』って、あなたのほうでは言ってやるのよ。『わたしそのうち、狂女バーサみたいになって、あなたに襲いかかるかもしれないわ』ってね」

 

 ――講義のほうは学生たちの笑い声とともに、このあとも続いた。ロイも講義を聞いているうちに『ジェイン・エア』を一度読んでみたいと思ったし、この時の講義の内容にあったブロンテ姉妹それぞれの人生というのも、実に興味深いものだったからである。

 

 終業のベルが鳴ると、「次はみんなお楽しみの『嵐ヶ丘』よ!」と言って、アンダーソン教授は来た時と同じ、妙に意志のある颯爽とした歩みによって去っていった。

 

 その後、ロイは予想通りの、女性に特有のきゃぴきゃぴ、ぺちゃくちゃした雰囲気の流れに混ざるようにして、その場をあとにした。ロイにとって時間が過ぎるのはあっという間だった。何より、リズ・パーカーがいるのと同じ空間にいられるというだけで……彼にとっては時間の流れ方さえまったく変わってしまうようであった。さらには、彼女のよく通る声まで聞くことが出来た日には、天にも昇る心地だったといって決して過言でない。

 

 この時、ロイはリズとミランダとコニーの三人が教室を出ていくギリギリまで――ずっとその場に留まっていたのだが、彼が人の流れの最後のほうにくっついていこうとした時のことだった。

 

「君、見ない顔だね。少なくとも、文学部の学生じゃないだろ?」

 

 ワイシャツにキチッとネクタイを締めた、セーター姿の学生にロイは呼びとめられた。彼の後ろには同じように品行方正でいかにも真面目……といった雰囲気の男子学生がふたり、ついてきている。

 

「ああ、うん。テス・アンダーソン教授の講義がすこぶる面白いと噂で聞いたもんで、一度どんなもんかと物見遊山で工学部からやって来たんだ」

 

「パゴタから、ようこそ我がアルハンブラへ」

 

 ニック・ノリスに続いて、トム・スミスと名乗った青年が、手を差し伸べてそう言ったので――ロイは彼とも握手した。その後、一番後ろにいた背の高い学生が「ウィリアム・ミラーだ」と名乗る。

 

 ちなみに、パゴタとは工学部の建物のことで、てっぺんが東洋の寺院の尖塔のように見えるところから来ている。一方、文学部の建物はアルハンブラと呼ばれた。薄薔薇色の建物の外観が、どことなくアルハンブラ宮殿に似ているというのが、その由来らしい。

 

「で、どうだった?テス・アンダーソン教授の講義は?」

 

 四人は一階のロビーにたむろすると、自己紹介がてらなんとなくそこで話をすることになった。なんでも、彼ら三人はテス・アンダーソン教授の講義が必須だから受けているというそれだけで――いつも女学生の姿で満杯なのには、心底辟易しているという。「だから、君みたいに貴重な男性の姿を見かけると、声をかけずにいられなかったのさ」と。

 

「んー……結構面白かったかな。オレ、『ジェイン・エア』なんて一度も読んだことないけど、今回の授業でなんかすっかり知ったような気分になったし」

 

 三人はほぼ同時にどっと笑った。

 

「はははっ!そうなんだよなー、文学部ってさ、覚悟はしてたけど、はっきし言って毎日読書地獄なんだよ」と、トム。「アンダーソン教授もそうだけど、他の教授連もさ、大体のところあらすじ読んでレポート提出したりすると、もうバレバレなんだよな。シェイクスピアのソネットについてどうたら、ジェーン・オースティンの文体がこうたら……入学してまだ3か月にもならないってのに、もううんざりだよ」

 

「うんざりって……でも、君たち文学が好きで、そのことについて学びたくてここへ来たんだろう?ええと、確か今年のユトレイシア大・文学部の倍率は23倍だったとかって聞いたけど。その難関をようやくくぐり抜けたんじゃないか。どうにかうまく学生生活を楽しまなきゃもったいないよ」

 

 自分がそんな説教の出来た義理じゃない――そうわかっていたが、彼らはきっと工学部のことなんて何も知らないに違いない。だから、ロイにとってこれはあくまで一般論である。

 

「僕たちはね、ウィリアムが作家志望、トムが編集者、僕が詩人志望なんだ。笑っちゃうだろ?まあ、トムの編集者になって出版社に就職っていうのは一番現実的かな。ウィリアムもいいもの書いてる。けどまあ、僕は羊のように夢を見ては食べて寝てってタイプの詩人だな。農学部の連中が世話してる羊牧場の横を通りかかるたび、そう思うよ」

 

「いや、ニックだっていいもの書いてんだぜ」と、ウィリアム。「『若者よ、心せよ。青春の時は短い。若者よ、心せよ。時はうつろい過ぎゆく、夕べのひとときのように。そして宵の明星が……」

 

 そうウィリアムが詩の暗誦をはじめると、ニックが突然「わーっ!」と叫び、真っ赤になってウィリアムの口を塞ぐ。

 

「そう照れることもないだろ」と、トム。「一年生にして、ユトレイシア大・文藝集の秋号に載ったくらいなのにさ」

 

 ロイも、トムとウィリアムにつられるようにして、真っ赤になっているニックを囲んで笑った。工学部の学生たちとは気が合いそうにないのに、何故か彼らとは波長が合いそうだった。

 

 このあとも四人は、なんとなくくだらないおしゃべりを続け、その後、文学部の建物の前で別れた。三人はカフェテリアで軽く食事してから帰宅する予定だという。

 

(『若者よ、心せよ』か……)

 

 確かにまだ、ロイの大学生活もはじまったばかりだった。ところが、入学早々「IQ180」だの、「すでに起業している金持ち」、「親父は有名物理学者のハリー・ルイス」だのいう噂が広まり――さらに、教授の中には幼い頃から家族ぐるみのつきあいをしている先生方までいたため、ある種のやっかみから、現在ロイには同じ学部にテディ以外友達がひとりもいない。

 

(テディはいいよな。ラーメン屋でアメフト部の連中に話しかけたみたいに、物怖じしないで誰とでも普通に話す感じだし……向こうが「話しかけられたくない」ってオーラだしてても、まるっきり無視してるくらいだから)

 

 この時ロイは、まだ紅葉しきっていない欅の並木道を歩きつつ、真っ直ぐ家へ帰るところだった。地下鉄に乗った場合、二つ分の駅を移動することになるが、歩いて帰れないほど遠い距離でもない。ゆえにロイは時々、考えごとをしたい時など、歩いて家まで戻ることがよくあったのである。

 

(きっと、リズ・パーカーだってそうだよ。オレみたいな奴とつきあったって、彼女に何かメリットがあるってわけでもない。そうだよなあ。何かこう、ちょっとした便利なアプリっていうんじゃなく、もっとみんなをアッと言わせる発明でもして、大学新聞のトップを飾るとか、そんくらいになんないと……いや、待て。その前にすでに彼女にはステディな恋人ってやつがいるかもしれないし……)

 

 ロイがそんなことをうだうだ考えつつ、赤や茶色のレンガで出来ていることから、通称「赤レンガ」と呼ばれる法科の建物のほうへ向かっていると――「ロイーっ!!」と叫びつつ、彼の後ろから走ってくる小さな白い影があった。何故白い影かといえば、その日テディは膝丈まである長さの、白いロングコートを着ていたからである。

 

「ロイっ!!ぼく、すごい情報仕入れてきちゃったよ!だから聞いて聞いてっ」

 

「ええ!?まさか、全自動栗皮剥き機の青写真が、頭の中でだけ完成したとか、そんな話じゃないんだろう?」

 

 そう軽い調子で応じると、テディは鼻をすすりながら全力で笑った。いつもの気安い調子で、ロイの背中をばんばん叩いてくる。

 

「ちっがーうっ!ぼくが言ってんのはね、ロイの憧れのリズ・パーカーに関することさ。ぼくのユトレイシア大学内における情報収集力をなめるなよっ」

 

「ふうん。それで?007はボンド・ガールのどんな情報を仕入れてきたっていうんだ?」

 

 ――このあと、枯葉の敷きつめられた、松かさが幾つも落ちている小径を歩く間、セオドア・ライリーは次のようなことを親友に話して聞かせたのである。

 

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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