こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

BL帝国見聞録。-【2】-

2021年07月13日 | 日記

 

 さて、前回の前文の続きですm(_ _)m

 

 それで、萩尾先生が「11月のギムナジウム」を描いた時点で、竹宮先生的には完璧にOUTだった……という件なのですが、わたし自身の「一度きりの大泉の話」と「少年の名はジルベール」を読んだ解釈としては、「風と木の詩」を掲載させてくれる雑誌or出版社がなかなか見つからず、他の誰かに先を越されるのではないかと焦っていたところ、萩尾先生が同じ<男子寄宿舎もの>を描いたことが問題だった――というところだったわけです。

 

 でも、これでいくと、竹宮先生が萩尾先生に渡されたという手紙の内容がよくわからないんですよね当時、その手紙を受け取った萩尾先生でさえ、竹宮先生が一体何を言いたいのか、さっぱりわからなかったと思います。それで、盗作云々が問題なのではなく、自分の性格的なことなど、他のことで気に入らないことがあったのが原因なのだろう……といったようにさえ思った。

 

 でも、竹宮先生は萩尾先生が「風と木の詩」を盗作したと、当時は本当にそう思われたのだと思います。「一度きりの大泉の話」によると、萩尾先生が渡された手紙には、大体次のようなことが書いてあったと言います。>>「OSマンションに来られては困る」、「せっかく別々に暮らしてるのに前より悪くなった」(私が遊びに行くので?)、「書棚の本を読んでほしくない」、「スケッチブックを見てほしくない」、「節度を持って距離を置きたい」、「『11月のギムナジウム』ぐらい完璧に描かれたら何も言えませんが」――普通に考えた場合、この手紙はどういう意味だろうと萩尾先生自身が悩まれたわけですから、まったくの第三者である読者にとってもこのあたりは「???」といったところで、わたしなど、竹宮先生は萩尾先生に対する嫉妬のあまり、そんなふうに被害妄想的なことまでお書きになったのだろうか……と、最初読んだ時はそう思ったくらいです(^^;)

 

 でもほんと、竹宮先生は理性的かつ冷静な頭のいい方なので、そうした方がこうした手紙を書くということは……基本的に、「それなりの理由があってのこと」なわけですよね。また、萩尾先生も竹宮先生のような方がそう言うということは、これは自分に何か悪いところやよほど嫌なところがあるに違いないと思って悩まれたのだと思います。

 

 で、ですね。確かにわたしも「11月のギムナジウム」をもう一度読み、ポーの一族の中の「小鳥の巣」を読み……それと「風と木の詩」の最初のほうを比べてみても、「ええ~っ。これが盗作って……」としか思えないわけです。というか、これだけ作風の違うお話であるにも関わらず、これで盗作疑惑をかけられ傷ついた萩尾先生は怒って当然であるにも関わらず、ずっと黙ってこられたのだと思ったら――最初は一ファンとして本当に腹が立ったものでした

 

 でも、今は竹宮先生の萩尾先生に盗作疑惑をかけたポイントについて、あらためて読んでみるとわかります。あ、ちなみに萩尾先生サイドの言い分については、「一度きりの大泉の話」の中に書いてありますので、今回はあくまで竹宮先生サイドに立った場合、おそらくこうだったのではないか……という感じのことだったり

 

 

「なぜ、男子寄宿舎ものを描いたのか?」

(わたしが「風と木の詩」の中で、男子寄宿舎を舞台にしてるの、知ってるでしょ?あと、この話をどのくらい大切にしてるかってことも……なのにモーサマはわたしが「風木」のクロッキーブックを見せたあと、「11月のギムナジウム」を描いたんだよ。ひどいよ)

 

「なぜ、転入生がやってくるの?」

(「風木」の出だしで、セルジュが転入してくるっていうシチュエーションと丸被りなんだけど。これ、「11月のギムナジウム」読んだ時も思ったんだよね。それなのに、ポーの一族でまた使ってる。もう許せない)

 

 他に、「せっかく別々に暮らしてるのにもっと悪くなった」というのは――「11月のギムナジウム」の時ですでに、竹宮先生的には許せないものがあった。でも、理性の人で冷静で優しい竹宮先生はその時点では「盗作」とまでは言えないと判断し、黙っていた(でも、この時から竹宮先生は萩尾先生のことを避けるようになったのではないいかと推測される)。ところが、ポーの一族の「小鳥の巣」のほうが、より「風木」のパクリ度が高い(せっかく別々に暮らすようになったのに!)……というのが、竹宮先生側の言い分なのだと思います。

 

 そして、ここまで考えてみてから、もう一度「11月のギムナジウム」やポーの一族の中の「小鳥の巣」と「風と木の詩」の最初のほうを比べてみると……一般的にこの作品を<盗作>と思う人はほとんどいないのだけれど、竹宮先生が当時言いたかったであろうことが、少しずつ見えてきます。

 

 つまり、どういうことかというと、竹宮先生に対して「ポーの一族」を描いている人ですよね?といった誤解があったり、萩尾先生のほうに逆の場合があったり――作品にもよりますが、萩尾先生と竹宮先生って、少し漫画の雰囲気として似通ったところがある。その上で、「同じ男子寄宿舎もの」であり、「転入してきた日に雨が降っている(これは「11月のギムナジウム」)、「温室が出てくる(小鳥の巣)」、その他、学校の門の様子であるとか、学校を取り囲む自然の雰囲気であるとか、さらには男子寄宿舎の制服ですね。11月のギムナジウムはネクタイだけれど、ポーの一族の「小鳥の巣」では、ボウタイ(でいいのかな?)という共通点があったり……細かいことかもしれないけれど、竹宮先生には竹宮先生なりの「パクられた」といったように感じた理由があったのだと思います。

 

 こんなふうに書いていても、わたし自身は170%萩尾先生の味方であったりはするのですが(^^;)、竹宮先生としてはたぶん、「風と木の詩」のクロッキーブックを見せたことを、他の方は別として、萩尾先生にだけは見せるのではなかった――といったように、のちに非常に後悔されたのではないかと思います。

 

 また、萩尾先生にとってはもっと、「あとからこんなことになるのなら」見せないでいてくれたら良かったのにという、そうしたことだったのではないでしょうか

 

 なんにしても、他の方の感想にあった「竹宮先生的には萩尾先生が『11月のギムナジウム』を描いた時点で完璧にOUTだった」という一言で、「あ、そっか。それでいくとこういうことだったんじゃないかな……」といったようにわたしが思ったのが、以上の点になります(^^;)

 

「そりゃ避けて口も聞かなくなるよ。自分にとって一番大切な作品を盗作されたと思ってたんだから」――といったことだったと思うのですが、萩尾先生にそうした意識はまったくなかったし、「(盗作疑惑をかけたことは)忘れてほしい」みたいに言われたし、誤解だったってことでいいのよね……と思い、その後「トーマの心臓」の連載に萩尾先生は着手されます。

 

 そして、こうして次に「トーマの心臓」を読むとですね、再びまた「転入生がやって来る」わけで、制服のほうもやっぱりボウタイなわけで、その他<男子寄宿舎>である以上、学校の建物ですとか、学校を取り囲む自然ですとか、(竹宮先生的には)「風木」と似通った要素が満載で、「自分の言ってる意味がモーサマはさっぱりわかってなーい!!」となったのではないかと想像されるわけです。。。

 

「トーマの心臓」を連載中、竹宮先生がこれから描こうとされている「風と木の詩」の盗作ではないか……とのまことしやかな噂が入ってきて、萩尾先生はショックを受けるわけですが、こうした背景について考えていくと、なんとなくわかるような気はします(あ、ちなみにわたし、そうした噂を流したのは竹宮先生や増山さんだろう、みたいには一応思ってないのですが^^;)。

 

 そして、竹宮先生は萩尾先生に対する嫉妬に対し、>>「私が過剰反応していた、一人相撲をしていたのでしょう」と、「扉はひらく いくたびも」でおっしゃっていますし、「少年の名はジルベール」の中でも>>「完全に私の独り相撲だった。自家中毒ともいえる」と分析されています。

 

 でもこれは、萩尾先生と離れてかなり時が経ってからそう思えるようになったことであって――当時は「一人」相撲とは竹宮先生は思われなかったのではないでしょうか。竹宮先生はその後、「トーマの心臓」が連載されていた週間少女コミックで、「ファラオの墓」の連載を開始されます。そして、もし読者アンケートで1位が取れたら「風と木の詩」を連載できる(かもしれない)……ということで、この時竹宮先生と増山さんはきっと、燃えに燃えたのではないかと推測されるわけです。これはわたしの勝手な想像ですけど、「少なくとも絶対『トーマの心臓』よりは人気で上回ってやるっ!」とか、「その上で絶対「風木」の連載を勝ち取るんだっ!!」みたいに竹宮先生がお思いになっていたとしても、なんら不思議でなかったのではないかと思うのです(ですから、竹宮先生的にはこの時には一人相撲ではなく、萩尾先生という仮想敵(?)と相撲を取っておられたのではないかという気がする、というか^^;)。

 

 でもその後、「ファラオの墓」の連載中に竹宮先生はスランプを脱する手応えを掴まれ、萩尾先生は盗作という疑いを、「トーマの心臓」という作品の素晴らしさによって晴らしたも同然で……本当にすごいですよね。萩尾先生も竹宮先生も、それぞれ代表作のひとつとなる「トーマの心臓」や「ファラオの墓」を、二十代前半という若さで描かれているわけですから

 

 そんなところに凡人が何か書いていいものかな……という気もしますが、これから私、萩尾先生や竹宮先生の漫画を少しずつ読んでいこうと思ってるので、この話はたぶんまだ続きます(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

 

     BL帝国見聞録。-【2】-

 

(ここは、一体どこだ……?)

 

 それまでずっと、あの巨大地下空洞で感じたような闇の中にいたというのに、私の意識は突然にして、まるで知らない光の中で目覚めていた。おわかりいただけるだろうか?いつも自分が眠っては目覚めるあの見慣れたベッド……ふと横を見れば、女房が寝る前に美容液を塗った顔をてからせているのが見えるという、いつもの見慣れた光景など、どこにもない。自宅の寝室にある傷のついたタンスもなければ、壁にかかった動物を擬人化した絵画もなく、あまり気に入ってないドレープの重々しいカーテンも窓にはかかっていない。

 

 そこで私が目にしたのは、それまでどこかで見たことがある気はするのに、実際は本や映画の中でしか見たことのないもの――あるいはまったく知らない装飾品によって飾られた、やけに豪華なアンティーク調の室内だった。

 

 どうやら私は、繻子張りのソファの背もたれに体をもたせかけ、眠っていたらしい。そして、その部屋でまず真っ先に目を引くのが、ダビデの全裸像といった、とにかくすべて全裸の男たちの彫刻群であった。あとは、その間を埋めるようにして本棚が並び、そこにはオスカー・ワイルドやラシルドといった作家の、同性愛をテーマにした小説が何十冊となく並んでいる。あとは、ようするにゲイものの映画のDVDが(よくもまあ……)と、私が呆れるほどの数、そこには陳列されていたのである。

 

『目が覚めたかね?』

 

<花のノートルダム>といった小説をぱらぱら見たり、あるいは<マイ・プライヴェート・アイダホ>、<ブエノスアイレス>といったゲイ映画のあらすじをちらほら見ていると、突然どこかからそのように話しかけられ、私は驚いた。いや、正直に言おう。一瞬ビクッとして、ゲイのポルノ映画のブルーレイを手から取り落としていた。

 

「ここは、一体どこなんですか!?」

 

 私は声のしたほう――部屋の天井にあるスピーカーのあるあたりに向かってそう聞いた。もしかしたら、どこかに隠しカメラでもあって、行動を見張られている可能性もあることに、私は初めて気づいていた。

 

「BL帝国の広い地下内のどこかさ。お宅の寝ている間に栄養剤を注入しておいた。おまえ、もしかして仕事のしすぎで過労死寸前だったんじゃないのか?」

 

「ま、まあ、仕事のほうは確かに忙しいが……」

 

 私はもごもご言い訳した。実をいうと、私には今、仕事以外のことでも悩みがあったが、そんなこと、言うまでもなく彼女には関係のないことだった。

 

「そんなことより、私と一緒だったキャロル・アンダーソンを知らないか?彼女は今、どうしてる?」

 

『あのあと、お宅がいくらしても起きないもんでね。BL帝国内のツアーのほうは、お宅を除いた他の記者どもで行なうことになったよ。だがしかし……あのキャロル・アンダーソンという女はもう終わりだな。BL廃人一直線というくらい、たったの半日でひどい禁断症状がでていた』

 

 BL廃人とは!!BLが好きすぎるあまり、BLに関係した何かを常時摂取していないと、いずれ禁断症状がでて廃人の徴候をきたす腐女子のことである!

 

「BL廃人……?よくわからないが、君たち、もしかしてキャロルに何かしたのか!?」

 

『フッ……我々は特にこれといって何もしてなどいないさ。ただ、彼女と他の記者たちにはバレエや男塚鑑賞ののち、もっとハードなゲイのポルノ・プレイを見てもらったというだけさ。途端、あのキャロルという女はすっかり目の色を変えてしまってね。もともとそうした素養があったんだろう……狂喜して、マッチョな男どものパンツに千円札を何枚も突っ込んでたよ』

 

「ば、馬鹿な……彼女には結婚を誓いあった婚約者だっているんだぞっ!それに、いつでも女らしくてしとやかで――いや、だがまあそんなことがあったっていいんだろう。男がストリップショーを見てはしゃぐのと似たようなものなんだろうしな……」

 

『ふふん。貴様、さては女の生態というものを、さっぱりわかってなどいないな……?』

 

 私は一瞬ギクッとした。実をいうと最近、妻から寝室を別にしようと切り出され、そのことで思うところが少しばかりあったからである。

 

『なんにしても、これを見るがいい』

 

 ヴィ……ン!という音がどこかからしたかと思うと、天井からスクリーンが降りてきて、次の瞬間、カチッという音とともに、そこにはある映像が映しだされた。

 

『お願いよおおっ!もっと見せてえっ!!ビーエル、びーえる、BLうううっ!!うっうっ……』

 

 その映像の中の女性は、どこからどう見ても私の知っているキャロルではなかった。豊かな金の髪を振り乱し、目つきなどすでにもう麻薬中毒患者のそれだった。そして、私が今いるのとよく似た部屋のドアを叩き、「ここから出して!」と叫ぶ代わりに、唇の端からよだれさえ垂らしつつ、「BLが欲しいのおっ!」と叫んでいるのだ。

 

 キャロルはドアに爪を立て、そこから血さえ流していた。そこまでBLというものに飢えているのだ。その後、彼女が絶望のあまり泣きはじめると、ドアが開き、例の案内役の双子が姿を現した。そして、髪の短いほうがこう聞く。

 

『おまえ、確かカナダに結婚を約束した恋人がいると言ったな?だが、今ここで我々腐女子メンバーの一員になったとすれば、もう地上へは戻れないのだぞ……?』

 

(それでいいのか?)といったように、憐れみさえこめた眼差しで双子はキャロルのことを見ていた。するとキャロルは、首にかかった恋人の写真入りペンダントを「こんなもの!」と、床に投げ捨てたのである。大理石の床に当たると同時、蓋が開き、歯磨きのCMに出ている外タレのような、白い歯を輝かせる男の顔が見えた。だが、キャロルは次の瞬間、ハイヒールの踵で容赦なく恋人の顔をにじり潰したのである。

 

『こんな男、もうどうだっていいわ!それより、私は早くBLが見たいの。こんな男と結婚するより、なんといってもBLよ。彼、結婚したあとは家庭に入ってほしいなんて、石器時代の生き残りみたいなことを真顔でいう男なのよ。そんな男と結婚するより、BL賛美者としてここにいられることをこそ、わたしは選び取るわ!!』

 

『フッ……もう我々の間に言葉はいらないようだな。今日の午後には正式に会員証を発行し、晴れて正式な腐女子会員となれたことを祝う、儀式を執り行おう』

 

 双子の髪の長いほうがそう言い、キャロルの右の腕を取った。また、髪の短いほうが彼女の左の腕を取り、ドアの外へ出ていく。何やら三人ともすっかりもう、BLを通した親友同士といった雰囲気だった。

 

『きのうの、あのキャストの美少年、もう最高ね!ムチが振り下ろされるたびに叫ぶ、潤みを含んだあの声が堪らないわ。彼、次はいつあのショーに出るの?』

 

『そうだな。今日は一日休んで、また明日には同じナイトショーに出るんじゃなかったかな』

 

『きゃっ!楽しみだわ』

 

 頬を紅潮させ、瞳をきらきら輝かせる、幸せそうなキャロルの横顔を映しだしたところで――スクリーンの映像は途切れた。そして今度は、BL帝国内と思われる、別の場所の映像が映し出される。

 

『あっ、あなたたちっ!一体何者なの!?私が一体誰か知らないわけじゃないでしょう?私はB週刊誌の記者で、今まで政治に関していくつもスキャンダルをすっぱ抜いてきてるのよ。こんなことをしてただで済むと思ったら……』

 

 ――おそらく、(大間違いよっ!)と言おうとしたのだろう、だが彼女の喉の奥から言葉は何も出てこなかった。BLアーミーの一人がおもむろに彼女に向かい、太い注射針をナイフでも刺すようにグサリと刺したからだ。

 

『び、BLなんて、け、汚らわしい……』

 

 それが、三十代半ばほどと思われる、女性記者の最後の言葉だった。意識を失ったと思しき彼女のことを、BLアーミーたちが担架で運んでゆく。私はゾッとした。もしかして、BLに対して何か否定的な言葉を発すると、このB週刊誌記者のようになるということなのだろうか?

 

「か、彼女は一体このあとどうなったんだ!?」

 

『おまえの知ったことではない……と言いたいところだがな、まあ何分、貴様にも多少は関係のあることでもある。だから、一応説明しておいてやろう。この女は目下のところ、我々の部下がBL洗脳教育を施しているところだ。それで我々のBL思想に染まればよし、よしんばそうならなかった場合は、腐界の海かやおい沼行きということになるだろうな』

 

「び、BL洗脳教育だって!?それに、そのフカイのウミだの、ヤオイヌマだのいうのは、一体なんなんだ?」

 

『フッ……言葉で説明するよりも、実際に目にしたほうが早かろう』

 

 再び、スクリーンにB週刊誌記者の姿が映った。場所は、精神病院を思わせるような雰囲気の、病棟の室内だった。そこで彼女は両手両足を縛られたままの格好で、ある映像を見続けるよう強制されていた。よく見ると、画面のほうには――タイの有名なBLドラマが流れているようである。

 

『ふふふ。そろそろ、男同士のアレコレに、貴女の胸もきゅんきゅんしてきた頃合だろう……?』

 

『くっ……この程度じゃまだまだよっ!』

 

 B週刊誌記者は確かに強情なようだった。だが、何故か彼女の頬は紅潮してさえきており、時折息遣いが荒くなってもきている。

 

 だが、先ほど「汚らわしい」と言った唇からは、苦しげな呻き声のようなものが洩れはじめており――最後に彼女はフーッと、深い満足の吐息を着いたのだった。

 

『降参だわ。BLって、実は素晴らしいものだったのね……長年ジャーナリストとして色々取材してきたのに、こんなことも知らなかっただなんて、本当に恥かしいわ』

 

『BLの良さをわかっていただけて何より……だが、あなたの相棒のもうひとりの男記者のほうは、やおい沼行きが決定したよ。大体のところ、あなたが見たのと同じ映像や本を見せたりしたのだがね、我々の存在を愚弄し、映画や本に唾を吐きかけたのだ。このこと、あなたはどう思うかね?』

 

『ハッ……いかにもあいつのやりそうなことね。BLの良さがわからないだなんて、本当に馬鹿な男。まあ、もしかしたら自分がカマを掘られるところを想像して、気味が悪かったのかもしれないけどね』

 

 言うなり、女性記者は『アッハハハッ!!』と笑いだしていた。

 

『でもあいつ、自分が男に相手にされるとでも思ってたのかしら?ハゲのチョビヒゲのくせして……あんな奴、金を払っても誰もレイプすらしてくれないわね。しかも、女は性の役割で男よりも下だとか抜かす、社内でも有名なセクハラ野郎だったのよ。あんな奴、突然行方不明になっても、誰も悲しがりすらしないどころか……社内では喜ぶ社員のほうが多いでしょうね。だって、物凄いパワハラ上司だったんですもの』

 

 ――ここで、数瞬画像が乱れてのち、再び映像が切り替わる。

 

『た、たた、助けてくれっ!金なら払う、金ならいくらでも払うから……っ!!』

 

 今まで、一体どんなひどい目に合わされてきたのだろう。ハゲのチョビヒゲは、着ていたスーツも破れ、背中のあたりからはひどい鞭による打ち傷まであり、そこから血が流れていた。ちなみに、ズボンやパンツも破れて、半ケツ状態になっている。

 

『金だって!?そんなもの、ここではなんの役にも立ちはせんぞっ。それより、BLを嘲弄したことを後悔し、死をもってその罪を償うがいいっ!!』

 

『ヒィィィッ!!お、お許しっ、どうか何卒お許しを……』

 

 彼が牢獄から引き出されてくると、いくつも牢屋が並ぶ廊下の両側には――おそろく、チョビヒゲが犯したのと同じ罪を犯した罪人どものしゃれこうべが、山のように積んであった。

 

(これじゃまるで、パリのカタコンベじゃないか……!!)

 

 私の心はこの恐怖映像に震えた。一体、BL愚弄罪かBL嘲弄罪かはわからないにしても、その罪状によって、今まで何人の人間が拷問ののち、処刑されてきたのだろう。

 

 いや、私のこの想像はまだ甘かった。何故なら、本当の恐怖はここからはじまるのだったからだ。

 

 BLアーミーの数人に引きだされてきたチョビヒゲは、すでにもう震えのあまり足腰が立っていなかった。そこで、半ば引きずられるようにして廊下を連れていかれたのち――彼の目の前には信じられない光景が広がっていたのである。

 

『うっ、ううっ、うげえっ!!ここは本当に日本か!?というより、ここは本当に地下世界なのかっ!?』

 

 チョビヒゲがそう叫んだのも無理はない。私自身、彼が眼にしたものと同じものを眺め、呆然としたからだ。そこには、果てなどどこにもないかに見える不気味な沼が……時折何かブツブツつぶやいてでもいるように、気泡を浮かべていた。

 

<ヤマなし、オチなし、イミなし……クックックッ……うっふふふふ……>

 

 おそらく、私の耳の聞き間違いではないだろう。沼は確かにそうはっきりと囁いていた。<ヤマなし、オチなし、イミなし……うっふふふふ……>――こうして、チョビヒゲはやおい沼の中へ、BLアーミー三人から蹴り飛ばされて沈んでいった。

 

『い、いやだああっ!こんな、ヤマもオチもイミもない死はいやだああっ!!』

 

『ハハハハハッ!!バカな奴めっ!今さら後悔しても遅いが、もしかしたらBLを褒め称えれば、沼の主が情けをかけ、助けてくれるかもしれんぞっ』

 

 BLアーミーのひとり、ユリエがそう叫ぶと、チョビヒゲは愚かにも、その最後の望みに縋ることにしたようだった。

 

『す、すみませええんっ!!許してくださぁ~いっ!!び、BL最高っ!!BLこそぉっ、この世の宝ぁぁァッ!!』

 

『声が小さいぞっ!!それに、まるで心がこもってないっ!!』

 

 BLアーミーのふたり目、リリィがそう叫ぶと、チョビヒゲの体はさらに底なしやおい沼へと沈んでいった。彼の体のまわりでは、ビュルビュルと沼が何かの意思でも持っているかのように――粘性の触手さえ伸ばしてきていたのである。

 

『び、びびっ、BLうっ!!オレはもう、BLのおっ、トリコおっ!!BL一番っ!!カステラ二番っ!!三時のおやつもBLうっ!!』

 

『このどアホめがっ!有名な某カステラ屋まで巻き込むんじゃないっ!!そーらそらそら、腰まで埋まってきたぞ。もっと気合を入れてBLを賛美しろっ!!』

 

 三人目のBLアーミー、エリカがそう叫び、チョビヒゲの奴に踵落としを食らわせる。その後も、チョビヒゲは『BLのため、この命捧げますうっ』とか、『BLのため、全財産捧げますうっ』、『BLのためならぁ~、えんやこらぁ~!!』など、涙ぐましい努力を続けたが、結局のところ彼の重い肉体は重力の命じる通り、沈んでゆくばかりだったのである。

 

 そしてとうとう――<ヤマなし、オチなし、イミなし……うっふふふふ……>という声の中に飲み込まれるようにして、チョビヒゲの命は儚く散っていった。ただ、ボーイズラブを認めず、その存在を愚弄したという、たったそれだけのために……。

 

(お、おそろしい……ッ!!)

 

 私は両手で顔を覆った。見ていられなかった。チョビヒゲが断末魔の叫びを上げ、やおい沼に窒息しながら沈んでゆくところなど、恐ろしくて到底直視できなかった。

 

『今のチョビヒゲの死に様をよく見ておけよ。もしかしたらあれは明日のおまえの姿かもしれないのだからな』

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 BLについてもやおいについても、私はさっぱり理解できなかったが、なんにしても、悪く言わないようにお口にチャックだと、肝に命じた。また、BLの良さなどさっぱりわからなかったにしても、とにかく何か褒めたり、『BLサイコー、フワッフーッ!!』といったノリの態度を示しておくべきなのだろうと、そう思いもした。

 

『我々BLアーミーは、BLをまったく非難しない人間のことまで苦しめはしない……言ってる意味がわかるか?そこまで我々は狭量な人間ではないということだ』

 

「わ、私は特にこれといって同性愛に偏見はないっ!!昔、そういった記事を書いたこともあるし、どちからといえば同性愛擁護派だ。だがまあ、もし私に息子がいて、パートナーの男性を紹介された場合にはちょっと複雑な気持ちになりはするだろうが……」

 

 ここで私はハッとした。私には息子はいないが、14歳のひとり娘がいる。この瞬間、私の脳裏をデジャヴが掠めた気がした。そうだ。あれは確か、今から一年くらい前のことだ――リビングのテーブルに、一冊の漫画の本が置いてあったのだ。なんとなくパラパラめくってみると……男同士が裸で絡みあっているシーンにぶつかった。

 

『一体なんだ、これはっ!?』

 

 驚いて私がそう叫ぶと、トイレから戻ってきた娘が、私の手からその漫画を奪い取っていた。

 

『やめてよっ!友達から借りた大切な本なんだから、汚い手で触らないでったらっ』

 

『マイカ、どうしてそんな本を読むんだ?男同士で股間をまさぐりあったりなんだり……おまえの友達も友達だな。そんな変な本を読んでる暇があったら、ちゃんと勉強しなさい、勉強っ!』

 

 そのあと、マイカはぷいっと部屋に閉じこもってしまった。私の中では大したことのないことだったが、思えばあの日以来なのだ――妻の心はすっかり私から離れ去っていたが、それでも娘が何かと私の味方をしてくれることで、我が家はどうにかバランスが取れていたのだ。

 

(そうか。そうだったんだ……あの日以来、マイカはとにかくママの味方ばかりするようになって、家族の力関係は完全に2:1に分かれてしまったんだ。私はてっきり、娘の心変わりを、あのくらいの娘に多いと言われる『お父さん、なんかクサイ』とか、そういう反抗期の一種なんだと思っていた。だが、違う……私が今まで気づかなかっただけで、ちゃんと理由というか、原因があったんだ……)

 

 実をいうと、私が家庭内で悩んでいたのがこのことだった。仕事のほうは超がつくほど忙しく、家へ帰っても安らぎひとつなく――こうして体重がどんどん減ってゆき、私は痩せ細っていったのだ。

 

「どうかしたのか……?」

 

 ふと気づくと、セーラ隊長が部屋の中にいた。私は頭を抱え込んだまま、娘のマイカの話をした。彼女が読んでいたBL漫画をつい否定してしまったこと、それ以来、娘の態度が急に冷たくなったが、まさかそんなことが原因だったとは、今の今まで思ってもみなかったということなど……。

 

「ふうむ。なるほどな」

 

 セーラ隊長は美しい人物だった。軍帽からはきらきらと輝く赤毛が伸び、瞳は澄んだ鳶色をしている。日本人なのか、ハーフなのか、それともクォーターか……どこか無国籍っぽい容貌をしているように見える。だが、髪のほうは染めている可能性がないでもないし、瞳にしてもカラーコンタクトだという可能性というのはゼロではないだろう。

 

「ひとつ、面白い話をしてやろうか。果たして、おまえの悩みの解決になるかどうかはわからんが……うちは代々が政治家の家系でな。曽祖父などは総理大臣をしていたこともある。だがまあ、こうした由緒正しい家系というのは堅苦しいものだ。私の母もそのことで苦しんでいた。おまえ、週刊誌の記者なら、政治家の妻というのがどんなものか、ある程度想像できるだろう?私の母はそんな中でも、よく父のことを支えていたよ。そして、私と兄にとっては、素晴らしい愛情溢れる母親でもあった……だが、ある日父が、母がBL漫画を読んでいるのを見咎めて――家庭内で一切BLを禁じたのだ。『政治家の妻がBLなど、とんでもない!』というわけだな。父は母のBL好きが世間に露見するのを恐れたのだと思う。けれどその日以来、だんだんに母は頭がおかしくなっていった。忙しい生活の中でも、唯一BLだけが母の正常な意識を保つための息抜きになっていたのだろう。それさえ奪われた母は、その日以来みるみる痩せていった。そして最後は――『BL、BL、BLが欲しい……』うわ言のように何度もブツブツそう言って、母は死んでいったんだ」

 

「そ……そんなっ。だったら、最後くらい望みのとおり、BLなんていくらでも見せてあげれば良かったじゃないですかっ」

 

「そうなんだ。私も兄も、母に生きていて欲しかった。だから、急いでまんだらけに行って、何十冊となくBL本を買い漁った……だが、母は私と兄の手からBL本を受け取るのを拒んだ。『お父さんが許してくださらない限り、お母さんは見ないって、そう固く心に決めてるの』と……禁断症状の出た、弱々しい手だった。このことで、私は父のことを心底恨んだ。そして、腐女子による、腐女子のための、腐女子のためだけのBL帝国を築こうと心に誓ったのだ。このことでは、今では父と同じ政治家となった兄も裏で協力してくれている」

 

 セーラ隊長は、繻子張りのソファに腰かけて足を組むと、どこか遠い過去を懐かしむように、溜息を着いていた。私のほうでは、彼女の隣に座るなど、何か恐れおおい気がして、床の上に犬のように座ったままでいた。

 

「わ、私はこれからどうなるんでしょうか?もし、チャンスを与えていただけるなら、ここから出ていって、娘にあやまりたいと思っています。BL漫画を誤解していたということを……」

 

「ふむ?貴様、何か勘違いをしておるようだな。今の貴様の話によって、おまえは反BL思想の持ち主であることがわかったのだぞ。ゆえに、生きてここから出てゆけるとは思わぬほうがいいだろう」

 

「そっ、そんな……」

 

 セーラ隊長がパチン!と指を鳴らすと、バタン!と両開きのドアが開いて、BLアーミーの例の双子のみならず、同じ制服を着たキャロルまでが姿を現した。

 

「キャ、キャロル……っ!君までそんな……」

 

「ごめんなさいね、ヨシモトサン。私はもうすっかりBLのトリコ――そのためなら、自分の婚約者をやおい沼に沈めもすれば、この魂を悪魔に売ることだってためらいはしないわっ!!」

 

 どうでもいいことだが、キャロルはダークグリーンの軍服がよく似合っていた。私はぐったりと脱力した状態のまま、彼女が腰から取りだした手錠にかけられた。娘のBL本の話などするのではなかったと、後悔してももう遅い。

 

 こうして私は美しい青みがかった髪の双子と、ついきのうまで同僚だったはずのブロンド女性に引き立てられてゆくということになった。千鳥格子のような模様の大理石の廊下には、少し前までいた室内と同じように、男性の全裸像がずらりと並んでいる。そして、そんなのを美しい女性に手錠をかけられたまま、ずっと眺めているうち――私は何やら恥かしくなってきて、いつしか顔を伏せて歩いていた。

 

「おやおや?一体貴様は何がそんなに恥かしいのかな?」

 

 双子の髪の長いほうがそう聞いた。

 

「いえ、右を見ても左を見ても……全裸の男性の彫像ばかりだし、壁にかかってる絵画も、その手のものばかりなもんで……」

 

「ふふん。随分おかしな奴だな。おまえの足の間にもあるモノじゃないか。それなのにこんなのを何故男であるおまえが恥かしがる必要がある?」

 

 私は、ちらと見た時に目に入ってきた彫刻――ボルゲーゼの『眠るヘルマフロディトス』を横目に見、溜息を着いた。ヘルメスを父に、アフロディーテを母に持つ彼は、森の泉の精サルマキスの誘惑を拒んだことで、ゼウスから永久にふたりの体が融合している状態にされてしまったのだ。ようするに、ヘルマフロディトスは両性具有者で、丸みを帯びたおっぱいもあれば、おちんちんもあるという存在なのである。

 

「このヘルマフロディトスのおてぃんてぃん、随分ちっちゃいデスネ!」

 

 流暢に日本語が話せるはずなのに、キャロルは中途半端に日本語がヘタな人物を演じているようだった。そしてポケットからペロペロキャンディを取りだし、それをれろれろなめはじめている。

 

「まあ、ようするにフタナリという奴だな」

 

 双子の髪の短いほうが、クックッと、さもおかしげに笑ってそう言った。私はフタナリの意味がわからなかったが、どういう意味かともはや聞く気にさえなれなかったといえる。

 

 そして、さらに廊下を進んでゆくと――突き当たりにある階段のほうから、「逃がすな!」、「捕まえろ!!」といった騒がしい声が聞こえてきたのだった。

 

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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