【全裸でいた時、円盤が頭に当たった人】……じゃなくて、【ヒュアキントスの死】ジャン・ブロック
今回で終わりなので、一応このくだらない小説についても多少説明しておこうかなと思います(^^;)
正直、萩尾望都先生の「一度きりの大泉の話」と、竹宮惠子先生の「少年の名はジルベール」を読まなければ……というより、萩尾先生が傷つくことになったのが、「風と木の詩」というBL漫画が原因でなかったら、このくだらない短編小説を書くことはありませんでした。。。
↓の中に出てくる『BLを制する者は世界を制す』という言葉は、直感的にわたしが「まったくそのとおり!」と思ってることなんですよね。ただわたしは十代の頃からBL漫画の同人誌を読んでたので、他の漫画と同じ感覚で普通にBL漫画も読んでいるというそれだけで――「そこが一番の大好物♪」っていう方とは少し温度差があると思っていて(^^;)
それで、今はもしかしたら萩尾先生のほうこそが、竹宮先生や増山法恵さんを凌駕してしまうくらい、そちらの方面にお詳しいのではないか……と思ったりするのですが、今から約50年前、少女漫画の世界にBL(ボーイズラブ)という言葉はまだ存在していませんでした。そして、竹宮先生が「風と木の詩」によって日本における最初のBL漫画の大作をお描きになられたわけですが、作品の舞台が<ヨーロッパの男子寄宿舎>であったことから、萩尾先生が「11月のギムナジウム」や「ポーの一族」のエピソードの中で同じ<男子寄宿舎>を舞台に作品を描いたところ、それは竹宮先生にとって「盗作」としか感じられないことだったわけです。
正直、だったら「11月のギムナジウム」の時点で、萩尾先生にそれとなく聞いてたら良かったんじゃなかろーか……という意見もあるかもしれません。でも、自分から「一緒に暮らそう」と誘った大泉サロンは、2年契約でまだ契約期間も残ってるのに、そんなことを言ったりして揉めたくなかったというのもあったんじゃないかな……なんて推測します。ゆえに、これ以降竹宮先生は歩いて30秒くらいの場所にある増山さん宅に入り浸り、萩尾先生のいる大泉サロンのほうにはいないか、いてもあまり萩尾先生とは関わらなくなっていった――ということなのではないでしょうか(竹宮先生にとっての一番大切な作品である「風木」を盗作された(と思った)ということの他に、あれほど複雑な嫉妬の気持ちまで絡まっていたのだとしたら、ある意味当然だったのかもしれません)。
ただ、竹宮先生と萩尾先生の間にいた増山法恵さんの気持ちって、どういうものだったのかなって思ったりもします。彼女は大泉サロン解散後、OSマンションという場所で竹宮先生と一緒に暮らしはじめ、竹宮先生のブレーン兼プロデューサーといった立場になっていかれたわけですけど……自分的に、竹宮先生と萩尾先生の間で増山さんが中立の立場を保てなかったのは、萩尾先生はその頃まだ「少年愛ってなんだろう?」という感じだったのに対し、竹宮先生とはBLのことで双子のように方向性が一致していたということ――この部分で萩尾先生は弾かれることになってしまったのではないかと、そんな気がするんですよね
ようするに、増山法恵さんという方が「少年愛、少年愛」とおまじないのように唱えている、「少年愛(BL)が世界で一番美しい」といったような感じの方でなかったら話が大分違っていたでしょうし、「風と木の詩」という作品がBL作品でなく、男女間の恋愛についてもっと踏み込んだ性の表現を少女漫画でもするべきだ……といった意味で革新的な作品であったとしたら、当時の編集の人たちを説得するのも風木ほど難しくなかったんじゃないか、といったようにも思います。
わたしはBLというジャンルについて特段攻撃しようとも思ってませんし、むしろそちらの時流にのれないカワイソウな人☆とすら自分を評するのですが(笑)、でも、増山さんみたいに「BL(少年愛)がこの世で一番美しいものなのよ、最高なのよ」といった方には、今もBL関係の世界では結構フツーに出会うものだと思っていて(^^;)
そのですね、萩尾先生が「風と木の詩」というBLをテーマにした漫画に関係することで傷ついたのは、今から約50年も昔のことかもしれません。でも、実は今もそのあたりに関することってあまり変わってないんじゃないかな……といったようにわたし自身は思いましたし、そのことにすごく驚いたというのがあります
ええと、わたしのどーでもいいような経験によるとですね、ある漫画やアニメを好きになって、コミケを通してとか、あるいはネットなどで数人の方と親しくなったとしますよね。でも大体、そこで知りあったり友達になったりした方の中に、必ずといっていいほど「BLというジャンルが一番好き!」という方がおられます。で、大体流れとしては、他にもこれまた同じように「わたしもー!」と挙手される方がいて、そうしたBLの同志さんたちの盛り上がりって、ほんとハンパないものです、いい意味で。わたしも特にキライというわけでもないし、自分でも色々読んできてるので話は合わせられるにしても――逆に、BLがそんなに好きじゃないという方もいて、そうした方っていうのは、男同士のカップリングがどうこうっていうことは関係なく、本当に純粋にそのアニメや漫画が大好き!という人。でも気づくと、BL好きさんたちがそのことで大盛り上がりに盛り上がってるので、そっちのむしろ作品を純粋に大好きな人のほうこそが、その集まりの中で外れていかなくちゃならないわけです。わたしこれ、大体2回くらい経験して、その後「なるほど。そういうことなんだなあ」と学習しました。
漫画好き、アニメ好き、同人好きにやおいはつきもの……というか、BLが必ずついてくるから、そこを中心に盛り上がれるタイプでないなら、最初からあまり近寄らないほうがいいらしい、と。
それで、場合によっては確かに傷つく人も出てきます。最初は純粋にそのアニメや漫画の誰それが好きとか、作品のこーゆーとこが大好き!みたいに語りあっていたのに――ハッと気づくとまあ、BLのことが会話の中心になっていて、そこについていけない人は外れていかなきゃならなかったりとか。BLが会話の中心じゃなかった時にはその方が話題の中心にいて話を引っ張っていく人だったのになあ……なんていう場合は、傷ついて去っていく、なんていうことが確かにあったりします
まあ、わたしの経験なんてちっぽけなもので、その中の誰かから傷つけられたというわけでもないけれど、「一度きりの大泉の話」を読むと、今から50年前のこととはいえ、根本にあるのは大体のところ同質のものなんじゃないかなあ……と読んでいて思ったというか(つまり、少女・女性の本質といったものは、今から50年前も今もそんなに違ってないということにびっくりしたのです^^;)
で、「だからそれがどーした☆」という話ではあるのですが、他に、萩尾先生と竹宮先生の関係性に強烈に惹かれた理由として、「いい人同士でモメた」ということがあるような気がします。たぶんこれはわたしだけじゃなく、読まれた多くの方が共通して感じるところのある点だったんじゃないかなと思ったり(^^;)
言ってみれば、萩尾先生が白い車を運転していて、竹宮先生の乗る黒い車と接触事故を起こした。そこで、車から降りてこられた竹宮先生が、盗作云々といった、萩尾先生にとってはよくわからないことを言って、去っていかれ……その後、萩尾先生はあまりのことに呆然とした。でも、普段竹宮先生もまた白い車に乗っておられるし、「黒い車に乗った竹宮先生にそんなひどいことを言われた」と周囲の人に言っても、事故現場を他に誰も見ていないだけに、信じてもらえるかどうか……みたいな話。
だから、萩尾先生にとっても「一度きりの大泉の話」を出版するのは、きっとすごく怖いことだったろうなと思うんですよね。「嫉妬していたことなどを潔く認めている竹宮先生に対し、50年も昔のことをいまだに許すつもりがないのか」とか、心ないことを言われることを覚悟しての執筆だったのではないかと想像します。
あと、個人的に長くわたしがこのことに夢中になってるのは、純粋に「これは解けない心理ミステリーだ」と思ってることがあるかもしれません。竹宮先生的には「11月のギムナジウム」を萩尾先生が描いた時点でOUTだった……なんていうことは、2~3回「一度きりの大泉の話」や「少年の名はジルベール」を読んだとしても、まず気づきません。でも、竹宮先生が萩尾先生にお渡しになられたという手紙の内容を考えると、そう推理すると一番ぴったりきますし、「一度きりの大泉の話」の中には、「トーマの心臓」は「風と木の詩」の盗作だとのまことしやかな噂が流れてきた――というくだりがありますが、当時から竹宮先生には熱心なファンの方がたくさんいらっしゃって、竹宮先生にはずっと大切にしているそうした作品がある……というのは、ファンの方の間では有名なことだったそうです(また、「ファラオの墓」の第1巻発売の時、3千名もの方がサイン会に集まったことからも、このあたりはよく理解できることのような気がします)。
また逆に、同じように萩尾先生にも熱心なファンの方がいたから、そうした方というのは逆に竹宮先生に「あなたは萩尾望都の△□を盗作したのではないか?」という手紙を送ったりする。でも、竹宮先生的にはおそらく、「萩尾先生は、わたしが風木のクロッキーブックを見たあと、『11月のギムナジウム』を描いたんだよ。そっちのほうが盗作でしょ」とか、言いたくても言えない思いを抱えるということになったのかもしれません。。。
「わたしは絶対盗作なんてしていない!」と胸を張って言える萩尾先生にとっては、今でも「『11月のギムナジウム』の何がそんなに悪かったのだろう」ということで、<男子寄宿舎>が出てきたのがマズかったと、本当にずっと長い間気づかれなかったのだと思いますし、逆に竹宮先生が「一度きりの大泉の話」を読まれていたら、「そういうことだったんだ……」と、もしかしたら今ようやく本当の意味で気づかれたのではないか――という可能性さえ、物凄くあるわけですよね(^^;)
長くなりましたが(もうこの件に関してはいつものこと)、萩尾先生と竹宮先生に関するこのあたりのことを@グルグル考えているうちに、何故か書くことになったのがこの「BL帝国見聞録」という、書いても書かなくてもどーでもいいような小説だったわけです(笑)
とはいえ、今という時代はすでにBLについて考えることは、女性の性の解放であるとか、女性嫌悪(ミソジニー)について考えることにも繋がるとか、そうしたこととも深く関わっているようで、自分的にはこのことを押し進めていくとたぶん、「今後とも男性が性の主権を握って社会をコントロールしていくのなら、社会が根本的に変わることはないだろう」と思ったというのが、このくだらない小説の結論部分に関係することだったりします(^^;)
ではでは、竹宮惠子先生の漫画については「SF傑作集」の第1巻目と「地球へ……」(全巻)が、萩尾先生の漫画は「11人いる!」が届きましたので、読み終わりましたらば、このあたりについて再びしつこく考察記事を書く予定でいますm(_ _)m
それではまた~!!
P.S.これもどーでもいいようなことなんですけど、一応今回たぶん(描写的に大したことないのに・笑)14禁くらいかもしれません。いえ、ギャグ風味の性描写(?)だし、そんなに問題ないと思うとはいえ、念のため(^^;)
BL帝国見聞録。-【3】-
「一体どうしたんた、おまえたち!?」
双子が、髪の長いほうがムチを、短いほうがサーベルを構えて突進していこうとした時のことだった。キャロルもまた、彼女たちに続いて走ったため、手錠をぐいと引っ張られる形で私もついていくということになる。
「こんな生活、もういやだあっ!!来る日も来る日も、ビーエル、びーえる……オレは女が好きなんだっ!女っ、オンナ、おんなあぁァっ!!」
私が目を上げて見ると、無精ヒゲを生やした、げっそりと痩せた中年男が、血走った目をして頭を抱えている。もはや、狂人寸前といったようにさえ見えた。
私と同じくらいの年齢――四十代くらい――の男は、捕まえようとしたBLアーミーたちの手から必死に逃げようとするあまり、最後、階段から足を踏み外していた。そして、ゴロゴロゴロッと階段から転げ落ちてくると、私の足許にドン!とぶつかり、喀血していたのである。
「グハァッ!!た、たすけ……助けて……」
数日後、結局は私も彼と同じ姿になるのではないかと思い、この時私は心底ゾッとするものを感じた。しかも彼は、私のズボンの裾をぎゅっと掴んだまま床に血を吐きつつ、なおも何かを訴えかけようとしていたのである。
「うっ……ううっ。童貞のまま、カマだけ掘られてこんなところで息絶えるとは……っ!!」
(ど、童貞だったのか……)
私は自分と同じ年くらいの彼が、ますます哀れになってきた。だが、こんな手錠をかけられたままの姿では、何をどうしてやれるというだろう。
「い、一度でいい……一度でいいから……女と……せっ、せっ……を、したかった……っ」
そう言い残し、男はガクリと息絶えた。私は彼に対するたぎる哀れみの気持ちから、涙さえ出そうになった。だが、BLアーミーの彼に対する扱いは極めてひどいものだった。
「しょうもねえ野郎だっ!」とか、「くそ童貞野郎めがっ!!」と言いながら、ドス、ガスッと四方八方から蹴りを入れ続けたのである。
(明日は我が身か……)
そう思い、私はこのつらい現実から目を逸らすことにした。キャロルはといえば、人がひとり死んだというのに、相変わらずケロリとした顔のまま、ぺろぺろキャンディをなめ続けている。
「ひ、ひとつ聞きたいんだがね、キャロル。やおい沼というのがどんな場所なのかはわかった。だが、もうひとつわからないことがあるんだ。腐界の海っていうのは、どんな場所なんだい?」
「ああ。腐界の海ね。なんでも、風の谷のナ○シカの腐海みたいなところらしいわよ。ワタシもまだ直接見てはナイけど、生きたままソコへ落とされたが最後……徐々に脳や体が冒されていって、最後はゾンビみたいにBLだけを求めるBLゾンビとして半死体人間として生き続けるしかないらしいわ。そして、新しく誰か新鮮な生きた人間がソコへ落とされてきたとしたら――これ以上のことはもう、説明する必要もないんじゃなくて?」
キャロルは不気味に二ヤッと笑ったあと、今度は新しいチュッパチャップスの包みをはぎ、それをなめはじめている。(き、聞くんじゃなかった。というより、知りたくなかった……)私は心の底から後悔したが、もうあとの祭りだった。
――こうして、私はこのあと、スクリーンに映っていたチョビヒゲのいた座敷牢へと連れて来られた。厳重な扉がひとつだけでなくふたつもあり、双子は入口のところで二度、次のような合言葉を言ってそこを通過していた。
『Bといえば?』
『L!!』
『BLを制する者は?』
『世界を制す!!』
私はこの言葉を胸の奥深くに刻んでおくことにした。もし運よく逃げだすことが出来たとしたら……どこかで必要になるかもしれないと思ってのことだ。もちろん、可能性の低いことではあるが。
私が江戸時代の座敷牢のような場所へ、「アラヨット!」というキャロルのかけ声とともに放りこまれると――双子の髪の長いほうは「逃げられるなどとは、ゆめゆめ思うなよ!」と嘲るような顔つきで言い、髪の短いほうは「よきBLライフを!」と謎めいたことを敬礼して言った。そして、キャロルはといえば「長い物には巻かれたほうがよろしアルネ!」と、何故か中国人のような口調で言い、ウィンクして去っていった。まったくもってわけがわからない。
(もしやBL好きが高じるあまり、だんだんキャラが崩壊してきてるのか?……が、まあいい)
その狭い座敷牢には、何故か壁のところにこの環境には似つかわしくない近代的なあるもの――小さなテレビが据えつけてあって、よく見るとBLドラマが流れているようだった。
『ぼ、ぼくだってほんとはアツシのことが好きだった……っ!!だけどおまえときたら、キヨシのことばっかり見てるんだものな。だから嫉妬させようとして、タカシのことが好きだって振りをすることにしたんだっ』
『馬鹿だな……オレは最初からおまえのことしか眼中になかったっていうのに。ツヨシ、キヨシは実はオレの実の弟なんだ。腹違いではあるがな。だからずっと気にかけてたっていう、それだけのことさ』
『アツシっ!!じゃ、ほんとにおまえ、ぼくのこと……』
『ああ、オレは他の誰よりツヨシ、おまえのことを愛してる』
『アツシ……っ!!』
(やれやれ。くっだらねえな……)
そう言いかけて、私は慌てて口を噤んだ。前までいた部屋でと同じように――監視カメラらしきものはどこにも見当たらないが、どこかから見張られている可能性はある(何分、軍用の超小型カメラなどは、今は高性能で虫ほどの小さな目立たぬものだと聞いたことがある)。
(そうだ。このBL帝国では、ボーイズラブに関して悪く言うと、即座に死刑が待っているんだ……口は災いの元っていうからな。くわばら、くわばら……)
それから一体、何日の時が過ぎただろうか。食事は日に三度、きちんきちんと与えられたし、硬いベッドとトイレについては確かに不満はあったが――私はそう退屈するということもなく、日を過ごした。というのも、BL専用チャンネルしか流れていないとはいえ、その種のドラマや映画であれば見放題だったし、BL漫画やBL小説についても、食事と一緒に差し出されたので、私は暇つぶしのためにそうしたものを読み耽った。また他に、壁に刻まれた呪詛の言葉もなかなか興味深く、そのひとつひとつを丁寧に読んでいった。それは大抵が次のようなものだったといえる。
<異・性・愛……>、「オ・ン・ナ」、<I LOVE WOMEN……>、<おっぱい>、<ママ、助けて……>、<I HATE GAYS……>、<さよなら、人類>、<BLのない世界へ行きたい>……などなど。
他にもっと下品な言葉の羅列や、女性の体の部位や女性とのセックスを描いた落書きなどもあったが、彼らはきっとこうすることで、どうにか正気を保とうとしていたに違いない。
(ふーっ。やれやれ、なんて世界だ……)
だが、例のやおい沼に落ちたチョビヒゲ、あるいはそれよりもっと恐ろしいに違いない腐界の海へ行きたくなければ――これから何が起きようともとにかく、BLを賛美し、その悪口など一言も言わないことだと、私は何度となく自分の心に誓った。もし生きてこんな世界とはオサラバし、娘と再会したいのであれば、それ以外に道はない。
そして私が、毎日大人しくBLドラマを鑑賞し、寝ながらBL小説を読んだりしていた時のことだった。ふと気づいてみると、牢屋のドアが開いていたのだ。私が即座に思ったのは(チャンス……!)ということだったが、次の瞬間には(これは罠ではないのか?)との疑いが頭をもたげはじめた。
『血が繋がってたって構わない……!!アツシ、ぼくはあんたのことが好きなんだ!!』
『キ、キヨシ……』
(やれやれ。近親相姦ホモドラマか。四十過ぎの男にはキツイ内容だな……だが、今はこんなものを見てる暇はないぞ)
私はそっと、格子戸を押して、廊下へ出ることにした。廊下の左右には相変わらず例の骸骨が山と積まれており、私の勇気を挫いたが、それでもなお私は出口を求め、気づくと走りだしていた。
『Bといえば……?』
Siriのようなコンピューターヴォイスにそう問われ、私は即座に『L!!』と答えていた。ビーッ!という音とともに、ガーッと重厚なドアが開かれていく。
『BLを制する者は……?』
『世界を制す!!』
再び、ビーッ!という音とともに、銀色の自動ドアがゆっくりと開いていく。私は何かがうますぎるという気もしたが、そのまま走って廊下を駆け抜け、階段を上へと上がっていった。それからハッとする。
(だが、どうする……逃げようとしたことがわかったとすれば、即座にやおい沼か腐界の海いきかもしれんぞ。もしこれが、ただ私の忠誠度を試すだけのものだったとしたら?それに、どこに出口があって、どうやって逃げればいいのかもわからん)
そしてこの時――私の背後から追い迫る声があった。「やはり逃げたぞ、追えっ!」という、双子の片割れの声がする。私は階段をひたすら上へ上へと上がっていきながら、途中、廊下に並ぶ部屋のひとつへ逃げ込むのはどうだろうと考えついた。もちろん、それが余計に私の首を絞める結果を生むという可能性もある。だが、どのみち捕まるのであれば、一か八かの賭けに出ることにしたのだ。
だが、その真っ暗な部屋へ入ったことを、私はすぐに後悔した。というのも、電気をつけた次の瞬間……危うく、大きな叫び声を上げそうになったからだ。
「うっ……ううっ………」
私はどうにか両手で自分の口許を押さえ、口から声が洩れそうになるのを堪えた。だが、今度はすぐに吐き気がこみあげてきて困った。近くの廊下からは、「おそらくこの近辺にいるぞ!調べあげろ」といった声と、何人もの人間が通り過ぎるバタバタという足音が聞こえる。
(くっ、くそっ……!一体この部屋はなんなんだ。まるで地獄そのものじゃないか)
そこには、全裸の男たちの死体の上を――ムカデやタランチュラのような蜘蛛が何十匹となく這う、ガラス張りの棺がいくつも安置されていたのである。
(もしここで見つかったとすれば、私も生きたままこんな目に遭うってことか。冗談じゃないぞ……そもそも私が一体何をしたというんだ……っ!!)
だが、次の瞬間――無常にも、私が跪き、一生懸命吐き気を堪えているところへ、バタン!という音とともにドアが開き……「貴様、見たな?」と、他でもないセーラ隊長が目の前に姿を現したのだ。
「こっ、ここは、一体どういう場所なんだ!?も、もしかしてあんたは……いや、あんたたちは、男という生き物に対して深い恨みでもあるという、そういうことなのか!?」
ガラスの棺の中の死体の顔は、その全員が恐怖によって引きつっていた。無理もない。手足を拘束されているところから見ても、生きたままこの中へ閉じ込められ、ムカデやタランチュラの餌食にされたということなのだろう。中には、死んでからも顔の上やら股間の中やらにムカデや蜘蛛が這ってる男までいて……なんとも気の毒だった。
「特に恨みなどないさ。が、まあ、ここBL帝国では、ある種の男たちの命と性というのは、掃除機に吸い込まれる猫の抜け毛以上に軽いということは言えるかもしれんな」
この瞬間、セーラ隊長の後ろにいた例の双子が、ムチとサーベルを片手に持ち、私を拘束しようとした。だが、彼女たちを「待て!」と言って、あえてセーラ隊長が制止する。
「確かに、おまえは今まで比較的模範的な態度であり、BL映画やBLドラマを大人しく鑑賞し、BL小説なども読んで静かに学んでいたようだからな。私は、我々に反抗的でない人間に対してまで、暴力を振るおうとは思っていない……それで、一体貴様は何を知りたいのだ?」
「何を知りたいかだって!?何もかもすべてだっ。そもそも、このBL帝国の目的はなんなんだ?それに、もしここから生きて出られないのだとしても、もっと楽に死なせてくれたってよさそうなものじゃないかっ!!」
「BLを制する者は世界を制す……おまえだって、先ほどそう口にしたばかりじゃないか。ここは、ようするにそういう場所なのだ。貴様、ジャーナリストだという割に、今の今までまるきり気がつかなかったのか?」
(ヒントならば、今までいくつもあったはずだぞ)
何故か、セーラ隊長からそう言外に言われている気がして、私は腰を抜かしながらも、この時必死で脳をフル回転させ、一生懸命考えようとした。
「うっ……ううっ……うううーっ!!」
ガラスの棺の中で、男の右の乳首と左の乳首それぞれにタランチュラがぶら下がるのを見て、私の思考は乱れた。まるで蜘蛛の形をした乳首ピアスのようだった。しかもその上、性犯罪者のそれのように、顔の目の上をムカデが覆っていたというのでは尚更だ。
(嫌だっ……こんな死に方だけは絶対にっ!!だが、やおい沼や腐界の海行きも絶対ごめんだっ!!)
「どうやら、恐怖のあまり思考がまとまらんようだな。では、私のほうから特別に教えてやろう……ようするにここでは、男の性の商品化が行なわれているということなのだ。まあ、簡単に言ったとすればな」
「男の……性の、商品化!?」
私は体が震えだした。性のみならず、男の命までもが商品のように扱われているとしか思えない。
「そうとも。おまえら男が、歴史的に見れば何千年も昔から行ってきたことだろう。あの女はデブだのブスだの、もう若くないだの……あるいは不妊だなんだというので責めてみたり。我々はな、おまえら男がこれまでやってきたことを、今逆の立場で行っているに過ぎん。バレエダンサーや男塚の舞台なら、おまえもその目で見ただろう?」
「……………………っ!!」
この時、私は何かがわかりかけてきた。確かにそうだ。バレエダンサーたちの、あの選び抜かれた容姿や肉体。男塚の舞台に立つ男たちも、その多くが美形ばかりの集団といって良かった。
「つまりはそういうことだ。我々は何人もの男たちを並べ、品評会を行うこともある……そして、その男の前で色々言ってやるのさ。『彼は鼻筋は通ってるけど、眉が濃すぎて顎がしゃくれてるわ』とか、『胸板は厚いのに、アレはちっちゃくてお粗末さまね』といったようにな。それから全裸の彼らを四つん這いにさせ、尻を水鉄砲で撃って楽しむこともある」
「そ、そんなの、まるきり人権蹂躙じゃないかっ……!!」
「ふふん。そういえばおまえまだ……あちらのほうは未経験だったな。確か、男塚の舞台の途中で寝てしまって、ナイトショーのほうは見てないんだったか?」
「そうでっす、セーラ隊長っ!!」
突然キャロルが割り込んできて、そんな余計なことを言いはじめる。
「ヨシモトサン、こんないいところでナンデ寝るのよ!?みたいなトコで、ぐっすり眠りコケてました!だから知らないんデスヨ。ゲイのSMショーのスバラしさをっ!!」
「ほほーう、なるほど……」
セーラ隊長が意味ありげにニヤリと笑うと、まるでそのニヤリ笑いが伝染したように、双子もキャロルも、まったく同質の笑みをその頬に刻んだ。また、それ以上の説明は何もなく、彼女たちは上司の意図を理解したとばかり、私の体を拘束しようとした。手首を後ろ手に縛られたというだけでなく、今度は目隠しまでされた。もし、牢屋から逃走する前に小用を足しておいたというのでなかったら――もしかしたら私は恐怖のあまり、小便を漏らしていたかもしれなかった。
その後、私は訳もわからず、そのままの格好で放置されるということになった。かなりの距離、歩かされたことはわかっていたが、一体どこへ連れて来られたのかもわからない。だが、双子のどちらかが「今晩は放置プレイ役に一名追加だ。ヴァージンらしいから、扱いのほうはくれぐれも丁重にな」と言うのを聞いて……私はゾッとした。というのも、彼女の言葉に返事をしたのは、野太い男の声だったからである。「はい、閣下。たっぷり可愛がってやることにしましょう」
(たっぷり可愛がってやるだって!?一体どういう意味だ……)
やがて、キャーキャーワーワー騒ぐ女性の歓声が聞こえはじめ――私は最初に、鞭の束のようなもので軽く頬をはたかれた。「しっかりやれよ、セクシャルバイオレットナンバーナイン」
(セクシャルバイオレットナンバーナインだって!?桑名正博のセクシャルバイオレットナンバーワンと何か関係があるのか?もう、何がなんだかまるでわからない……)
次の瞬間、カッと照明が強く光ると同時――ますます女性たちのキャーキャーワーワー騒ぐ声が大きくなった。何分、目隠しをされたままなため、周囲の状況が何が何やらまるでわからない。とにかく、今の時点で私が心から願ってやまなかったのは、目隠しを取られた瞬間、そこに例の昆虫ざわめく死の棺があって、「次はオメェの番だ、セクシャルバイオレットナンバーナイン!」などと言われたりしないようにということだけだった。
やがて、人が自分の目の前を通りすぎる気配を何度か感じたが、それが何を意味するのかはまったくわからなかった。実をいうと、のちに私が同種のショーを見て気づいたのは……放置プレイ中の男の前で股間を揺らし、SMの衣装を着た男たちが踊っているということだったが、知らぬが仏というのはおそらくこういうことを言うのだろう。
その後、激しいダンスミュージックがやむと(私の知る限り、最後にかかっていたのはエイバ・マックスの『Kings&Queens』だった)、ドラムロールが流れはじめる。
「みなさん、今宵はどの男をご所望ですかっ!?」
一度照明が落ち、今度は自分の前を右から左へと光がある一定間隔によって揺れているのがわかる。この時、私は自分が選ばれる可能性は低いと思っていた。何故なら、こんなしなびた中年男より、他にもいるだろうセクシャルバイオレットナンバーシックスやらナンバーエイトやらが選ばれるに違いないと思っていたからだ。
ところが――。
「セクシャルバイオレットナンバーナイン!セクシャルバイオレットナンバーナイン!!」
耳を聾するような女性たちの大合唱が聞こえ、私は愕然とした。(そんな馬鹿な……)と思った。だが、次の瞬間「彼、ヴァージンなんですって」、「あら、それはソソられるわね」といった女性の囁くような声がして――気がついた時には、ぐいと首根っこを掴まれ、前のほうへ連れだされていた。
(ち、違う……!私は結婚しているし、決して童貞などでは……)
そして、ここまで来て私はハッとした。あの、階段からゴロゴロゴロッと転げ落ちてきて、グハァッ!と喀血した男――おそらく、彼もこのような目に遭っていたのだろう。もしかしたらそれで逃げだそうとしたところをBLアーミーに捕まってしまったのかもしれない。
「おい、オレ様の乳首をなめるがいいッ!」
私は訳がわからないながらも、とにかく必死だった。脳裏をムカデとタランチュラの棺や、例のやおい沼、あるいは腐界の海のことなどが走馬灯のようによぎっていく。それで必死に、目の前にあるものをなめた。男の乳首らしきものに舌の先が出会ったが、私はどうにかそれを女のものだと思い込もうと必死だった。(私はホモでもなければゲイでもない、私はホモでもなければゲイでもない、私はホモでもなければゲイでもない……)一生懸命、そのように心の中で呪文を唱え続けた。
「フフフッ……そんなにオレ様が欲しいか!?じゃあ、オレ様の息子を特別にしゃぶらせてやろう!光栄に思うがいいッ」
(じ、冗談だろ!?いや、仮に殺されたとしてもこんなこと……)
だが再び、ムカデとタランチュラが私の思考を支配しはじめた。それで私はプライドを捨て、目の前に差し出された突起状の何かを必死でしゃぶった。幸いなことにと言うべきかどうかわからなかったが、それは本物の男のソーセージではなかった。やはり、これはあくまでショーなのだ。私は自分の口の中の固いものをしゃぶりながら、このモノは消毒済みで本当に清潔なのだろうかと心配になった。他の男どもの唾液、あるいは雑菌だらけの雑巾などで拭かれたあとでないかといった、そんなことが……。
「そろそろオマエも期待が膨らむあまり、我慢できないようだな。よし、そろそろお楽しみタイムの本番だッ!!」
(ほ、本番だって!?ま、まさか……)
「ひっ、ヒィィィィッ!!」
私の喉の奥からは、思わずそんな情けない声が洩れた。そうか、ヴァージンというのはようするに……ケツの穴はまだ未使用といった、そうした意味なのだろうと初めて気づいたのだ。
こののち、体を左右からガシッ!!と掴まれたかと思うと、ビリィィッ!という衣服の破れる音が続いた。どうやら自分が裸にされたらしいことがわかり、私はますます震えた。鳥肌が立ってきて、全身が敏感にざわつきはじめる。
「セクシャルバイオレットナンバーナインをバックでやれるよう、四つん這いにしろ!!」
「ハハッ!!シャギさま!!」
私は目隠しだけはされたまま、力づくで押さえつけられ、尻だけ突きだすような格好にされた。もっとも、下のほうのパンツだけはきちんとはいているらしいという感覚だけはあり――その後、股下に何か大きなものが出し入れされる感覚があったとはいえ……それはあくまでショーの中の擬似行為にすぎなかった。だがこの瞬間、会場のボルテージは一気に上がり、「もっとやれ、シャギーッ!!」だの、「物欲しそうなセクシャルバイオレットナンバーナイン、最高だぜえっ!!」といった女性たちの興奮した声が続き――正直、私は恥かしかった。その気もないのに、「ああっ!」とか、「う゛う゛っ!!」といったリアルな呻き声が喉の奥から自然と洩れてしまう。その上なんたることか……私は実際その場で射精し、果ててしまったのだ。
その後、「ほんとにイッちまったぜ、コイツ……」、「ヘテロだと聞いてたが、案外あっさり陥落したな」だのと、私の体を押さえつけている男たちの囁き声がした。こいつらが片手で体を押さえつける傍ら、もう一方の手で乳首やその他、私の感じやすい部分に触れてきたというそのせいでもあったが――私はこのあと本当に失神してしまった。そして、それで良かったのだと思った。何故なら、次に私の目が覚めたのは座敷牢ではなく、前に一度いたことがある、男の全裸彫刻ばかりの並ぶ、あの豪華なしつらえの部屋だったからだ。
* * * * * * *
「目が覚めたか?なかなかいいプレイだったぞ」
ベッドの上で私が目を覚ますと、傍らにはセーラ隊長がいた。私は反射的に例の親衛隊のような双子とキャロルの姿を探したが、今は彼女ひとりだけのようだった。
「わ、私は……一体何を……いい年をして恥かしいっ!こんなこと、もし娘に知れたりしたら……」
私は屈辱的な体験――大衆の面前で射精してしまった――が脳裏に甦ってきて、両方の瞳から涙が溢れてきた。人間としての尊厳を汚された、とまでは思わなかったが、それでもアレをたくさんの人々に見られていたかと思うと、羞恥心が津波のように私の常識人としての心を襲った。
「まあ、そう落ち込むことはない。これでおまえは無事、我々の仲間として認定されたようなものだ。これからは我がBL帝国内で市民権を得、好きなように暮らしていくがいい。こう見えて我々は男性キャストたちには優しいのだよ。まあ、男がストリップショーに出演している女に親切なのと似たようなものだな」
「そ、そうだった……!!ようするに、これが貴女が前に言っていた男性の性の商品化ということなんですか?だが、こんなことしなくても、地上で合法的に同じことをする方法だってあるはずでは……」
私は屈辱感から流れる涙を拭ってそう聞いた。なんにしても、私の脳裏からは無数のタランチュラやムカデ、それにやおい沼などが一旦遠ざかっていった。とにかくここでは、BLに賛同し、賞賛し続けてさえいれば、それらのものはずっと遠ざけておけるのだろうと、そう思いもした。
「ふふん。わかってないな、貴様も。政治家には案外、美青年たちやあちらの穴好きの議員などが多いのだよ。そして、彼らが政治スキャンダルになることなく、そうした楽しみに耽るためにもBL帝国は今後も繁栄してゆく必要があるのだ。ちなみに、我がBL帝国に出資しているのは、財務大臣のSや法務大臣のMなど、その他おまえも名前をよく知る議員も多い。つまり、我々と彼らというのはズブズブの関係なのだよ。それが何故なのかは、もはや言うまでもなくわかるだろう?」
「そ、そりゃそうだ。男どものSMショーを見ながら、そんな大物議員たちがよだれを垂らさんばかりにしているだなんて……そんな弱味をもしあなたが握っているのなら、彼らは喜んでBL帝国にお金を投げて寄こすに違いない」
「まあ、そういうことだな。『BLを制する者は世界を制す』だ。貴様もこの言葉、よく覚えておくといい。ところでおまえ、マドンナについてどう思う?」
(マドンナ?アメリカの歌手のことか……?)
そう思い、私は首を捻った。マドンナの歌う曲にはいくつか好きなものもあるが、ファンと言えるほど彼女について知ってもいなかった。
「ええと……まあ、凄い女性なんじゃないですか?よくは知りませんが、いつでも若い恋人がいたりして、男からエネルギーをチャージしてるというのか吸い取ってるというのか……」
ここで、セーラ隊長はくすりと笑った。私は、自分の言葉が彼女の不快を買いはしないかと、そのことばかり気にしていたのだが。
「そうとも。私もよくは知らんが、アメリカあたりじゃ、マドンナやレディー・ガガが嫌いだという軟弱な男というのはまだ多いらしいな。その理由が何故かといえば、『女が性の主導権を握るなど、到底許せない』という狭量な男が多いという、そのせいらしい」
「ええと、つまり……」
「貴様はジャーナリストだというのに、本当に頭が悪いな。つまりはこういうことさ。女性の政治参加、大変結構。女性の議員が多くなる?大変結構。女性の上司?有能であるのなら、大変結構――だが、これからも性の主権は男が握り続けることに変わりはない。そこさえ女が主権を握らなければ、男どもはそう吠え立てることはないのだ。ところが、そこを侵されたとなった途端……男どもは気が狂ったように反発するわけだな。だが、奴らもまた長い歴史の中でそのように飼い慣らされてきたというだけであって、実は女が性の主権を握ったほうが、この世界は平和で慈愛に溢れたものになるということに、いずれ気づくだろう」
「…………………」
――私はこの瞬間初めて、胸を衝かれる思いがした。いくら男女平等などと言っても、男が性の主権を握り続ける限り、基本的に男が性的に優位であることにこれからも変化はない……私自身、無意識のうちにもずっとそう思ってきた気がする。また、男が唯一女性に優位になれるその部分まで奪われてしまったとしたら――男という生き物には、今後一体何が残るのだろう?
「というわけでな、貴様もこの環境になるべく早く慣れることだ。やおい沼や腐界の海、あるいは昆虫風呂に漬かってドリフターズの歌を歌いたくないのであればな」
セーラ隊長が立ち上がろうとすると、チャラと鎖が鳴った。そして、私はその瞬間ハッと気づいた。てっきり私は彼女が一人でいるものと思っていたのに――彼女の足許には、美少年という名の忠実な犬がいたのだ。半ズボンをはいている以外、何も身に着けていない彼は、「いくぞ」と言ってセーラ隊長が鎖を引くと、首輪に繋がっているそれを引かれるがまま、忠犬よろしく彼女のあとについていった。
……私にはもう何も言えなかった。(結局のところ、女性だって性の主導権を握れば、やることは男と変わりないという、そういうことなんじゃないですか?)などと言って、彼女の不興を買いたくなかったし、何よりこれで命の保証は得たらしいとわかり、ほっとしていたという、そのせいもある。
実際、その後私はこのBL帝国に自らを順応させていった。また、そのことに私はすぐ慣れたし、『男こそが性の主権を握るべきだ』という思想さえ早々に捨ててしまえば――BL帝国というのは、男が生きるのにそう悪い場所ということもなかった。
やがて私は男の恋人も持つようになり……BL帝国内で結婚式も挙げた。すでにもう私は、地上の生活のことや妻の顔も忘れ去っていた(妻は気の強いキャリアウーマンだったので、生活の心配はないだろう)。その後、私はBL2.5次元劇の総監督といった立場になり、セーラ隊長は私の舞台をいたく気に入り、「やはり私の目に狂いはなかった。おまえにはその種の才能があると最初から思っていたよ」などと褒めてもらった。生活の保障のほうは十分にしてもらっていたし、私は最愛の夫と今とても幸せで、充実した生活を送っている。
だが時折――BLのことで傷つけてしまった、私の娘マイカのことを思いだすことがある。せめて娘に一言あやまりたかった。『父さんにも、BLの良さが初めてわかったよ』、『あの時は怒ったりしてごめんよ』と……けれど、実はこののちマイカは、私と同じジャーナリストと呼ばれる職業に就き、父である私がBL帝国という場所で消息を絶ったと知り――そのあとを追ってきて、腐女子会員No,82,718,723,540となる運命にあるということを、この時の私はまだ知らない。
終わり